弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

65歳に達する前に定年後再任用を拒否された公務員による損害賠償請求が認められた例

1.定年後再任用

 民間企業は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、

① 65歳までの定年の引き上げ、

② 継続雇用制度の導入、

③ 定年制の廃止、

のいずれかの措置を講じることになっています(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項)。

 概ねの企業は上記のうち②を選択しています。この継続雇用制度は、65歳までの契約更新が原則とされている限り、1年毎に雇用契約を更新する形態でも良いとされており、少なくない企業が1年毎の更新制を採用しています。

高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)|厚生労働省

 公務員にも類似した制度があり、定年後再任用制度などと呼ばれています。 

 国家公務員の場合、定年退職者(60歳定年 国家公務員法81条の2第2項)を65歳に達する年度の3月末日までの間、1年を超えない範囲で繰り返し再任用することが認められています(国家公務員法81条の4)。

https://www.jinji.go.jp/ichiran/ichiran_teinen.html

https://www.jinji.go.jp/teinen/saininyougaiyo.pdf

 一旦定年後再雇用された方が、65歳に達する前に雇止めを受けてしまった場合、その可否は労働契約法19条によって判断されます。高年齢者雇用安定法との兼ね合いから65歳までは契約更新に向けた合理的期待が認められるのが通例で、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められない場合、更新の拒絶は認められません。雇止めを受けた労働者は地位確認を請求することができます。

 他方、労働契約法は国家公務員や地方公務員には適用されません(労働契約法21条1項参照)。また、再任用されないことには処分性が認められないため、公務員は、行政訴訟で、再任用されなかったことの取消を請求したり、再任用の義務付けを請求したりすることもできません。そのため、公務員の場合、定年後再任用してもらえなかったことに対し、地位確認を請求することは、一般に困難であると理解されています。

 ただ、それでは何も請求できないのかというと、そういうわけでもありません。再任用を違法に拒否された場合、損害賠償を請求することは認められています。少数ながらも国家賠償請求の認容例はあります。近時公刊された判例集にも、定年後再任用拒否に対する国家賠償請求が認められた裁判例が掲載されていました。鹿児島地判令4.12.7労働判例ジャーナル132-34 東串良町事件です。

2.東串良町事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体です。

 原告になったのは、被告の元正規職員で、平成31年3月31日に定年退職した後、同年4月1日から令和2年3月31日までの間、定年後再任用された方です。この方の任期は、その後、1回更新され、令和3年3月31日までとなりました。

 この方が提起した住民訴訟(別件訴訟)の訴状に記載された情報に関し、守秘義務に違反する可能性が高いなどとして、令和3年2月24日、被告町長は、原告に対し、再任用の任期を更新しない旨決定したことを通知しました(本件再任用拒否)。

 これを受けて、本件再任用拒否は違法であるとして、原告が、被告に対し、損害賠償(国家賠償)を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、国家賠償請求を認めました。

(裁判所の判断)

内閣は、平成25年3月26日、平成25年度以降、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう国家公務員の雇用と年金の接続を図るとともに、人事の新陳代謝を図り組織活力を維持しつつ職員の能力を十分活用していくため、当面、定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員については再任用するものとすること等を内容とする閣議決定をした。総務副大臣は、同月29日、各都道府県知事等に対し、地方公務員の雇用と年金を確実に接続するため、各地方公共団体において、前記閣議決定の趣旨を踏まえ、定年退職する職員が再任用を希望する場合、当該職員の任命権者は、当該職員が年金支給開始年齢に達するまで、常時勤務を要する職に当該職員を再任用するものとすること(ただし、職員の年齢別構成の適正化を図る観点等から短時間勤務の職に当該職員を再任用することができること)等に留意した上で、能力・実績に基づく人事管理を推進しつつ、地方の実情に応じて必要な措置を講ずるよう要請するとともに、都道府県内の市区町村等に対してもこの旨を周知するよう依頼することを内容とする地方公務員法59条及び地方自治法245条の4に基づく通知(本件通知)をした。

(中略)

「地方公務員法28条の4第2項は、再任用の任期は、条例で定めるところにより、1年を超えない範囲内で更新することができる旨を定め、本件条例3条1項は、再任用の任期の更新は、職員の当該更新直前の任期における勤務実績が良好である場合に行うことができる旨を定めており、任命権者は再任用の期間の更新を希望する職員の任期を原則として更新しなければならないとする法令等の定めはない。また、任命権者は希望者について平等な取扱いをすることが求められると解されるものの(地方公務員法第13条、第15条参照)、再任用の任期の更新の有無を判断するに当たり、従前の勤務実績等をどのように評価するかについて規定する法令等の定めもない。これらによれば、再任用の任期の更新の有無の判断に際しての勤務実績等の評価については、基本的に任命権者の裁量に委ねられているということができる。」

