弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の再任用に係る期待権侵害が否定された例

1.公務員と雇止め法理

 有期労働契約は期間の満了により終了するのが原則です。

 しかし、①有期労働契約が反復更新されて期間の定めのない労働契約と同視できるような場合や、②有期労働契約の満了時に当該有期労働契約が更新されると期待することに合理的な理由がある場合(合理的期待がある場合)、使用者が期間満了により雇用契約を主張することに、一定の制限が加えられます。具体的に言うと、労働者が契約の更新を望む場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、更新を拒絶することができなくなります(労働契約法19条)。法定化される前の呼び名にちなみ、このルールは雇止め法理と言われることがあります。

 雇止め法理は公務員には適用がありません。労働契約法21条が、

「この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。」

と19条を含む労働契約法の適用除外を定めているからです。そのため、任期付公務員ないし期限付公務員の方は、再任用されなかったとしても、地位確認を請求することは非常に困難です。

 ただ、それでは何も言えないのかというと、そういうわけでもありません。任用の継続に向けられた期待の度合いによっては、期待権侵害を理由に国家賠償請求が認められることがあるからです。

 近時公刊された判例集に、この期待権侵害の有無が問題になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.1.23労働判例ジャーナル134-48 大阪市事件です。

2.大阪市事件

 本件で被告になったのは、大阪市です。

 原告になったのは、被告の非常勤嘱託職員である部活動指導員として採用され、中学校(本件学校)のバスケットボール部の部員の指導等の職務に従事していた方です。任用期間は平成31年4月1日から平成32年3月31日までとされていました。

 令和2年3月31日、原告は再任用されることなく任期を終えました(本件不再任用)。その後、本件不再任用が違法であると主張し、逸失利益や慰謝料の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに、再任用に係る期待権侵害を認めることができるのか否かという問題がありました。

 裁判所は、次のとおり述べて、期待権侵害を否定しました。なお、原告の請求自体も棄却されています。

(裁判所の判断)

「任命権者又は補助者が、期限付任用に係る特別職の地方公務員に対して任用期間満了後も任用を続けることを確約又は保障するなど、上記期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国賠法に基づく賠償を認める余地があり得るので、以下、上記『特別の事情』があるといえるか否かについて検討する。」

「原告は、

〔1〕再任用を希望した場合には、適格性を欠くと判断された場合を除き、再任用されるのが実務上の取扱いとなっている、

〔2〕人材バンクへの登録者数及び実際の配置人数が増加傾向にあり、登録者数のうち配置人数が七、八割を占めていて、需要があれば任用されている、

〔3〕継続配置を希望した部活動指導員のうち継続配置されなかったのはごくわずかにすぎない、

〔4〕仮に再任用を拒否されるのであれば、令和2年3月中にはその旨が通知されるはずであるが、それがなかった、

などの事情を指摘する。

「しかしながら、原告は、被告に採用され、本件学校での勤務を開始する前後に本件労働条件明示書及び本件実施要項を交付されていたところ・・・、本件労働条件明示書には、任用期間が平成31年4月1日から平成32年3月31日までであることが明記されており・・・、本件実施要項にも任用期間が1年以内であることや指導員の配置は年度単位を原則とすること等が定められている・・・。」

「このように、被告は、原告を任用するに当たり、原告に対し、その任用期間が令和2年3月31日までである旨を明示していたものであり、本件実施要項が配布された事前研修においても、その旨が説明されたものと推認されるのであって、原告は、同日をもって任用期間が満了することを十分に認識していたということができる。」

「これに対し、再任用の可能性の認識の有無についてみると、本件労働条件明示書には再任用に関する記載はない。」

「そして、本件職員要綱第4条2項は、非常勤嘱託職員の任用期間が最大で2回更新される可能性がある旨を定めつつ、更新は『必要と認める場合』に限られるとも定めている(要綱等の定め3)。

