弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分-一事不再理に抵触するか否かの判断方法

1.一事不再理

 憲法39条後段は、

「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」

と規定しています。

 これは刑事裁判の基本原則を規定したもので、「一時不再理の原則」あるいは「二重処罰の禁止」と呼ばれているルールです。

 使用者が労働者に対して行う懲戒処分は、刑事罰ではありません。しかし、制裁罰としての性格を持ち、刑事処罰と類似性をもつため、刑事裁判で用いられている考え方の多くが類推されています。

 一時不再理や二重処罰の禁止も同様で、同じ事由について繰り返し懲戒処分を行うことは許されないと理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕558頁参照)。

 しかし、法適用の場面では、「同じ事由」といえるのか否かで揉めることがあります。これは前に懲戒事由とされた事実と関連する事実で再度懲戒処分が行われる場面で問題になります。

 昨日ご紹介した、東京地判令4.1.20労働経済判例速報2480-3 学校法人A大学事件は、「同じ事由」といえるのかの判断方法という点でも参考になります。

2.学校法人A大学事件

 本件で被告になったのは、大学を設置運営する学校法人です(被告大学)。

 原告になったのは、大学の准教授の方です。

 この方は元々は教授の地位にありましたが、被告大学大学院の女子学生(本件学生)にハラスメント行為に及んだとして准教授に降格されました(前件処分)。

 前件処分の理由になったのは、

「平成28年5月22日、原告が、学会終了後の慰労会後に、本件学生のアパートまで電車と徒歩で送った後、午後11時半頃、再度、最寄駅の駅前のファミリーレストランに本件学生を誘い、翌午前2時頃まで二人で飲酒し、本件学生を本件学生のアパートまで送った後、一人暮らしの本件学生の部屋に入り、朝まで退出しなかった」こと(前件懲戒事由①)

「その後、数度にわたり謝罪と称するメールを送信した後、さらに、授業後に本件学生を呼び出し、食事に誘」ったこと(前件懲戒事由②)

の二点でした。

 原告は、降格処分の効力を争い、裁判所に出訴するとともに、代理人弁護士(前件の代理人弁護士、本件の代理人弁護士とは異なる)を通じ、

「逆に、本件学生に対して批判の目を向ける大学院生も少なくなく、極端な場合、原告を陥れるために本件学生がしくんだハニートラップだったのではないかと、あらぬ憶測を巡らす人間さえいるように聞いています。」

「将来本件学生が頑張って学問で頭角を現そうとした際に、誰かがやっかみ半分で、このことを蒸し返す可能性は極めて濃厚です。彼女が頑張れば頑張るほど、その危惧は強くなります。噂の真偽とは無関係に、学界内で本件学生に『先生を陥れた人間』という過激なレッテルが貼られることになりかねないわけですから、就職その他の将来に対して、甚大な悪影響を与えることになりましょう。研究人生における深刻な足かせです。しかし、それは本件学生が特に望んでもいなかった大学側の処分断行の、いわば『代償』であり、実に罪作りな話しにほかなりません。」

などと記載された文書(本件書面)を送付しました。

 しかし、懲戒処分(降格処分)の効力を争う事件を受訴した裁判所は、原告が本件学生宅の部屋に入室した後の出来事として、

「原告が、ベッドの上に横になり、本件学生に対し自分の傍に来るように誘った事実、本件学生の手や肩を触った事実、本件学生の着ていたブラウスのリボンやボタンを外し、服の上から両手で本件学生の胸を触った事実」(本件接触行為)

を認定したうえ、原告の請求を棄却しました。そして、この結論は高裁でも最高裁でも維持されました(前件訴訟)。

 こうした一連の経過を経た後、被告は、前件訴訟の判決を受け、

本件接触行為を本件懲戒事由①と、

本件書面の発出行為を本件懲戒事由②と、

構成したうえ、原告を懲戒解雇しました。

 この懲戒解雇の効力を争い、原告が被告に対して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告は懲戒解雇の無効事由を複数主張していますが、その中の一つに、

