1.任期付き公務員(国家公務員の場合)
人事院規則8-12(職員の任免)42条1項は、
「任命権者は、臨時的任用及び併任の場合を除き、恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任期を定めて任命してはならない。」
と規定しています。
要するに、国家公務員は、任期(期間)の定めなく任用されるのが原則です。
しかし、一定の場合には、例外が認められています。
例えば、一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律3条1項は、
「任命権者は、高度の専門的な知識経験又は優れた識見を有する者をその者が有する当該高度の専門的な知識経験又は優れた識見を一定の期間活用して遂行することが特に必要とされる業務に従事させる場合には、人事院の承認を得て、選考により、任期を定めて職員を採用することができる。」
と規定しています。近時、弁護士が任期付き公務員で官公庁に入ることが一般化していますが、その多くは、この規定に基づいているものだと思います。
また、国家公務員の育児休業等に関する法律7条1項は、
「任命権者は、第三条第二項又は第四条第一項の規定による請求があった場合において、当該請求に係る期間(以下この項及び第三項において『請求期間』という。)について職員の配置換えその他の方法によって当該請求をした職員の業務を処理することが困難であると認めるときは、当該業務を処理するため、次の各号に掲げる任用のいずれかを行うものとする。この場合において、第二号に掲げる任用は、請求期間について一年(第四条第一項の規定による請求があった場合には、当該請求による延長前の育児休業の期間の初日から当該請求に係る期間の末日までの期間を通じて一年)を超えて行うことができない。
一 請求期間を任期の限度として行う任期を定めた採用
二 請求期間を任期の限度として行う臨時的任用」
と規定しています。これは、育児休業の代替職員を任期付きで賄うものです。
このように幾つかの例外が設けられ、近時では任期付き公務員として働いている人が増えています。
こうした状況の中、近時公刊された判例集に、この任期付き公務員の募集に当たっての表示が「誤記であったと理解するよりほかない」で片づけられた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令4.9.7労働判例1316-61 国(外務省職員・俸給等請求)事件です。
2.国(外務省職員・俸給等請求)事件
本件で原告になったのは、外務省の任期付き公務員(外務事務官)であった方です。
6級37号俸に俸給格付けされるべきであるのに2級50号俸に格付けされたのはおかしい、
超過勤務時間のうち一部にしか超過勤務手当の支払を受けていない、
などと主張し、国を相手取って、差額の給与等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。
本日、焦点を当ててみたいのは、俸給格付けの誤りを理由とする差額給与の支払いについての請求です。
原告の方が、格付けがおかしいと主張したのは、募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と表示されていたからです。
本件の原告は弁護士資格を有しており、日弁連のサイトに掲載された求人情報を見て外務省の募集に応募しました。格付けがおかしいという主張の論旨は、
日弁連のサイトには募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と書かれていた、
人事院規則9-18(初任給、昇格、昇給等の基準)の「別表第一 標準職務表(第三条関係)」によると、課長補佐・係長クラスの職務の級は3級ないし6級に相当する、
そのうえで諸々の基準をあてはめると、自分は6級に相当する、
それなのに、自分を2級に格付けして任用したのは違法ではないのか、
というものです。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「原告は、採用に際して6級37号俸に格付けされた旨主張するので、給与法及び人事院規則に定める基準に従うと6級37号俸に格付ける効果が法律上当然に発生したといえるかについて検討する。」
「原告の上記主張は、本件◇◇サイトに掲載した本件求人情報に募集役職名が「外務事務官(課長補佐・係長クラス)」と記載されていたことから、外務省は、募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定した上で、本件求人情報に係る募集をし、原告の資格、経験を当てはめると、課長補佐又は係長の範囲内で6級(課長補佐)となるところ、原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したことを前提とするものである。」
