弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-性的でなくても・学生が笑っていたとしても、学生を揶揄するような揶揄・弄り・冗談はダメ

1.追従・迎合はセクシュアルハラスメントに限ったことではない

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 この判決が言い渡されて以来、加害者の責任追及にあたり、被害者の迎合的言動をそれほど問題視しない裁判例が多数現れています。

 昨日、その適用範囲が、職場の上司-部下という関係性だけではなく、大学教授-学生といった関係にまで広がりを見せていることをお話しました。

 しかし、広がりを見せているのは、セクハラという軸に限ったことではありません。性的でない揶揄・弄り・冗談との関係でも、被害者の迎合的言動を問題視しない裁判例が出現しています。昨日ご紹介した東京地判令4.8.26労働判例ジャーナル134-48 国立大学法人東京学芸大学事件も、そうした裁判例の一つです。

2.国立大学法人東京学芸大学事件

 本件で被告になったのは、東京学芸大学を運営する国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授であった方です。学生に対するハラスメント(アカデミック・ハラスメント、セクシュアル・ハラスメント)を理由に諭旨解雇処分(本件処分)を受け、辞職願を提出したものの、その効力を争い、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求したのが本件です。

 本件ではハラスメントとして五つの非違行為が主張されていますが、そのうち、アカデミック・ハラスメントに関係するものは、非違行為2、非違行為3、非違行為4です。

 それぞれの非違行為は、次のようなものであったとされています。

(非違行為2)

「原告は、令和元年6月3日、学生P3が、『昨日の夕方から体調が悪くなってしまい、本日研究室に行く事が難しいです。薬を服用しており、日に日に少しずつ治ってきているのですが、体調に波があり、治すにはもう少し時間がかかりそうです。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。』などと記載した同日午前10時13分付け電子メールを送信したのに対し、午後1時40分、『了解しました。』、『実は内緒の話、半年前に「賢くなる薬」ってのがスイスで開発され、先月から日本でも極秘裏に流通しているみたいなので、今度病院に行ったら、「処方してもらってくるよう大学の先生に言われた」って病院の先生に言ってごらん。』などと記載した電子メールを返信した」

(非違行為3)

「原告は、令和元年7月3日午前中に、研究室にあるホワイトボードに、学生P3を揶揄する内容の五七五調の文や人格権を侵害する内容のコメントを、いずれも学生P3のことであると容易に特定し得るように記載し、これをその日の4時限目のゼミが始まるまで消さずに残しておき、研究室に所属する学生を含む複数の学生らの閲覧し得る状況に置くことともに、原告自らこれを写真に撮り、原告の家族(学生P3と同年代以下の子を含む。)の閲覧に供し、これらの行為により学生P3に大きな精神的苦痛を与えた」

(非違行為4)

「原告は、令和元年7月3日、学生P3が、翌日の物理の宿題を送信するとともに、『明日までに考えて解いてきます。よろしくお願いいたします。』などと記載した同日午後6時33分付け電子メールを送信したのに対し、午後8時19分、冒頭に、『○○・チェリー・××さん』(『○○』、『××』は学生P3の氏名)と記載した上、『考えて解いてみるとは言ったけど何が何だかちんぷんかんぷん』、『また一句出来た!』などと記載した電子メールを返信した」

 裁判所は、次のとおり述べて、これらの非違行為がハラスメントに該当することを認めました。結論としても、諭旨解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

・非違行為2について

「学生P3は、原告に対し、令和元年6月3日午前10時13分、体調不良を理由に欠席する旨のメールを送信したところ、原告は、学生P3に対し、同日午後1時40分、『実は内緒の話、半年前に『賢くなる薬』ってのがスイスで開発され、先月から日本でも極秘裏に流通しているみたいなので、今度病院に行ったら、『処方してもらってくるよう大学の先生に言われた』って病院の先生に言ってごらん。』等と記載したメールを送信したものである・・・。以上の原告の言動は、就業規則32条1項5号、38条1号及び2号、ハラスメント防止規則2条2号、3号、3条に違反するものということができる。」

