弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

指示した上司が懲戒されず、非違行為をした部下が懲戒されるのは不公平とされた例

1.懲戒権濫用

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この「その他の事情」には、

「労働者の行為の結果(企業秩序に対しどのような影響があったか)、労働者側の情状(過去の処分・非違行為歴、反省の有無・態度など)、使用者側の対応(他の労働者の処分との均衡、行為から処分までの期間など)などが含まれる」

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕569頁参照)。

 つまり、懲戒処分は、監督責任を負う上司に対して行われた処分や、似たような非違行為をした同僚に対する処分とのバランスが悪いことを理由に、効力を否定されることがあります。

 近時公刊された判例集にも、非違行為への他の関与者との公平性が一因となって、懲戒処分の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令4.12.17労働経済判例速報2521-16 全国建設労働組合総連合事件です。

2.全国建設労働組合総連合事件

 本件で被告になったのは、

全国の建設産業関係労働組合及びそれらの連合会をもって構成される産業別労働組合(被告Y1)、

被告Y1の書記長(被告Y2)、

被告Y1の専従役員(被告Y3)

の三名です。

 原告になったのは、被告Y1との間で労働契約を締結し、書記として勤務していた方です。被告Y1から譴責の懲戒処分を受けたことについて、その無効確認を求めるとともに、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で被告が構成した懲戒処分対象事実は7つあり、その内容は次のとおりです。

・懲戒処分の対象となる事実1(本件懲戒処分対象事実1)

「3月9日(金)午後1時頃、Y1が行っている国交省の補助事業において、当日が国交省の『平成29年度地域に根ざした木造住宅施工技術体制整備事業保金(判決注:原文のまま)交付申請等マニュアル』に基づく経費の支払期日となっていたため、Y3技術対策部長(被告Y3)が原告に対して支払漏れがないか確認を求めたところ、Lに支払っていないと回答。Y3部長は既に支払われていた記憶があったことから、再度確認を求めたが支払っていないと回答したため、支払手続をするようお願いした。振込手続をした後、午後外出から事務所に戻ってきたE書記にY3部長が確認したところ、2月22日に支払済みであることが明らかとなり、改めて原告から財政部に確認したところ、支払済みであることを確認。同日LのT氏がY1事務所に来ていたことから、お詫びするとともに返金をY1がLに対しお願いし、3月13日にLより返金が行われた。」

・国交省補助事業及び日常業務に関する事項

(1)懲戒処分の対象となる事実2①(本件懲戒処分対象事実2)

「Jが行った国交省補助事業において、2月中旬から3月9日の間において、Kから講師謝金請求書が2枚送付されたが、日付を確認せず同じ請求書と勘違いし、1回分(3万円)の経費(U分)を計上漏れした。発覚したのは3月下旬。」

(2)懲戒処分の対象となる事実2②(本件懲戒処分対象事実3)

「Y1が行った国交省補助事業において、Y1が定めた講師謝金の上限額である23万7000円を超過して、Mから24万円の請求があり、その額を実績額として計上した、過剰受給となった。」

(3)懲戒処分の対象となる事実2③(本件懲戒処分対象事実4)

「Jが行った国交省補助事業において、J四国ブロック委員(V1名4万8300円)の謝金について、旅費分の11,860円のみ計上し、委員謝金48,300円を計上漏れのまま、国土交通省へ実績報告した。」

(4)懲戒処分の対象となる事実2④(本件懲戒処分対象事実5)

「Y1が行っている資格取得報奨金制度について、6組合(N、M、O、P、Q、R)の6月支給分について、『Y1技能者育成基金制度規程』に定められた支給決定通知書を出さずに別の物を出した。」

(5)懲戒処分の対象となる事実2⑤(本件懲戒処分対象事実6)

「3月10日(土)の休日出勤の際に、その日の朝7時過ぎに部長にメールをして出勤している。なぜ事前連絡しなかったのか。」

(6)懲戒処分の対象となる事実2⑥(本件懲戒処分対象事実7)

「5月16日(水)朝、私的な理由で6時半に出勤して、管理人のWさんに会館玄関を開けさせた。」

 上司や他の関与者との処分の均衡が根拠となって懲戒権の行使が否定されたのは、本件懲戒対象事実1との関係です。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒対象事実1を理由とする懲戒権行使を否定しました。

