弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

戒告・譴責の無効の確認を求める訴えの利益(肯定例)

1.戒告・譴責の無効を確認する利益

 戒告・譴責といった具体的な不利益と結びついていない軽微な懲戒処分の効力が無効であることの確認を求める事件は、「訴えの利益」が否定されることが少なくありません。

 「訴えの利益」とは、裁判所に事件として取り扱ってもらうための要件の一種です。訴えの利益のない事件は、不適法却下-いわゆる門前払いの判決が言い渡されます。

 裁判所が、戒告・譴責の無効の確認を求める事件に消極的であるのは、

具体的な不利益と結びついていないから、有効か無効かを判断する実益がない、

戒告・譴責といった処分歴が考慮されて、より重い処分(減給・停職・解雇など)が下される可能性があるとしても、具体的な不利益と結びついたより重い処分がされた時点で、前歴とされた戒告・譴責の効力を検討すれば足りるので、戒告・譴責といった軽微な処分しかされていない段階で、敢えて、その効力を議論する実益はない、

と考えているからです。

 そのため、

「賞与・昇給・昇格の人事考課や査定において不利益に考慮され、数回の譴責・戒告を経た後にはより重い懲戒処分が課される旨、明記されることがある。これらの場合には、無効確認の訴えの利益が認められる」(荒木尚志『労働法』〔有斐閣、第4版、令2〕505-506頁参照)、

ものの、人事考課や査定、重たい懲戒処分と直接的に紐づいていない場合、戒告や譴責の無効確認を求めることには訴えの利益が認められにくい傾向にあります。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、譴責処分の無効確認を求める訴えに確認の利益が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.12.17労働経済判例速報2521-16 全国建設労働組合総連合事件です。

2.全国建設労働組合総連合事件

 本件で被告になったのは、

全国の建設産業関係労働組合及びそれらの連合会をもって構成される産業別労働組合(被告Y1)、

被告Y1の書記長(被告Y2)、

被告Y1の専従役員(被告Y3)

の三名です。

 原告になったのは、被告Y1との間で労働契約を締結し、書記として勤務していた方です。被告Y1から譴責の懲戒処分を受けたことについて、その無効確認を求めるとともに、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、譴責の無効確認を求める訴えの利益を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒処分の無効確認の訴えは、過去に行われた懲戒処分の無効確認を求めるものであるところ、こうした過去の法律関係の確認を求める訴えについては、原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し、かつ、その危険・不安定を除去する方法として、当事者間において当該訴えについて判決をすることが有効適切である場合に限って、確認の利益があり、適法であると認められる。」

「本件規程53条1号によれば、被告Y1において、けん責処分は懲戒処分とされているところ、本件規程54条2項8号では、『数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき』には懲戒解雇にすると定められており、本件懲戒処分以外に過去に懲戒処分を受けていない原告において、本件懲戒処分によって直ちに上記要件を充足するとはいえないものの、被告Y1から更なる懲戒処分を受けた場合には、本件懲戒処分と合わせることで上記要件を充足する可能性があること(被告Y3は、前記認定事実のとおり、第2次懲戒発議に先立ち、原告に対し、本件懲戒処分より後に解雇を含めた重い処分を受ける可能性があること指摘している。)からすれば、本件懲戒処分により原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し、かつ、その危険・不安定を除去する方法として、当事者間において当該訴えについて判決をすることが有効適切であると認められるから、確認の利益があるということができる。

「これに対し、被告Y1は、本件懲戒処分は、懲罰や不利益処分としての性質が極めて希薄で、原告に実質的、法的な不利益を生じさせるものではないこと、労働者がけん責処分を受けたことを反省せずに業務遂行上の問題を再度生じさせた場合には、将来の人事考課の際に不利に作用することがあり得るものの、被告Y1が原告に人事上の不利益を課す予定がなく、本件懲戒処分を受けたことによって一概に将来不利益な扱いを受けるといえないと主張する。」

「しかし、始末書を提出させ将来を戒めるというけん責処分の内容(本件規程53条1号)を踏まえても、上記のとおりけん責処分が懲戒処分であることや、懲戒解雇の可能性を生じさせることからすれば、原告に実質的、法的な不利益を生じさせるものではないとはいえない。また、被告Y1の上記主張は、原告がけん責処分を受けながら、反省の態度を示さず業務遂行上の問題を生じさせた場合は、人事考課の際に不利に作用することがあり得ることを否定しておらず、そうであるならば、原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存すると認められる。そして、その危険・不安定を除去する方法として、他に代替手段は見当たらず、当事者間において当該訴えについて判決をすることが有効適切であると認められるから、被告Y1の上記主張を前提としても確認の利益は認められる。

3.懲戒解雇の『可能性』レベルで訴えの利益が基礎づけられた例

 本件で特徴的なのは、

『数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき』

という懲戒解雇事由との兼ね合いで訴えの利益が肯定されていることです。

 このような建付けのもとでは、譴責処分を受けているからといって、次に何等かの非違行為をした時に、必ず懲戒解雇になるわけではありません。それでも、裁判所は確認の利益を認めました。

 譴責の無効確認を求めるのではなく、違法無効な譴責処分によって精神的苦痛を被ったとして損害賠償を請求するなど、裁判所から譴責の効力を判断してもらうためのテクニックは存在します。

 しかし、そのような方法は技巧的ですし、使用者がコツコツと懲戒歴を積み上げてくるときに、手をこまねくことなく、都度、処分の効力を争ってゆきたいという方は少なくありません。本件は、比較的緩やかに譴責処分の無効確認を求める訴えの利益が認められた例として参考になります。