「原告は、学生P3に研究室に訪れる意欲を持たせるべく、メールを送信しており、学生P3も研究室を訪れるようになり、教育的働きかけが奏功しているとし、学生P3も原告に対して肯定的なメールを返信しており、冗談として受け止められ得る程度のものであったと主張する。」

「しかし、原告の送信したメールの文面を見れば、学生P3の理解度が低いことをあげつらい、侮り、揶揄するものといわざるを得ず、学生P3に対する教育的配慮に基づくものとは解されない。」

「また、学生P3は、原告に対し、『昨夜確認したのですが、薬の件先生がおっしゃるなら本当かなと思ってしまいます。面白くて、メール確認した時笑ってしまいました。いつも本当にありがとうございます。』と返信したのであるが・・・、上記・・・のとおり、学生P3は、原告の主宰する研究室に所属する学生であって、原告において学生P3の成績評価・単位認定等に係る権限を有し、教育上の優位な立場にあったといえることからすれば、一般的に学生P3が原告の言動について追従的、迎合的な態度を示すことがあっても、直ちに同意・承諾していたものと解することはできないし、学生P3の置かれた具体的な環境、すなわち上記メールが学生P3からゼミを欠席する旨の連絡に対する返信であったことに照らしてみれば、原告のメールに対して否定的態度を示すことは、非常に困難であったというべきであって、上記学生P3がメールを返信したことから、学生P3の同意・承諾があったと解することはできない。

「したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」

・非違行為3について

「学生P3は、原告に対し、令和元年7月3日、当日に研究報告を行う予定であったが、実験に失敗したので延期してほしいと述べたところ、原告は、同日1時限目、研究室において学生P3と面談し、今後の実験予定でもよいので発表することを指示するとともに、ホワイトボードに、学生P3を指して、『□□□ばし』、『頭の中はさくらんぼ』、『増えてもすぐに減っていく』、『失敗をしても学ばぬ□□□ばし』、『何かしら必ず忘れる□□□ばし』、『しくじって途方にくれる□□□ばし』、『先生の言ったこと覚えていますか?』、『それがあなたの病気です!!』等の五七五調の文を記載したものである・・・。このような原告の言動は、学生P3の人格を否定するものといえ、就業規則32条1項5号、38条1号及び2号、ハラスメント防止規則2条2号、3号、3条に違反するものということができる。」

「なお、学生P3は、調査委員会の事情聴取において、令和元年7月3日の1時限目にはホワイトボードに記載はなく、2時限目の体育の授業を終えて研究室に戻ってきた後に気づいたものであって、原告が学生P3の不在中に記載したものである旨の説明をしていたものと認めることができる・・・。しかしながら、学生P3は、研究室に戻った直後には気づかず、しばらくしてから認識した旨を説明しているところ・・・、当該ホワイトボードの記載内容に照らすと、学生P3が研究室に戻った際に直ちに気づかなかったということは考え難いのであって、この点に関しては学生P3の記憶には不明瞭なところがあるといわざるを得ない。」

「ところで、原告は、学生P3の学習意欲を喚起すべく、冗談めかして指導するためにホワイトボードに記載し、2時限目以降に再度指導するつもりだったと主張する。」

「しかし、ホワイトボードに記載された文言は、学生P3と同席で記載したというにもかかわらず、あえて学生P3の氏名を伏せた上、『失敗』、『学ばぬ』、『何かしら必ず忘れる』、『しくじって途方にくれる』という否定的表現を並び立て、『それがあなたの病気です!!』として揶揄するものであり、原告の主観的意図を踏まえても、学生P3の学習意欲を喚起するに適した文言は見当たらない。また、原告は、学生P3が研究室を退出した後もホワイトボードの記載を消さないばかりか、あえて写真撮影し、その後に改めて学生P3に指導しなかったにもかかわらず、やはり消すことがなく、4時限目に他学生が参集し、他学生の目に触れた後になってようやく消したものであって、他学生もこれを写真撮影し・・・、当該画像を原告に提供したのであり・・・、これらの原告の行動に照らせば、学生P3に対する個別指導の範囲にとどまらず、見せしめ的に利用したものといわざるを得ず、真に教育的観点から記載されたと解することはできない。」

