弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇用(任用)継続の可否を判断するにあたり、反省等を過度に重視することを戒めた例

1.雇用継続の可否の判断と改善可能性(反省)

 問題行動を理由とする普通解雇や懲戒解雇の可否を判断するにあたり、しばしば「改善可能性」という概念が登場します。「事前の注意・指導による改善の可能性が残されている以上、解雇をするのは行き過ぎではないのか?」といったような脈絡の中で用いられます。

 この「改善可能性」の有無を判断するにあたり、行為者に反省の気持ちがあるのかに言及する裁判例は少なくありません。

 確かに、同じような間違いを何度も犯されることを使用者としても許容できないことは分からないではありません。その意味で、本人に改める意思(反省)があるのかば、ある程度重要な考慮要素になることは否定できません。

 ただ、この反省の気持ちを重視するあまり、裁判例の中には、反省の欠如を、問題行動の矮小さを補強する要素として用いているものも散見されます。問題行動それ自体は大したことがなくても「反省の気持ちが欠けていることに鑑みれば、改善可能性があるとはいえず、労働契約を解消することもやむを得ない」といったようにです。

 しかし、反省の気持ちのような主観的な要素を過度に重視することは、個人的には問題だと思っています。客観的・定量的に把握することができない事実を重視することは法的安定性や予測可能性を阻害するうえ、反省の有無はしばしば弁解の有無と結びついて議論されるからです。問題行動を理由とする労働契約の解消の可否を議論するうえで中心に据えられるのは、飽くまでも当該行動の性質や内容といった客観的要素であるべきで、問題行動の質量が不十分である時に、反省の欠如を不可して労働契約を解消するようなことは、内心の自由への過度の制約になるのではないかとも思います。

 このような問題意識を有していたところ、近時公刊された判例集に、反省を過度に重視して定年後再任用の可否を判断することを戒めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪高判令3.12.9労働判例ジャーナル122-38 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立公立学校の教員であった方です。平成29年3月31日に定年を迎えるにあたり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ、「否」とされ、再任用を受けることができませんでした。これに対し、府を相手取り、再任用されれば得られたはずの給与額相当の逸失利益等の賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起しました。

 再任用を受けられなかった理由は、国家斉唱時の起立斉唱の拒否に係るものですが、原審は、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審は、次のとおり述べて再任用拒否の違法性を認め、原告(控訴人)の請求を一部認容しました。

(裁判所の判断)

「平成29年度再任用教職員採用審査会は、本件意向確認において、控訴人が、入学式又は卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従うとの意向確認ができなかったことが、上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり、教育公務員としての適格性が欠如しており、勤務実績が良好であったとはみなせないから、総合的に判断して、再任用しないとしたが・・・、再任用の可否の審査にあたって、過去の懲戒処分歴が重視されることは、選考要綱に、合否の判定基準の1つとして『従前の勤務実績』が挙げられていること・・・、選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について『非違行為があったとき』が定められていること・・・からも明らかといえる。そして、懲戒処分は、当該職員のした非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、他の職員又は社会に与える影響等の事項を考慮し、懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものであり(被控訴人の職員の懲戒に関する条例2条3項参照)、府教委の定める懲戒処分等取扱基準では、免職、停職、減給、戒告の意義や処分範囲が明確に定められている・・・。ところが、平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては、過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を『否』とされ、生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件〔6〕事案の教員Aが再任用『合格』とされており、過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。このことは、再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について、他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。」

「また、再任用の選考に当たって、過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても、より重視されるべきは、過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって、反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから、同一年度の選考において、反省等を顧みて、重い懲戒処分を受けた者を再任『合格』とし、軽い懲戒処分を受けた者を再任用『否』とすることは、反省等を過度に重視するものであり、裁量権の適切な行使とはいえない。なお、案件〔6〕事案は、短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり、このような行為態様に照らせば、教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく、教員Aが、2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとまではいえない。」

「以上によれば、平成29年度の再任用選考において、控訴人を『否』、教員Aを『合格』としたことは、本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず、一方で反省等を過度に重視したものであり、合理性を欠くものといわざるを得ない。

「加えて、〔ア〕前記のとおり、被控訴人の教職員においては、本件不採用の頃には、再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと、〔イ〕控訴人につき選考要綱に基づく校長の内申では、勤務実績等の4項目(勤務実績、勤労意欲、専門的知識等、心身の状況)ともに『適』であり、総合評価も『適』であったこと、〔ウ〕控訴人が平成29年3月31日現在で60歳の定年であったことからすると、公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が62歳、基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳と認められるから、控訴人は、再任用により得られるはずの給与が得られず、年金も支給されないという状態に陥ったこと、〔エ〕控訴人は、研修後に提出した意向確認書の記載を含め一貫して卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ、また、控訴人の勤務に関し、2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか、特に問題点が指摘されたことは窺われないこと、〔オ〕公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し、事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁、同日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁各参照)、雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば、本件事案の懲戒処分歴の扱いについても、定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると、府教委の本件不採用の判断は、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして、裁量権の逸脱又は濫用に当たり、違法というべきである。

3.反省等は付随的事情

 裁判所の判断は、公務員の定年後再任用の可否という、重要ではあるもののマイナーな論点の中で示されたものではあります。取り扱われているテーマも、国歌斉唱時の起立斉唱というかなり特殊なものです。

 しかし、「反省等」の位置づけに関しては、民間における労働契約継続の可否の場面にも広く妥当するのではないかと思われます。本裁判例は反省等の主観的要素が過度に強調されることへの牽制として活用して行くことが考えられます。