1.国家公務員の残業代
国家公務員であっても、正規の勤務時間を超えて勤務した場合、残業代(超過勤務手当)が発生します。
条文の建付けとして読みにくくはあるのですが、例えば、一般職の職員の給与に関する法律16条1項は、
「正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間を超えて勤務した全時間に対して、勤務一時間につき、第十九条に規定する勤務一時間当たりの給与額に正規の勤務時間を超えてした次に掲げる勤務の区分に応じてそれぞれ百分の百二十五から百分の百五十までの範囲内で人事院規則で定める割合(その勤務が午後十時から翌日の午前五時までの間である場合には、その割合に百分の二十五を加算した割合)を乗じて得た額を超過勤務手当として支給する。
一 正規の勤務時間が割り振られた日(次条の規定により正規の勤務時間中に勤務した職員に休日給が支給されることとなる日を除く。次項において同じ。)における勤務
二 前号に掲げる勤務以外の勤務」
と規定し、これを受けた人事院規則九―九七(超過勤務手当)2条は、
「給与法第十六条第一項の人事院規則で定める割合は、次の各号に掲げる勤務の区分に応じ、当該各号に定める割合とする。
一 給与法第十六条第一項第一号に掲げる勤務百分の百二十五
二 給与法第十六条第一項第二号に掲げる勤務百分の百三十五」
と規定しています。
民間風に平たく言うと、
勤務日の時間外勤務には125%割増賃金が
休日の時間魏勤務には135%の割増賃金が
発生するという意味です。
ここでしばしば問題になるのは「命ぜられた」の解釈です。
公務員の場合、超過勤務手当の原資が予算措置によって画されています。超過勤務手当(残業代)の原資がなくなっても、民間のように金融機関から借りるといった措置を気軽にとれるわけではありません。
こうしたことから、官公庁や地方自治体では、しばしば組織的な超過勤務の過少申告が生じがちです。この過少申告を強いられていた職員が、何らかの理由によって超過勤務手当を請求すると、国や地方公共団体からは「(仕事をしていたのかどうかは知らないが、超過勤務など)命じていない。」という反論が寄せられます。
それでは、こうした反論は、有効打になり得るのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令4.9.7労働判例1316-61 国(外務省職員・俸給等請求)事件です。
2.国(外務省職員・俸給等請求)事件
本件で原告になったのは、外務省の任期付き公務員(外務事務官)であった方です。
6級37号俸に俸給格付けされるべきであるのに2級50号俸に格付けされたのはおかしい、
超過勤務時間のうち一部にしか超過勤務手当の支払を受けていない、
などと主張し、国を相手取って、差額の給与等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本日、焦点を当ててみたいのは、超過勤務手当の支払請求の部分です。
原告の請求に対し、被告国側は次のように主張しました。
(被告の主張)
「原告が、超過勤務をしたと主張する時間帯に外務省に在庁していたこと及び原告が、外務省に当庁した際に午前9時30分までにアジア欧州協力室の執務室に入室していたことは認める。」
「超過勤務手当は、給与法16条1項に『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間を超えて勤務した全時間に対して、(中略)超過勤務手当として支給する。』と規定されているように、上司等から超過勤務を命じられた上で超過勤務をしたことが前提となる。外務省には、超勤調べが存在するものの、これは、当該職員の自己申告として、上司等の命令なくして、自ら入力した結果が記載されているものにすぎない。外務省では、超過勤務時間等所要の事項を記載し、当該職員の上司等の押印がされた超勤命令簿に基づいて正規の勤務時間を超えて勤務することを命じたものとする運用をしており、給与法16条1項の『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた』に係る認定も上記超勤命令簿によることとして、職員に対する超過勤務手当の支給を行っている。」
「したがって、原告の超過勤務手当についても、超勤調べに記載された超過勤務時間数ではなく、超勤命令簿に記載された超過勤務時間数に基づいて算定されるべきである。原告に係る超勤命令簿に記載された超過勤務時間数は、原告の給与明細に記載された超過勤務時間数(別紙「被告既払額」3に記載の各月の時間数)と一致する。」
要するに、
原告が執務室にいたのは認める、
しかし、勤務命令簿に記載されている限度でしか命令していない、
よって、勤務命令簿に記載されていない部分の残業に対する超過勤務手当は払わない、
ということです。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、国に対し、超過勤務手当の支払を命じました。
(裁判所の判断)
「原告は、アジア欧州協力室に在職中、超勤調べ記載のとおり超過勤務を行った旨主張する。」
「この点、原告が登庁日において午前9時30分までにアジア欧州協力室の執務室に入室していたこと及び原告が超過勤務をしたと主張する時間について同人が外務省に在庁していたことについては当事者間に争いがない。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、
①超勤調べのファイルは、外務省欧州局のクローズドLAN上のアジア欧州協力室の共有フォルダに保存されており、同室に所属する職員は、超過勤務を行うごとに、上記ファイルにアクセスし、終業時間及び超勤時間を記入し、平成29年6月23日以降に用いられていた『Ver.4』のシート・・・では、『超勤理由』も記入することになっていたこと、
②原告のみならず、同室の他の職員(勤務時間管理員を含む。)も、実際に超勤調べに就業時間及び超勤時間等を記入していたこと、