「この点、原告は、調査委員会の事情聴取において、ホワイトボードの記載について学生P3から同意を得たかどうかについて質問を受けると、『そこまで深く考えていなかった。』、『あまり深く考えたことはなくて、傷ついたと言われれば、もちろんそういう意識を持たなきゃいけないということは感じます。』等と述べ、学生P3に対する配慮について質問されると、『いやいや、それは全然ないです。そういう意識はないです。』、『本人が嫌だと言ったらもちろん当然消しますけど、笑って楽しそうだったので、あまりそういう意識ではなかったですね。』と弁解し、『病気』との記載についても、『そういう深い意味があって書いているものではないので』と説明していたものと認めることができるのであって・・・、原告自身も、学生P3に対する配慮に欠けていたことを認識していたものということができる。」

「なお、原告は、ホワイトボードの記載のうち、キャラクター部分を見せるために、マスキング等をせずに写真を家族に見せたと供述しているところ・・・、高校生を含む子女においては、五七五調の文も容易に理解できることからすると、特段のマスキングもせずに当該ホワイトボードの写真を見せたことは、学生P3に対する配慮を欠くものであったというべきである。」

「したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」

・非違行為4について

「学生P3は、原告に対し、令和元年7月3日午後6時33分、『明日までに考えて解いてきます!よろしくお願いします。』とメールを送信し、原告は、学生P3に対し、同日午後8時19分、『○○・チェリー・××さん』、『考えて解いてみるとは言ったけど何が何だかちんぷんかんぷん』、『また一句出来た!』等と記載したメールを送信したものである(認定事実(6)ウ)。このような原告の言動は、就業規則32条1項5号、38条1号及び2号、ハラスメント防止規則3条に違反するものということができる。」

「原告は、意気消沈する学生P3に対し、やる気を出させるために笑わせようとした、あるいは宿題を丸投げせずに自分で考えるよう促すために、メールを送信したと主張する。」

学生P3は、原告に対し、令和元年7月3日午後11時21分、『すごく面白くて笑ってしまいました。また短歌ができたのですね。アドバイスくださりありがとうございます。エレベーターの中で話したこと思い出して頑張って解いてみますね。ありがとうございます!』と返信したものである・・・。しかしながら、学生P3は、原告の主宰する研究室に所属する学生であって、原告において学生P3の成績評価・単位認定等に係る権限を有し、教育上の優位な立場にあったといえることからすれば、一般的に学生P3が原告の言動について追従的、迎合的な態度を示すことがあっても、直ちに同意・承諾していたものと解することはできないし・・・、学生P3の置かれた具体的な環境、すなわち実験に失敗した後、宿題の検討に協力を求める旨のメールに対する返信であったことに照らしてみれば・・・、原告のメールに対して否定的態度を示すことは、非常に困難であったというべきであって、上記学生P3がメールを返信したことから、学生P3の同意・承諾があったと解することはできない。

「したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」

3.パワーハラスメントにも拡張できるか?

 以上のとおり、裁判所は、学生側の迎合的言動をハラスメントの成立を否定する事情としては評価しませんでした。

 裁判所の考え方は権力を振るう側-振るわれる側の関係性を問うものです。この考え方を推し進めると、セクハラやアカハラの場合だけではなく、パワハラの場合にも、被害者の迎合的言動を重視するべきではないという判断を導くことができるかも知れません。

 労働者側敗訴の裁判例ではありますが、ここで示されている経験則は、各種ハラスメント被害者の救済を考えるにあたっては重要な意味があります。