弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

古い事実を懲戒事由として構成するのは無理がある

1.古い事実が持ち出される

 解雇の効力を争うため、使用者に解雇理由証明書を請求すると、解雇事由をたくさん書きたいためなのか、かなり古い事実まで書かれた証明書が送られてくることがあります。

 何年も前のことまで含め、たくさんの事実を突き付けられると、不安を覚える方は少なくありません。しかし、私の感覚では、このようなことをしてくる使用者は、あまり脅威には思いません。古い事実の立証は崩れることが多いですし、崩れなかったとしても、長期間何の処分もされずに放置・黙認されてきた事情が解雇の相当性を基礎付けるとは考えにくいからです。佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕389頁でも、「懲戒事由とされた行為後、長期間懲戒権が行使されていなかった場合も相当性を欠くとされる場合がある」と言及されています。

 解雇理由は、解雇の効力を支える柱のようなものです。切り倒されれば、意思決定の基盤が失われたものとして、裁判官の心証に響くことになります。簡単に切り倒されるような柱など百害あって一理なく、こういうものが紛れ込んでいると、紛争に習熟していないのか、あるいは、このようなものまで持ち出さなければならないほど追い詰められているかのどちらかであるという推定が働きます。そして、実際、裁判を進めてみると、私の経験の範囲内では、勝訴できることの方が圧倒的に多いです。

 近時公刊された判例集にも、古い事実に対する裁判所の見方が表れている裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、高知地判令3.5.21労働判例ジャーナル114-20 社会福祉法人ファミーユ高知事件です。

2.社会福祉法人ファミーユ高知事件

 本件で被告となった法人(被告法人)は、リハビリテーションセンター(本件センター)の運営を行う社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告法人との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、本件センターのセンター長として働いていた方です。他の職員に対してパワーハラスメントを行ったとして、被告から懲戒解雇にするとの意思表示を受けました(本件懲戒解雇)。これに対し、懲戒解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では多数の解雇理由が主張され、中には8年以上昔のものまでが混入していました。こうした古い懲戒事由について、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由への該当性(パワーハラスメントへの該当性)そのものを否定しました。下記は懲戒事由の一つに対する判断ですが、裁判所は、結論としても、懲戒解雇の効力を否定しています。

(裁判所の判断)

「平成22年頃、P7が、原告の許可を得て施設利用者のパンの実習を2回行い、一定問題があったもののもう少し実習を続けてあげたい旨原告に伝えたところ、原告が当該施設利用者に対して実習を行うこととした理由等を尋ねたこと、これに対してP7がとるべき対応を聞いたところ、原告が自ら考えるよう告げたことは当事者間に争いがない。」

「被告らは、被告P3がP11同席のもとでP7から聞き取ったとする内容が記載された書面にP7が署名をした文書(乙7の2。以下「P7報告書」という。)を提出し、同書面中には、番号2-1に関する被告らの主張に沿う内容の記載があり、また、本件調査報告書は、被告ら主張の事実が存在した旨が記載されている。しかしながら、P7報告書の番号2-1に関する記載内容には、当該対応があった時期を特定する記載はない一方で会話の内容等は相応に詳細であるところ、聞き取りが行われた平成30年時点で既に8年が経過している事実について詳細な聞き取りが可能であった理由が何ら明らかでなく、また、その記載内容からすれば、当該対応の前提となる事実関係に関する客観的な資料(少なくとも施設利用者に関して本件センターが作成した文書、当該実習に関して作成された決済関係の資料等)が存在するはずであるが、そのような客観資料による裏付けもされていない。本件調査報告書中の番号2-1に関する記載も、P7報告書同様、客観資料に基づく裏付けがない。そうすると、これらの証拠の信用性は限定的なものと解さざるを得ず、これらの証拠のみによって被告ら主張の事実を認定することはできない。そして、記録上、被告らの主張を認めるに足りる適切な証拠はない。

「そこで、上記のとおり争いのない事実を前提として、当該言動がパワーハラスメントに該当するかを検討する。まず、原告は、職員が入所者の支援に行き詰った時には、原点回帰して思考を整理するための質問を行ったり、自ら考えることを促したりする旨主張し、原告本人はこれに沿う供述をしているところ、本件センターが、障害があっても自分らしい生活を送ることができるよう、適切な支援を提供し、利用者を主体として、自立と自律を柱とする各々の目標に向けた能力獲得のためのトレーニングを実施すること等を理念、特長としており・・・、施設利用者それぞれの障害や個性に応じたサービスの提供を謳っていることからすれば、原告が主張する上記業務方針は、本件センターの理念等と整合するといえ、原告がそのような対応をすること自体は通常の業務指示と評価することができる。そして、P7が行った実習は原告の許可を得ていたものではあるものの、一定の問題が生じていたというのであるから、当該問題に対する対応を含め、実習の目的等を確認することや、改善方法等をP7に考えさせることは通常の業務の範疇のやりとりと解される。その他に、原告の言動がP7に対するパワーハラスメントに該当すると評価するに足りる具体的な経緯や事情の存在は認められない。」

「したがって、番号2-1の言動がパワーハラスメントに該当するとは認められない。」

3.やたら詳しく取り繕ったところで、どうにもならない

 客観的な証拠・根拠に乏しい事件では、使用者側から問題行動を示す証拠として、従業員の供述が提示されることがあります。この供述は、しばしば詳細かつ具体的なものが出されます。

 しかし、本件の裁判所は、

8年も前のことが詳細であることは逆におかしいこと

あって然るべき客観資料による裏付けもないこと、

などを指摘し、被告使用者側の主張を排斥しました。

 裁判所の判断の仕方は、古い懲戒事由が持ち出されている他の事件を進めるに当たっても、参考になるように思われます。