「しかし、人事異動通知書・・・の記載内容に加え、①本件求人情報には、任期付公務員(育児休業法に規定する任期付採用職員)の募集であることが記載されていたこと・・・、②平成29年3月当時、外務省のウェブサイトに掲載された求人情報においても、育児休業法に規定する任期付採用職員としての採用であることが記載されていたこと・・・、③原告が、採用内定に伴い外務大臣宛てに提出した『採用承諾書』には、育児休業法に基づく任期付採用であり、採用官職は『欧州局政策課(所属課)外務事務官(官職)』であることが明示されていたこと・・・、④平成29年11月頃、原告が外務省人事課給与班の担当者に対して、採用時に2級50号俸と格付けされた理由を尋ねる内容の電子メールを送信したところ、同担当者は、給与法に則り、府省ごとに定められた級別定数の範囲内で2級の格付けとなった旨及び平成29年度に採用される育休代替任期付職員については、全員2級の格付けとなっていること等を回答したこと・・・が認められ、これらの事実に照らせば、外務省は、育児休業法7条1項に基づく育休代替任期付職員の募集をしたものと認められるところ、外務省においては、平成29年度以降、3級の定数の不足が懸念されたため、育休代替任期付職員の職務の級の上限を2級として採用を行っていたというのであるから・・・、募集に係る官職の職務の級について2級を上限とする方針であったものと認められる。」
「そうすると、外務省が、募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定した上で本件求人情報に係る募集をしたものということはできず、したがって、原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したものということもできない。結局、本件求人情報において、募集役職名欄に『(課長補佐・係長クラス)』と付記された部分は、誤記であったと理解するほかない。そして、本件求人情報に上記誤記があったからといって、当該誤記のとおりに職務の級が決定されるということもできない(なお、本件求人情報に誤記があり、誤った求人情報による募集を行ったことについては、別途、原告が国賠法に基づく損害賠償請求権を有するか否かを判断する上で検討されるべき事情である。)。」
「その他、本件において、外務省が募集に係る官職の職務の級について、課長補佐又は係長の範囲内で、資格、経験による加算をした職務の級とすると決定していたこと及び原告を6級の能力、適性を有する者と認めて選考採用したことを認めるに足りる証拠はないから、採用に際して6級37号俸に格付けされた旨の原告の主張は、その前提となる事実が認められず、理由がない。」
3.誤記で片付けていいのか?
民間でも、求人情報(求人票)と実際の労働条件が違うという問題があります。
これについては、
「求人ないし募集は申込みの誘因にすぎず、契約申込みではないから、労働契約締結の際に示された賃金額が、求人ないし募集のときの見込み額より低い場合に、直ちに見込み額どおりの労働契約が成立するわけではない」(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕30頁参照)
といったように、求人票の記載が優先するわけではないというのが一般的な理解になります。裁判所の判断は、これに類似するもので、
誤記は誤記であって、誤記があったからといって、勤務条件が誤記のとおりになるわけではない、
という考え方です。
しかし、高度な職務能力を有するポストについて専門職(弁護士)を募集する場面において、好待遇を「誤記であったと理解するよりほかない」で片づけて良いのかは、疑問に思います。裁判所は、国家賠償請求の可能性を示唆しつつ、本件では、
「本件求人情報において、募集役職名欄に『(課長補佐・係長クラス)』と付記された部分は、誤記であったと理解するほかないから、外務省は、募集に際し、上記誤記部分に係る誤りを含む求人情報を提供したことになり、原告は、誤りを含む本件求人情報を見て、応募したということになる。」
「しかし、前提事実・・・のとおり、原告の選考採用の過程において、①外務省は、原告から『私の場合、給与は実際にどの程度になるのでしょうか。』と問い合わせるメールを受けたため、平成29年4月4日、原告に対し、『人事課より試算がでました。年収480万円ぐらいということでした。まだ証明書がそろっていないので正式な数字ではないこと(職歴が常勤非常勤の別で変化する)、今年に限っては4月下旬からの採用なので夏の賞与が全額ではないこと、証明書がそろったら正式な格付けをするので試算から上下すること』などを記載した本件メールを送信し・・・、②これを受けて、原告は、平成29年4月4日、外務省欧州局の採用担当職員に対し、給与面について了解した上で採用を希望する旨を記載した電子メールを送信している・・・。原告が、上記のとおり誤りを含む本件求人情報を見て、応募したとはいえ、応募後に、原告と外務省の担当者との間で給与に関して上記のとおり具体的なやりとりがされており、原告は、その内容をも踏まえて採用を希望し、採用されるに至ったものであることに照らせば、誤りを含む求人情報を提供したことを捉えて、これが国賠法1条1項の適用上の違法を構成するとまでいうことはできないというべきである。」
と述べ、国家賠償請求も棄却しています。
募集情報通りの勤務条件も認めない、国家賠償請求も認めないというのでは、あまりに原告が浮かばれないように思います。
勤務条件法定主義との関係で募集情報通りの勤務条件を認めにくいのであれば、せめて慰謝料請求くらいは認められても良かったように思います。