③別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』のとおり、超勤命令簿に記載された超過勤務日は、超勤調べに記載された超過勤務日の一部であり、その一部については終業時間及び超勤時間もおおむね一致していること、
④超勤調べに記載があるのに超勤命令簿に記載のない日についても、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』に『※』を付した日については、超過勤務を行っていたとする時間に原告が職務に関連する電子メール・・・を送信していたこと、⑤原告が外務省欧州局において使用していたパソコンのログオン・ログアウト記録・・・におけるログアウト時間と超勤調べにおける終業時間とは、おおむね近接していること、⑥アジア欧州協力室では、昼の休憩時間について、当番制で電話番を行っており、当番に当たった者が休憩時間を前後にずらして取得することは行われていなかったこと・・・が認められる。」
「上記事実によれば、原告は、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』の『超過勤務時間調べ』欄記載のとおり、各日に自己の担当する職務を行い、超過勤務を行ったものと認められる。なお、被告は、原告が上記時間に外務省に在庁しながら職務外のことを行っていたなどの事情については、何らの指摘もしておらず、本件において、このような事情をうかがわせるに足る証拠もない。」
「次に、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、
①原告には、法務に関する条約交渉分野の業務を中心としつつ、国会関連事務等の業務が主として割り当てられていたこと、
②これらの業務は、時差のある地域との連絡調整、他省庁との連絡調整、省内関係部署との連絡調整、国会対応等を含み、その性質上、正規の勤務時間内に完了することができずに超過勤務が生じることが想定されるものであったこと、
③原告は、超勤調べに記載があるのに、超勤命令簿に記載のない日についても、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』に『※』を付した日において、超過勤務を行っていたとする時間に職務に関連する電子メール・・・を送信しており、これらの電子メールの多くは、その送信時に上司らに対しても参考送信されていたこと、
④超勤調べのファイルは、外務省欧州局のクローズドLAN上のアジア欧州協力室の共有フォルダに保存されており、原告の上司らや勤務時間管理員において、随時これを確認することができたことが認められる。」
「上記事実に照らせば、原告の上司らは、原告の超過勤務の状況を認識していたか、あるいは、認識し得る状況にあったと認められるところ、原告の上司らにおいて、原告に対し、超過勤務を行うことを制限したり、あるいは、超過勤務を発生させている状況を注意したりしたなどの事情は一切うかがわれない。」
「そうすると、原告の上記・・・の超過勤務は、アジア欧州協力室長(なお、『超過勤務等命令簿』・・・の『課長、室長等の印』欄には、アジア欧州協力室のB室長の押印がされている。)の明示又は黙示の指示によるものと認められるというべきである。」
「したがって、上記・・・の超過勤務時間は、正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられて勤務した時間(給与法16条1項)に該当するものと認められる。」
「なお、被告は、外務省では、超過勤務時間等所要の事項を記載し、当該職員の上司等の押印がされた超勤命令簿に基づいて正規の勤務時間を超えて勤務することを命じたものとする運用をしていた旨主張するが、超勤命令簿における超過勤務時間の認定が、どのような資料に基づき、どのように行われていたのかについて、何らの説明も行わないことに加え、仮に外務省において上記運用をしていたとしても、前記・・・及び上記で認定したところによれば、超勤命令簿の記載が職員の超勤時間を的確に反映したものであったとはいえないから、これにより、給与法16条1項の規定する『正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられて勤務した時間』に該当するか否かが、職員の超過勤務の実情に照らして適法に区分されていたと認めることはできない。」
「以上によれば、原告は、被告に対し、給与法16条1項に基づき、別紙『超過勤務時間調べと超過勤務等命令簿の対比』の『超過勤務時間調べ』欄記載の時間について、超過勤務手当請求権を有する。
3.民間と並行的に考えられた
民間の許可残業制の運用について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕は151頁で次のように述べています。
「実質的に残業を解消する措置を伴うことなく、残業が行われる状況が改善されていないままに残業を禁止する指示・命令をしただけでは、時間外割増賃金の支払を回避するための仮装の指示・命令と評価されることになり、労働時間性は否定されないことになろう」
簡単に言えば、残業していると知っていながら放置していた場合、「命令していない」「指示していない」などと言って残業代の支払を免れることは許されない、
という意味です。
公務員の場合にも、これと似たような判断が示されるのかが注目されるところでしたが、裁判所は、概ね民間の残業代請求と似たような判断をしているように思われます。
冒頭でお伝えしたとおり、予算上の限界のある国や地方公共団体は、組織的なサービス残業の温床になっている例が散見されます。しかし、法律や条例に基づいて請求権は発生しています。気になる方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても構いません。