弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の場面における解雇理由証明書の活用方法

1.解雇理由証明書

 解雇の効力を争う事件において最初に行うのは、使用者に対する解雇理由証明書の交付請求です。

 労働基準法21条1項は、

「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」

と規定しています。この規定に基づいて、使用者に解雇理由を特定させたうえで、どのタイミングで、どのような事実上・法律上の主張を行うのかを考えて行きます。

2.解雇理由証明書の記載の持つ意味

 「解雇理由証明書に記載のない事実を解雇理由として主張するのは、使用者が解雇時には当該事由を重視していなかったという場合が多い」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕394頁参照)とされています。

 しかし、解雇理由証明書に記載されていない事実も、訴訟段階で使用者が解雇理由として主張できなくなるわけではありません。裁判実務では「解雇理由証明書に記載されていない解雇理由についても、解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した自由であれば、解雇の有効性を根拠付ける事実として主張することができるとするのが理論的帰結である。したがって、解雇理由証明書に記載のない解雇理由を主張したからといってその主張が失当になることはない。」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕394頁参照)と理解されています。そのため、解雇が無効であることを理由に地位確認等を求める訴訟を提起した後、使用者から事前に知らされていなかった多数の解雇理由が主張されることは、それほど珍しいわけではありません。

 このように主張制限とは結び付いていない解雇理由証明書ですが、特定の懲戒事由との関係で科せられる懲戒解雇との関係では、労働者側にとって、存外強力な道具になることがあります。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた、高知地判令3.5.21労働判例ジャーナル114-20 社会福祉法人ファミーユ高知事件の判決文にも現れています。

3.社会福祉法人ファミーユ高知事件

 本件で被告となった法人(被告法人)は、リハビリテーションセンター(本件センター)の運営を行う社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告法人との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、本件センターのセンター長として働いていた方です。他の職員に対してパワーハラスメントを行ったとして、被告から懲戒解雇にするとの意思表示を受けました(本件懲戒解雇)。本件懲戒解雇は解雇通知書によって行われ、解雇通知書には「あなたの職員に対するパワーハラスメント行為(社会福祉法人ファミーユ高知第三者委員会からの報告による。が下記に該当するため。」と記載されていました。これに対し、懲戒解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件でも類例に漏れず、解雇通知書(本件では解雇通知書に解雇理由が記載されていたため、これが解雇理由書の代わりとしての機能を果たしています)に記載されていない懲戒解雇理由が、使用者側から主張されました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由証明書に記載されていなかった解雇理由を、懲戒解雇事由とは認定しませんでした。結論としても、懲戒解雇は無効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものであるため、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・集民180号473頁)。」

被告法人は、本件解雇通知書において、解雇理由として、『あなたの職員に対するパワーハラスメント行為(社会福祉法人ファミーユ高知第三者委員会からの報告による。)が下記に該当するため。』とし、単にパワーハラスメント行為と記載するのではなく、本件第三者委員会からの報告によるものとの限定を付しており、また、懲戒の根拠規定として、本件就業規則41条2項〔4〕、〔7〕を明示している・・・。この記載を合理的に解釈すれば、被告法人は、本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当すると認定・評価した原告の言動、すなわち本件主張整理表記載の事実のうち、P7(B)、P8(C)、P9(E)及びP10(F)に対する言動並びに本件調査報告書に記載されたKなる人物に対する言動が、本件就業規則41条2項〔4〕、〔7〕に該当すると判断して、本件懲戒解雇を行ったものと認められる。他方、本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当するとは認定しなかった本件主張整理表記載のP11(A)、P12(D)及びP13(I)に対する言動については、本件懲戒解雇までに被告法人がその存在を認識していたものであり、また、証拠・・・によれば、本件主張整理表記載のP14に対して行った言動についても、本件懲戒解雇までに被告法人がその存在を認識していたものであるが、本件解雇通知書の記載からすれば、これらの言動については、いずれも被告法人において懲戒解雇事由に該当する非違行為であると評価していなかったか、あるいは、非違行為であると認識していたとしても、当罰性が乏しいと判断して、懲戒事由として記載しなかったものと解するのが相当であって、これらについて、上記特段の事情があるとも認められない。被告らの主張・・・のうち、上記認定判断に反する部分は採用できない。

「以上を踏まえ、本件第三者委員会がパワーハラスメントとして認定した、本件主張整理表記載の言動のうち、P7(B)、P8(C)、P9(E)及びP10(F)に対して行った言動(以下、本件主張整理表の番号で特定する場合がある。)について、本件就業規則41条2項〔4〕、〔7〕の該当性を検討する。」

4.認識の問題と関連させてかなり強力な主張制限が認められた

 裁判所は、懲戒処分の法的性質と関連付け、解雇通知書に記載されていない解雇理由についても、懲戒解雇事由とは認めないとするかなり強力な主張制限を認めました。力点の軽重はともかく、存在が認識されていた事実まで、懲戒解雇事由ではないと検討の対象から排除されている部分は、割と大胆な判示だと注目しています。

 本裁判例は、懲戒解雇の効力を争う局面において、解雇通知書・解雇理由証明書に記載されいてない主張が使用者側から無分別になされた時に、これを排斥する根拠として活用できる可能性があります。