「また、本件実施要項にも、部活動指導員は配置された翌年度以降においても引き続き配置される可能性がある旨の定めがあるが、部活動指導員が教員の長時間勤務の解消等を図ることを目的として配置されるものであることから、継続配置は『必要がある場合において、学校の実情を勘案』して検討されるものと定められているにすぎない上、継続配置の場合であっても、同一の部活動指導員が引き続き配置されるとの定めはない(要綱等の定め2(1)、(4)及び(5)イ)。」

「このような本件職員要綱及び本件実施要項の定めに照らすと、非常勤嘱託職員である部活動指導員がその任用期間満了後に再任用される可能性はあるものの、次年度においても同一の学校の部活動指導員として引き続いて配置される旨が確約又は保障されていないことは、その制度上も明らかである。そして、原告は、部活動指導員として採用され、本件学校での勤務を開始するに際して本件労働条件明示書及び本件実施要項を交付されており、このような制度内容について認識することが十分に可能であったといえる。」

「さらに、原告が任用期間満了直前期に当たる令和2年3月初旬頃に本件学校に対して提出した部活動指導員自己評価票にも、翌年度の任用に関して、『※希望に添えない場合もあります。』との注意書きが明記されていた・・・から、原告は、この記載を見て、やはり翌年度の再任用が確約又は保障されていないことを当然に認識できたはずである。」

「しかも、原告は、部活動指導員として被告に採用された後、上記自己評価票を提出するまでの間、任用期間の満了日近くに再任用を希望するか否かをアンケートする旨を告げられただけで、翌年度の再任用の可能性について、市教委又は本件学校の職員らと何らの話もしたことはなかったものであり・・・、その他本件全証拠によっても、市教委又は本件学校の職員らが、原告に対し、令和2年度以降も原告の任用が継続されると確約又は保障するような言動をしたとは認められないばかりか、それに及ばないものの、その旨の期待を一定程度生じさせると評価し得るような言動をした事実すら認めることはできない。」

「さらに、原告指摘の事情についてみても、〔1〕及び〔3〕については、確かに、令和2年度及び令和3年度において、継続配置を希望したにもかかわらずこれがかなわなかった部活動指導員の割合は、2パーセント程度にとどまるものである・・・が、一方で、継続配置されなかった例もあることからすると、原告主張の実務上の取扱いがあったということはできず、再任用が保障又は確約されていることを示すものともいえない。しかも、そもそも、原告は、本件不再任用の当時において、上記の割合については知らなかったのであるから・・・、いずれにせよ、原告において、期間満了後も当然に任用が継続されるものと期待しても無理からぬ事情に当たるとはいえない。」

「〔2〕及び〔4〕については、仮に原告主張の事情をもって原告が任用継続への期待を抱いたとしても、これが無理からぬものであるとはいえない。」

「その他本件全証拠を精査しても、上記・・・の『特別の事情』があったものと認めることはできないから、仮に、原告が任用継続への期待を有していたとしても、これが法的保護に値するものとはいえない。だとすれば、本件不再任用によって原告の法的利益が侵害されたとはいえないから、やはり本件不再任用に国賠法上の違法があるとはいえないというべきである。」

3.更新上限条項(新限度条項、不更新条項など)が殆ど機能していない

 更新上限条項は、雇止め法理との関係では、

「更新回数に上限を設定することは、逆に更新に対する合理的期待を構成する要素でもある。すなわち、更新回数の上限を設定すると、その上限までは更新があるものと期待することは否めない。」

という意味があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕448頁参照)。

 しかし、公務員の期待権侵害との関係では、更新(任用)限度条項の存在は、殆ど機能していないように思います。少なくとも、本件の裁判所は、更新(任用)限度条項の存在をあまり重視していないように思われます。

 民間の雇止めと公務員の再任用拒否とでは、似たような出来事にも異なった意味が付与されるこが少なくありません。公務員の労働問題を扱うにあたっては、民間の労働法に関する知見が妥当しない領域もあるため、注意が必要です。