弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇無効の理由として、改めなければ解雇を検討するという具体的な指摘・指導の欠如が指摘された例

1.改善の機会の付与

 勤務成績・態度の不良を理由とする解雇の効力を判断するにあたっては、

「①使用者と当該労働者との労働契約上、その労働者に要求される職務の能力・勤務態度がどの程度のものか、②勤務成績、勤務態度の不良はどの程度か、③指導による改善の余地があるか、④他の労働者との取扱いに不均衡はないか等について、総合的に検討することになる」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395頁参照)。

 このうち、③指導による改善の余地があるかに関し、どのレベルでの指摘・指導がなされる必要があるのかについて争いになることがあります。具体的に言えば、単に消極的・否定的な評価が伝えられていれば足りるのか、改めなければ解雇を検討するという強い指摘まで必要になるのかです。この問題は、労働者と使用者とで、事柄の重大性に対する認識が食い違っている時に顕在化します。使用者の側は消極的・否定的な評価を伝えていたのだから改善の機会の付与としては十分だと主張しますし、労働者の側はそれほど重要な問題であるなら改めなければ解雇を検討するという形での警告が伴って然るべきだと反論します。

 近時公刊された判例集に、こうした争いが生じた時、労働者側の主張を補強するために活用できそうな裁判例が掲載されていました。大津地判令4.6.30労働判例ジャーナル128-8 学校法人滋賀学園事件です。

2.学校法人滋賀学園事件

 本件で被告になったのは、びわこ学院大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、本件大学の教育福祉学部スポーツ教育学科で専任教授として勤務していた方です。陸上部に所属するゼミ生である学生eに対するハラスメントを理由に普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「別紙解雇事由書に記載された解雇事由については、

原告が、eに対し、単位を落とした理由を詳しく説明せず、お前(e)のために落としたという発言をしたり(解雇事由〔17〕)、

陸上部の主将に就かせながら、原告の期待に沿えないeに対する積極的な援助をしなかったりし(同〔18〕)、

待ち合わせ時間に遅れながらeに連絡をしない対応(同〔16〕)があった

という限度で認められる。そして、これらの事実の他に、原告が、eの心情に配慮したといえない一定の言動をした事実や、学生らの前で威圧的に接する対応をした事実があったことが窺われる一方で、これらの推認を超えるほどの事実があったと認めることはできない。」

「そこで、以上のような認定事実を前提に検討するに、上記・・・で認定説示したような原告の言動は、学生らの主体性を育て、緊張感をもって真摯に学ばせようと考えて行われたものである面があったといえる一方で、原告から見て意欲等に欠ける者に対しては厳しく接する姿勢の現れであったといえる。そして、このような原告の学生らに対する姿勢が、前記・・・で認定したような、少人数の学生に対し、面倒見良く、手厚い対応をしようとする本件大学の方針と完全に一致するものであったかについては疑問を挟む余地がなくはないのであるが、原告がしたと認められる言動が、本件大学の方針と沿わない面があるという点を超えて、解雇を相当とするほどの事情にあたるとまで認めることはできない。」

「また、被告ないしは本件大学が、本件解雇に先立ち、原告に対し、このような原告の姿勢について問題として取上げ、原告が改めない場合に解雇を検討するといった具体的な指摘ないし指導をした事実は認められない。この点、被告は、原告は、別件ハラスメントをした経緯がありながら、自らの言動を改めなかった点が考慮されるべきである旨の主張をする。しかし、そもそも別件ハラスメントは、cと原告の双方が互いに強い言動をし合う中で生じたものであって、原告の学生らに対する姿勢が問われたものではない上、別件ハラスメントを理由に原告は特段の処分を受けていないのであるから・・・、上記のような考慮をすることはできないというべきである。」

「そして、原告が、本件大学において、けん責や戒告を含む処分を受けた事実は認められない。かえって、原告の指導の在り方が親身なものと感じる学生が少なからず存在していることや、本件大学自体が、原告について、従前、本件大学の教授として優れている旨の教員評価を大半の年度でしていたことは、前記・・・で認定したとおりである。」

「以上によれば、被告がした本件解雇は、解雇事由として掲げられた事由の多くについて裏付けがなく、その事由が存在したと認められないものである上、上記・・・のような事由が認められ、原告が学生らにした対応が本件大学の方針に照らして厳しいものであったとしても、その是非については評価が分かれる程度のものにすぎず、解雇以外の方策を講じようとすることもなくされたものであったことからすると、社会通念上合理性を欠いたものといわざるを得ず、解雇権の濫用に当たり、無効というべきである。」

3.活用の幅は広い

 勤務成績不良・勤務態度不良解雇の事案で、使用者側からの指摘が「改めなければ解雇を検討する」というところまで踏み込まれていない例は少なくありません。傍線部のような論理を活用できる事件には、実務上、よく遭遇します。

 そうした場合に活用するため、本件は記憶しておいて損のない裁判例だと思われます。