1.戒告・譴責の無効を確認する利益
戒告・譴責といった具体的な不利益と結びついていない軽微な懲戒処分の効力が無効であることの確認を求める事件は、「訴えの利益」が否定されることが少なくありません。
「訴えの利益」とは、裁判所に事件として取り扱ってもらうための要件の一種です。訴えの利益のない事件は、不適法却下-いわゆる門前払いの判決が言い渡されます。
裁判所が、戒告・譴責の無効の確認を求める事件に消極的であるのは、
具体的な不利益と結びついていないから、有効か無効かを判断する実益がない、
戒告・譴責といった処分歴が考慮されて、より重い処分(減給・停職・解雇など)が下される可能性があるとしても、具体的な不利益と結びついたより重い処分がされた時点で、前歴とされた戒告・譴責の効力を検討すれば足りるので、戒告・譴責といった軽微な処分しかされていない段階で、敢えて、その効力を議論する実益はない、
と考えているからです。
しかし、近時公刊された判例集に、戒告の無効確認を求める訴訟で「訴えの利益」を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.12労働判例1238-30 学校法人國士舘ほか(戒告処分等)事件です。
2.学校法人國士舘ほか(戒告処分等)事件
本件で被告になったのは、国士舘大学等を設置・運営する学校法人らです。
原告になったのは、被告法人から雇用されて、大学教授を務めていた方2名です。他の2名の教授とともに、A教員が二重投稿、二重掲載を行ったことなどについて、被告法人理事長と監査室長に対して公益通報を行ったところ、通報内容に虚偽があるとして戒告処分を受けました。これに対し、通報内容に虚偽はないとして、戒告処分の無効確認等を求め、被告法人らを訴えたのが本件です。
本件でも、戒告の無効確認を求めることについて、訴えの利益が認められるのかが問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、戒告の無効確認を求める利益を認めました。
(裁判所の判断)
「確認の訴えは、原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し、かつ、その危険・不安定を除去する方法として、当事者間において当該請求について判決をすることが有効適切である場合に限って、確認の利益があり、適法であると認められる。」
「本件各処分の無効確認の訴えは、現在の権利関係の確認ではなく、過去に行われた懲戒処分の無効確認を求めるものであるが、不利益処分である懲戒処分は、学内外への公表の有無にかかわらず、被処分者の名誉感情という法的に保護に値する利益を害するものであり、最高学府である大学の教育研究に従事していた原告らにとっては、その不名誉は看過し得ないものであると認められる。」
「また、原告らは本件大学の専任教授として15年以上勤務するなど本件大学の名誉教授の称号授与の勤続実績に関する要件を満たし・・・、また、それぞれ学部長、教務主任などの経験者であって、内部取扱上の選考要件も満たす者であるから・・・、名誉教授の称号の授与の選考対象となる可能性がある者である。そして、本件大学の名誉教授の称号授与においては、学長において『教育、学術又は文化の発展に特に功績があった』と判断して授与決定を行うことが必要であり・・・、懲戒処分を受けた事実は、前記学長の決定及び手続要件である所属教授会の意見及び理事会の承認のそれぞれにおいて、不利な事情として考慮されると認められるから、その点でも不利益があるといえる。」
「さらに、原告X1は被告法人を平成31年3月に退職して・・・、被告法人との雇用契約が終了しているため、現在の雇用契約上の地位に基づく権利の確認は困難となっている。」
「以上から、本件各処分を受けたことによって、原告らの名誉感情という法的に保護に値する利益が侵害されており、名誉教授授与において不利な事情として考慮される不利益があり、かつ、その侵害・不利益を除去する方法として、現在の権利関係の確認を行うことは一部困難となっているなどの事情があるから、当事者間において本件各処分の無効確認の請求についての判決をすることが有効適切であるといえる。」
「したがって、本件各処分の無効確認の請求には訴えの利益があると認めるのが相当である。」
「被告法人は、原告X2に対する平成30年7月1日付け懲戒処分が行われ、この処分による地位・名誉・評価等の影響は原告X2に対する本件処分よりも大きいから、もはや、原告X2に対する本件処分の無効確認による学内名誉回復の利益はない旨主張するが、懲戒処分後により大きな懲戒処分がされたからといって、最初の懲戒処分と後の懲戒処分とはその対象となる行為や処分の内容が異なるのであるから、最初の懲戒処分により侵害された名誉感情の回復を求める利益がないとはいえず、採用できない。」
「また、被告は、名誉教授の称号について当然授与されるべき立場というものは観念できないし、また、懲戒処分を受けたからといって名誉教授の称号が授与されないものでもないから、訴えの利益はない旨主張するが、名誉教授の称号への期待が法的に保護される利益とはいえなくても、懲戒処分を受けて害される名誉感情の回復は法的な保護に値する利益といえ、その中には、名誉教授の称号付与の可否判断における事実上の不利益に対する不安の除去も含まれているといえることから、訴えの利益が否定されることはないというべきである。」
「以上から、本件各処分の無効確認の請求には訴えの利益がある。」
3.大学教授の特殊性
就労請求権が認められるなど(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕10頁参照)、大学教授の労働契約上の地位は、かなり特殊な理解のされ方をしています。
本件の裁判所は、名誉教授の称号授与において、不利益に考慮される可能性があることなどをもって、戒告の無効を確認する訴えの利益を認めました。不利益を受けてから来なさいというのが裁判所の一般的なスタンスであることからすると、本件の裁判所の判断も、名誉を特に重んじる大学教授という地位の特殊性から、普通とは異なる判断をしたと言えるのではないかと思います。
大学教授が関係する労働事件では、独特な判断がされることが少なくありません。最新の裁判例を適切にフォローできているかによって、提供できる選択肢に差が出やすい分野に一つといえます。本裁判例も、訴えの利益について特徴的な判断をした事例として、留意しておく必要があるように思われます。