(裁判所の判断)

「Lの被告Y1に対する200万円の請求書について、平成30年3月9日午前、実際には同年2月22日に被告Y1がLに対して200万円を支払っていたのに、被告Y1がLに対して誤って200万円を二重払するという出来事が発生したこと、200万円の振込について、上司である被告Y3の指示あったとはいえ、被告Y3の承認印のある支払承認書のないまま原告が財政部のD書記に振込手続を依頼したことが認められ、原告が住宅対策部のE主任書記にもLへの支払の有無を確認しなかった点で原告の対応が不十分であったと認められる。」

「かかる原告の行為は、支払の有無の確認が不十分だったというだけでなく、被告Y3の指示があったとはいえ、被告Y1における決まりに反し、被告Y3の承認印のある支払承認書のないまま財政部のD書記に振込手続を依頼したのであるから、本件規程10条の『職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行する』に違反するものといえ、本件規程54条1項⑦の『第3章所定の服務規律…に違反したとき」』懲戒事由に該当するといえる。」

「もっとも、上記振込手続の依頼の前提として、原告が財政部のD書記にLへの200万円の支払の有無を確認したところ、D書記から支払がされていないとの回答を得たこと、同年3月9日が国交省補助事業の最終日であり、仮に支払がされていないと補助事業から外れてしまうため、被告Y3がその権限で被告Y3の承認印のある支払承認書のないまま原告に振込を指示したという経過や、振込手続自体を行ったのは財政部であるD書記であるから、本件懲戒処分の相当性の判断においては、かかる事情も踏まえて判断するのが相当である。

(中略)

「本件懲戒処分対象事実1は本件規程10条に違反し、本件規程54条1項⑦の第3章所定の服務規律…に違反したとき」の懲戒事由に該当するから、原告に対し、本件規程の定める懲戒処分の中で最も軽いけん責処分を科すことはやむを得ないようにも思える。」

「しかしながら、本件懲戒処分対象事実1については、二重払の額は200万円と多額であるものの、速やかに振込先のLから同額が返金されており、(振込手数料等を除けば)被告Y1に実質的な損害が生じたといえない。加えて、前記・・・のとおり、原告が財政部のD書記にLへの200万円の支払の有無を確認したところ、D書記から支払がされていないとの回答を得たこと、被告Y3がその権限で承認印のある支払承認書のないまま原告に振込を指示したこと、被告Y3の承認印のある支払承認書のないまま振込手続自体を行ったのは財政部であるD書記であること、第2次懲戒発議の手続において、原告も二重払の事実を認めていたことを考慮すれば、本件懲戒処分対象事実1が本件規程10条に違反し、本件規程54条1項⑦の『第3章所定の服務規律…に違反したとき』の懲戒事由に該当するからといって、直ちに原告に懲戒処分を科すことが相当であるとはいえない。また、上記経過に照らすと、本件懲戒処分対象事実1に関し、原告の責任が原告の上司であり承認印のある支払承認書のないまま振込を指示した被告Y3及び承認印のある支払承認書のないまま振込手続をしたD書記より重いとはいえないところ、D書記については顛末書の提出、被告Y3(技術対策部長)は、被告Y2から注意を受けるにとどまっており、原告のみに懲戒処分を科すのは公平とはいえない

(中略)

「以上によれば、原告に対するけん責の本件懲戒処分を科すことは、社会通念上相当であると認められず、その権利を濫用したものとして、無効である(労働契約法15条)。」

「よって、原告の被告Y1に対する本件懲戒処分無効確認の訴えは理由がある。」

3.狙い撃ちにされた場合には他の関与者への扱いを見る

 使用者が、特定の労働者の退職を企図して、些細な行為を捉えては、軽微な懲戒処分を繰り返して行くことは珍しくありません。こうした場合、関与者や類似の非違行為をした方がどのような処分を受けているのかを調査することで、主張の糸口を掴み取れることがあります。狙い撃ちに懲戒権が発動されている場合、非違行為に関係する上司や同僚との関係では、懲戒権の発動に至っていないことが多いからです。

 本件は狙い撃ちされている労働者が懲戒権行使の適否を考えていくにあたり参考になります。