弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分-雇入れた学生(履修生)を成績評価に関与させることの悪質性をどう考えるのか

1.懲戒権濫用の判断枠組

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この条文の理解に関しては、一般に次のように理解されています。

「労働者の行為の『性質』とは、懲戒事由となった労働者の行為そのものの内容を指し、『態様』とは、その行為がなされた状況や悪質さの程度などを指す。懲戒権濫用の判断では、この労働者の行為の内容・悪質性の程度と処分の重さのバランス(行為の悪質性の程度に比し処分が重すぎないか)が中心的な考慮点となる。」(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕554頁参照)。

 しかし、ある行為に対して特定の懲戒処分が「重すぎる」かどうかは、なかなか悩ましい問題です。同じような行為であったとしても、その行為の重さは業界によって異なります。同じ業界であったとしても、その企業によって積み重ねられてきた先例との兼ね合いもあります。特に、裁判例によって相場水準が形成されているとはいえない非典型的な非違行為に関しては、「重すぎる」かどうかの判断は極めて困難です。

 それでは、大学教員が履修生を雇い入れ、成績評価の手伝いをさせることの悪質性は、どのように評価されるのでしょうか? 昨日ご紹介させて頂いた東京地判令4.6.9労働判例ジャーナル131-52 学校法人関東学院事件は、このような非典型的な非違行為についての裁判所の考え方を知るうえでも参考になります。

2.学校法人関東学院事件

 本件で被告になったのは、関東学院大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約(本件雇用契約)を締結し、本件大学経済学部経営学科(後の経営学部)の准教授を務めていた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け(本件懲戒解雇)、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件で懲戒解雇事由とされたのは、次の三つの事実です。

①「原告は、P3(学生 括弧内筆者)をアルバイトとして雇用し、P3に対し、

〔1〕平成29年度春学期『交通サービス』の期末試験のうち、穴埋め問題について、履修生の解答と原告作成の模範解答との照合、模範解答と合っていれば丸印を付けること、正解した合計点数を算出することを、

〔2〕同『サービス経営〈1〉』について、履修生から提出されたレポートの成績評価区分(上から『S(秀)』、『A(優)』、『B(良)』、『C(可)』『F(不可)』の5段階)への振り分け、振り分け結果の出欠者一覧表への転記を、

〔3〕同「交通サービス」及び同『サービス経営〈1〉』について、出欠者一覧表に記載された履修生の成績評価のエクセル表への入力とその照合、Web採点簿への入力を

行わせた。」(成績評価に関する事由)

②「原告は、P3に対し、上記・・・の作業を行ってもらうために、平成29年度春学期『交通サービス』の期末試験の答案、同『サービス経営〈1〉』について履修生から提出されたレポート及び原告の研究室の鍵を預け、本件大学のシステムのうち教員しかアクセスできない部分にアクセスするために必要な原告のID及びパスワードを教示した。」(個人情報管理に関する事由)

③「原告は、平成30年7月19日2講時(午前10時45分から12時15分まで)に、本件大学の金沢八景キャンパス3号館308号室において行われた同年度春学期『基礎ゼミナール』(全15回)の第14回目の授業時間中に、履修生に対して得意芸を披露させた。その中で、男子履修生2名は、裸となって股間をお盆で隠すなどの裸芸をし、その後遅刻してきた男子履修生1名も、同様の裸芸をしたが、原告は、これらを制止しなかった。」(本件不適切行動に関する事由)

 本件では、これら非違行為を理由に諭旨解雇・懲戒解雇することが、いわゆる「重すぎる」懲戒処分なのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、諭旨解雇・懲戒解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「大学教員の職務は研究と教育であるところ(教員特則4においても、その旨定められている。)、試験の採点や成績評価は、学生の単位認定、進級査定や卒業査定等に影響し、学生の教育・指導の根幹部分に当たる、重要かつ基本的な職務である。原告の上記行為は、このような大学教員としての重要かつ基本的な職務の一部を学生に行わせたものである上、そのうち一部の科目については、当該学生自身も履修していたというものであり、教員特則4(2)〔1〕の定める教員の職務を怠る重大な行為であるというべきである。したがって、原告の上記行為は、就業規則『5 服務規律』(3)〔3〕『本学の秩序もしくは職場の規律を乱す行為』に当たり、かつ、同『6・2 懲戒』(1)〔1〕『服務規律(2)に違背する行為又は(3)に掲げる行為があったとき』に当たるものということができる。」