本件懲戒事由①を本件懲戒処分の理由とすることは一事不再理に反している

という議論がありました。前件懲戒事由①と一連一体の出来事であるというのが主な論拠です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、一事不再理違反を否定しました。

(裁判所の判断)

「使用者による懲戒権の行使は、秩序維持の観点から雇用契約に基づく使用者の権能として行われる制裁罰であるから、同一の事実について重ねて懲戒権を行使することは、その権利を濫用したものとして無効というべきである。」

「原告は、本件懲戒事由①は、前件処分の対象とされ、あるいは考慮されており、前件処分と同一の事案に対して再び懲戒処分の理由とするものであるから、本件懲戒事由①を理由に本件懲戒処分を行うことはできない旨主張する。」

「前記前提事実・・・のとおり、前件処分の対象は前件懲戒事由①及び②であり、本件懲戒処分の対象は本件懲戒事由①及び②であるところ、前件懲戒事由①(深夜に一人暮らしの本件学生の部屋に入り、朝まで退出しなかったこと)と本件懲戒事由①(本件学生のブラウスのリボンやボタンを外して胸を触ったこと)とは、同じ機会における一連の出来事であるということはできるものの、事実としては別異のものであるから、本件懲戒処分が外形上は一事不再理に違反するものでないことは明らかである。

「次に、原告は、前件処分は本件懲戒事由①を考慮してなされたものであるから、本件懲戒事由①に基づいて本件懲戒処分を行うことは、実質的に一事不再理に違反する旨主張する。」

「そこで検討するに、前記認定事実・・・のとおり、前件処分に係る経緯については、ハラスメント防止・対策委員会において、前件懲戒事由①及び②に係る事実のみがハラスメントとして認定された上、学長がこれらの事実について懲戒処分相当であると判断し、前件処分に係る懲戒審査委員会を招集したこと、懲戒審査委員会の審議において対象が上記事実である旨説明され、審議を経て前件懲戒事由①及び②を対象とする懲戒処分案が決定されたこと、同懲戒処分案の交付の際、学長らは、処分の理由が前件懲戒事由①及び②に係る事実のみである旨説明し、室内で何かあったことを前提にしているのではないかという原告の問いに対してはこれを否定していることが認められるのであって、かかる経緯に照らせば、被告は、実質的にも、前件懲戒事由①及び②を対象として前件処分をしたものと認めるのが相当であり、同処分が本件懲戒事由①を実質的に考慮してなされたということはできない。なお、原告は、被告が前件訴訟において、本件接触行為があったことを根拠に前件懲戒事由①に係る行為(本件学生宅への立入り)が性的な意図によりなされたと主張したことをもって、同処分が本件懲戒事由①(本件接触行為)を実質的に考慮してなされた旨を主張するが、懲戒処分を決定する(懲戒事由の該当性を判断し、懲戒処分を選択・量定する)に当たっては、懲戒事由に係る行為の意図や態様等を考慮すべきことはもとより当然である(本件懲戒規程4条1号参照)。そして、行為の意図を認定するに当たって、当該行為前後の事情を考慮することには合理性があるところ、本件接触行為があったことを前提に、これを根拠の一つとして原告が性的な意図により本件学生宅へ立ち入ったものとして前件処分がなされたとしても、本件接触行為が前件処分の選択・量定において実質的に考慮されていたとはいえないから、上記主張は採用の限りでない。

「加えて、前記認定事実・・・のとおり、前件訴訟においては、第一審判決及び控訴審判決のいずれにおいても、本件接触行為を事実としては認定しつつ、これを度外視した上で前件懲戒事由①の懲戒事由該当性を肯定した上で、前件処分の有効性を認めている。とりわけ、控訴審判決においては、本件懲戒事由①に基づく本件懲戒処分がなされたこと及び同処分が係争中であることを踏まえ、具体的な行為態様について認定を差し控える旨を説示しており、本件懲戒事由①を考慮せずに前件処分の有効性判断をしたことが明らかである。かかる司法審査を経て前件処分の有効性が認められ、その判断が確定していることをみても、本件懲戒処分が実質的に一事不再理に抵触するものと認めることはできない。」