「しかしながら、他方で、認定事実・・・認定説示の事情に徴すれば、被告における再任用制度は、定年退職者の雇用を継続して、雇用と年金を接続することによりその生活の安定を保障することを目的の一つとして運用されていると認められる。そして、そのような被告の再任用制度の運用の目的が遅くとも令和2年度には被告の職員に周知されており、被告が、本件事務取扱要綱制定以降、再任用等を希望する職員全員について、再任用等をしていたこと・・・を踏まえると、遅くとも、原告が再任用の任期の更新を希望した令和3年度の再任用等の選考の頃には、再任用の任期の更新を希望する職員には、再任用の任期が更新されることへの合理的期待が生じていたと認められる。」

「そうすると、再任用職員の任期の更新の有無の判断に際しての勤務実績等の評価については、前記のとおり基本的に任命権者の裁量に委ねられているということができるが、遅くとも本件更新拒否の当時においては、その裁量判断が、前記の合理的期待が存在することも踏まえて検討したときに、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には、任命権者の判断は、裁量権の逸脱又は濫用として違法と評価されることになるというべきである。

(中略)

「認定事実・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件更新拒否がされた当時、原告の勤務実績、健康状態及び勤労意欲に問題はなく、常勤職員の配置状況及び業務管理の必要性を踏まえると、原告の再任用の任期を更新する必要性が認められたが、本件選考委員会は、原告が本件情報を利用して別件訴訟を提起したことが、地方公務員法34条1項及び地方税法22条に違反し、人事院の懲戒指針によれば懲戒相当であることを重視して、原告の再任用の任期の更新をしない旨の議決をし、任命権者は、同議決と同様の判断に基づいて、本件更新拒否をしたと認められる。そこで、任命権者がこのような判断をしたことについて、裁量権の逸脱又は濫用があったかについて以下検討する。」

「まず、原告が本件情報を利用して別件訴訟を提起したことが地方公務員法34条1項及び地方税法22条に定める守秘義務違反に当たり、懲戒相当であるか否かを判断するためには、本件情報の要保護性、原告が本件情報を開示した目的等を考慮する必要があるというべきである。この点に関し、原告が本件質問調査票の別紙に記載した内容・・・に照らせば、原告は本件質問調査票に係る回答において本件情報が実質的に秘密として保護するに値しない旨を主張していたと認められ、また、原告は、本件情報を利用して別件訴訟を提起した目的について、本件会社の不正な行為により結果として賦課徴収等できなかった固定資産税相当額の損害を補填することにより、公益を図ることである旨主張していた。そして、本件選考委員会は、原告がこれらの主張をしていることを認識していた・・・。しかしながら、本件選考委員会は、原告が本件質問調査票の別紙に記載した内容が真実であるか否かは問題とならないとの発言にみられるように、原告の前記主張の当否を検討することなく、原告の再任用の任期の更新をしない旨を議決した。」

「なお、原告が、本件訴訟において、本件情報を利用して別件訴訟を提起したことは守秘義務違反に当たらない旨主張するのに対し、被告がこれに積極的に反論せず、守秘義務違反の有無を争点にすることに反対していることは、当裁判所に顕著である。そして、原告本人尋問の結果によれば、原告が本件情報を利用して別件訴訟を提起した目的は、地方税の公正な賦課徴収等の実現という公益を図ることにあったと認められる。このことを踏まえると、その他本件全証拠によっても、原告が本件情報を利用して別件訴訟を提起したことが地方公務員法34条1項及び地方税法22条に違反すると認めることはできない。」

以上を要するに、本件選考委員会は、本件情報が実質的に秘密として保護するに値せず、原告が本件情報を利用して別件訴訟を提起した目的が公益を図ることにあった旨の原告の主張を認識しながら、当該主張の当否について検討することなく、原告の行為が地方公務員法34条1項及び地方税法22条に違反すると評価して、原告の再任用の任期を更新しない旨の議決をしたのであり、このような判断は、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないことにより、その内容が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものであるといわざるを得ない。そして、本件更新拒否は、本件選考委員会の議決に基づいてされたものであるから、同議決と同様に、判断の過程において考慮すべき事項を考慮しないことにより、その内容が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものであり、任命権者の裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであるといわざるを得ない。

3.国家賠償請求が認められた

 上述の判断のもと、裁判所は、国家賠償請求を認めました。

 定年後再任用に関しては、引用判決文の冒頭で指摘されている閣議決定等の影響が、具体的な裁判例にどこまで及ぶのかに注目していました。この裁判例は閣議決定等に言及しており、一定の影響を受けたことがうかがわれます。

 定年後再任用に国家賠償法上の違法性を認めた裁判例は、それほど多くあるわけではありません。本件は数少ない認容例に一例を加えるものとして参考になります。