(中略)

「原告は、P3に対し、履修生の答案及び履修生から提出されたレポートを預けたほか、Web採点簿システムにアクセスするために必要な原告のID及びパスワードを教示するなどして、原告担当科目の履修生の成績評価を開示したことが認められ、これによって、原告は、当該履修生以外の第三者に対し、当該履修生の個人情報を提供し、個人情報を漏えいしたものといえる。」

「なお、原告は、履修生の個人情報をP3以外の第三者に漏えいしていない旨を主張するが、P3に対して履修生の個人情報を提供したこと自体がすでに個人情報の漏えい行為に該当するのであり、原告の上記主張は失当といわざるを得ない。また、証拠(原告本人【59】)によると、P3は、他の学生と同居していたことが認められ、P3からP3以外の第三者に対して履修生の個人情報が漏えいする高度の危険があったことも認められる。」

「原告の上記行為は、個人情報保護規程13条の定める個人情報取扱者の義務に違反するものであり、就業規則『5 服務規律』(3)〔5〕『職務上知り得た機密を他にもらす行為』に当たり、かつ、同『6・2 懲戒』(1)〔1〕『服務規律(2)に違背する行為又は(3)に掲げる行為があったとき』に当たるものということができる。また、原告の上記行為は、学生に対して本件大学のシステムのうち教員しかアクセスできない部分に自由にアクセスすることを許したものであるから、就業規則『5 服務規律』(3)〔3〕『本学の秩序もしくは職場の規律を乱す行為』に当たり、かつ、同『6・2 懲戒』(1)〔1〕『服務規律(2)に違背する行為又は(3)に掲げる行為があったとき』に当たるものということができる。」

(中略)

「原告は、自己の担当する同年度春学期「基礎ゼミナール」の第14回目の授業時間中に履修生に得意芸を披露させ、その中で履修生3名が裸芸を披露したが、原告は、これを制止しなかったことが認められる。」

「原告の上記行為は、授業時間中に授業をせずに履修生に得意芸を披露させたものであるから、教員特則4(2)〔1〕の定める教員の職務を怠ったものということができ、しかも、履修生が裸芸を披露するのを制止しなかったという態様に照らせば、就業規則『5 服務規律』(3)〔2〕の『本学の名誉を損する行為』及び同〔3〕の『本学の秩序もしくは職場の規律を乱す行為』に当たり、かつ、同『6・2 懲戒』(1)〔1〕の『服務規律(2)に違背する行為又は(3)に掲げる行為があったとき。』に当たるものということができる。」

(中略)

「(1)懲戒処分基準例」

「ア 成績評価に関する事由について」

「別紙1の5のとおり、懲戒処分基準内規4条は、懲戒委員会が審議する教職員の懲戒処分案について、懲戒処分基準例に掲げる非違行為に対応する懲戒処分の種類によるものとし、懲戒処分基準例に掲げられていない非違行為についても、懲戒処分基準例に掲げる取扱いを参考にして、懲戒処分をすることができる旨定めている。」

「懲戒処分基準例には、教員が学生を成績評価に関与させる行為は非違行為として掲げられていないが、成績評価が本件大学の教員として重要かつ基本的な職務であり、原告がP3を成績評価に関与させた行為によって、被告は原告担当科目に係る成績評価の検証・訂正を余儀なくされたことに鑑みると、上記行為については、懲戒処分基準例3(2)の『職務を怠り、学校運営に支障を生じさせた場合』に類するものということができ、懲戒処分基準内規4条2項に基づき、これに対応する懲戒処分の種類は『譴責又は減給』となる。また、原告が大学教員としての重要かつ基本的な職務である成績評価の一部を学生に行わせたことは、本件大学の提供する大学教育に対する信頼を根本的に損ねる重大な行為であるから、本件処分基準例3(10)の『学院・各校の信頼を損ない、重大な信用失墜を与えた場合』に類するものということができ、懲戒処分基準内規4条2項に基づき、これに対応する懲戒処分の種類は『減給、停職、諭旨解雇又は懲戒解雇』となる。」