「原告は、前件処分に係る懲戒審査委員会において、対象が前件懲戒事由①及び②に限られるとの説明はなかった旨主張し、その根拠として、平成30年10月30日にc教授が原告に対してした発言・・・を挙げる。」

「しかしながら、証人dは、前件処分に係る懲戒審査委員会において対象が前件懲戒事由①及び②に限られることを説明した旨を供述するところ、当該供述は、上記懲戒審査委員会の招集の経緯等・・・の客観的状況と整合する上、証拠上、その信用性を疑わせる事情は認められない。」

「これに対し、原告が指摘するc教授の発言は、趣旨が不明確な部分が多々あり、少なくとも、その内容が証人dの供述と明らかに矛盾するものとはいえず、前件処分に係る懲戒審査委員会において、処分の対象となる理由の説明がなかったということや、前件懲戒処分案の決定において本件懲戒事由①に係る行為が考慮されたことを裏付けるものでもないから、当該発言を根拠に、前件処分に係る懲戒審査委員会において、対象が前件懲戒事由①及び②に限られることの説明がなされなかった事実を認めることはできない。」

「原告は、前件処分に係る懲戒審査委員会において、本件接触行為に関する記載のある本件申立書等が配布されたことをもって、本件接触行為の存在が考慮されていた旨を主張する。」

「しかしながら、前件懲戒事由①と本件懲戒事由①(本件接触行為)は同じ機会になされた一連の行為であるところ、原告がハラスメント防止・対策委員会の認定について異議申立てを行い、前件懲戒事由①及び②のハラスメント該当性について争っていたこと・・・、前記説示のとおり、懲戒処分の決定に当たっては、懲戒事由に係る事実の存否のみならず、その態様や意図も考慮すべきであることに照らすと、前件処分を検討するに当たっては、本件学生及び原告の双方の言い分を本件接触行為に関する部分も含めて子細に検討する必要があったことは明らかであるから、前件処分に係る懲戒審査委員会において、本件接触行為に関する記載のある本件申立書等を交付することは必要かつ相当な行為であって、これをもって前件処分が本件懲戒事由①を実質的に考慮していたということはできない。」

「よって、原告の上記主張は採用できない。」

「上記認定説示のとおり、前件処分が本件懲戒事由①を実質的に考慮したものであるということはできず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。」

「以上によれば、本件懲戒処分が一事不再理に反するものであるとは認められない。」

3.処分量定で実質的に考慮されていたかどうか

 裁判所は、一事不再理に反するのか否かの判断にあたり、

事実として別異のものであるのか、

処分の選択、量定において実質的に考慮されていたのかどうか、

という二段階での検討を行っています。

 形式的にも同一の事実で改めて懲戒処分が行われることは稀なので、実質的な意義を持つのは二段階目の審査になります。

 懲戒処分の効力を争うと、その効力を維持することを意図する使用者側から、懲戒事由とされた事実以外の事実も悪情状として多々主張されることがあります。また、懲戒処分に関する意思決定が行われた過程を明らかにするように釈明を求めると、様々な情状が考慮されたことが判明することもあります。本件の判断枠組に従えば、このように前処分で活用された事実を、改めて懲戒処分を行う根拠にはできなくなります。

 使用者側が特定の労働者に対して懲戒処分を繰り返してくることは、それほど珍しいことではありません。当該処分との関係では不利になりかねないので注意が必要ですし、本件の使用者は懲戒処分の段階から慎重な対応をとっていたようですが、一般論としては、再度の懲戒処分を防ぐため、悪情状を前訴段階で出しきらせてしまうことが必要な場面も考えられるように思われます。