「イ 個人情報管理に関する事由について」

「原告がP3に対して履修生の個人情報を漏えいした行為は、これによって被告は原告担当科目に係る成績評価の検証・訂正を余儀なくされたことも考慮すると、懲戒処分基準例3(6)の成績情報・学生等の情報について『不適切な管理を行い、学校運営に支障を生じさせた場合』に当たり、これに対応する懲戒処分の種類は『譴責又は減給』となるほか、同5(1)の『職務上知ることのできた秘密を漏らし、学校運営に重大な支障を生じさせた場合』にも該当し、これに対応する懲戒処分の種類は『停職、諭旨解雇又は懲戒解雇』となる。また、原告が、現にP3に対して履修生の個人情報を漏えいさせ、さらに広く漏えいする危険もあったことを考慮すると、原告の上記行為は、懲戒処分基準例3(10)の『学院・各校の信頼を損ない、重大な信用失墜を与えた場合』に類するものということができ、懲戒処分基準内規4条2項に基づき、これに対応する懲戒処分の種類は『減給、停職、諭旨解雇又は懲戒解雇』となる。」

「ウ 本件不適切行動に関する事由について」

「原告が、『基礎ゼミナール』の履修生に対し、授業時間中に得意芸の披露等を行うよう不適切な指示を行っただけでなく、授業時間中に裸芸が披露された際にこれを制止しなかったことは、懲戒処分基準例3(8)の『学生等に対して、不適切な指導を行なった場合』に該当し、これに対応する懲戒処分の種類は『譴責又は減給』となる。」

「(2)本件懲戒解雇の社会的相当性について」

原告は、本件大学の教員として欠くことのできない学生の教育・指導の根幹部分に当たる職務である期末試験の採点の一部、期末レポートの成績評価区分への振り分け、最終的な成績評価の入力・確定をP3に行わせたものであって、この成績評価が学生のその後の進級、卒業、学位取得に影響を与え、ひいては学生の就職、転職等に際しても人物評価のための判断材料となり得ることを踏まえれば、このような重要な職務を学生に委ねたことは、本件大学の高等教育機関としての社会的信頼性に大きな疑いを生じさせるものといわざるを得ない・・・。また、原告は、P3に対し、本件大学のシステムのうち教員しかアクセスすることができない部分にアクセスするために必要な原告のIDとパスワードを提供することによって、本件大学の教員として接することのできる履修生の個人情報であり、学業成績という高度に配慮を要する情報にアクセスすることを可能にしたものであって、原告と履修生の信頼関係のみならず、被告そのものの社会的信頼性を傷つけたものというべきである・・・。そして、原告は、平成30年3月15日に自宅待機命令が解除された後、わずか4か月余りで本件不適切行動に至っており、これによって勉学・教授の場の風紀を乱したものであって、自己の教員としての立場に対する自覚の欠如・教え導くべき履修生に対する配慮の欠落は著しいというほかない・・。

原告の以上の非違行為は、本件大学の信用を著しく失墜させる行為ということができ、原告が、学部調査委員会の事情聴取において、P3に対してIDとパスワードを教示したことが軽率であった旨反省の弁を述べていたこと・・・や、これまでに原告が懲戒処分を受けたことがなかったことを斟酌しても、原告の以上の非違行為の行為態様、結果の程度、原告の故意的行為であることを総合考慮すれば、諭旨解雇以上の処分をすることが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないということはできない。したがって、被告が、原告に対し、諭旨解雇処分を行い、原告から退職願が提出されなかったことから本件懲戒解雇に至ったとしても、本件懲戒解雇が社会通念上相当でないと認めることはできない。

3.成績を歪めることへの評価は厳しい

 以前、

落第生を再試験で救済しようとした大学教授が懲戒処分を受けた事件 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事で紹介した裁判例もそうですが、裁判所は、成績評価を歪めることに対し、かなり厳しい視線を向けているように思われます。

 身を守るという観点でいうと、大学教員の方が学生の成績評価を行うにあたっては、厳正さや厳格さに留意しておいた方が良さそうです。