弁護士 師子角允彬のブログ

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標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定Ⅱ

1.懲戒処分の標準例

 公務員の懲戒処分に関しては、どのような行為をすれば、どのような処分量定になるのかについての標準例が定められているのが一般です。

 例えば、国家公務員について言うと、「懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職-68)」という規則があり、ここで、

「正当な理由なく10日以内の間勤務を欠いた職員は、減給又は戒告とする。」

「勤務時間の始め又は終わりに繰り返し勤務を欠いた職員は、戒告とする。」

といったように、非違行為となる行為類型と、それに対応する標準的な懲戒処分が定められています。

懲戒処分の指針について

 懲戒処分の標準例が定められているのは、国家公務員に限ったことではありません。地方公共団体でも、国家公務員の例に倣い、地方公務員の懲戒処分の標準例を規定しています。

 標準例では実務上問題となる多くの行為類型がカバーされています。しかし、非違行為の全てが網羅的に掲げられているわけではありません。

2.氷見市・氷見市消防長事件(原審)

 それでは、標準例に掲げられていない非違行為に対しては、どのような処分量定がなされるのでしょうか?

 この問題について、以前、「ハラスメント加害者による関係者に対する圧力」という非違行為に科される懲戒処分の処分量定が争点となった裁判例(富山地判令2.5.27労働判例ジャーナル104-42 氷見市・氷見市消防長事件)を紹介させて頂きました。

標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 氷見市・氷見市消防長事件で問題視されたのは、上司や部下に対する暴行・暴言で停職2か月の懲戒処分(第1処分)を受けた地方公務員が、停職期間中に、非違行為について知る方や被害者である方に対し、圧力をかけて、自分に不利益な発言をしないよう口封じを図ったことに対する懲戒処分(第2処分)の処分量定です。

 処分量定が議論の対象になったのは、口封じといった行為類型が懲戒処分の標準例に規定されていなかったからです。

 処分行政庁(氷見市消防長)は、口封じをしたことに対し、停職6か月の懲戒処分を行いました。原告は処分の取消の訴えを提起しましたが、一審富山地裁は、停職6か月の懲戒処分を有効だと判断しました。

3.氷見市・氷見市消防長事件(控訴審)

 富山地裁の氷見市・氷見市消防長事件(原審)から、ハラスメント加害者による関係者・被害者への口封じには、停職6か月といった重めの処分が一定の基準になってくるのかと思われました。

 しかし、いくら口封じが看過できない非違行為であるとしても、停職6か月の処分は重すぎたようです。近時公刊された判例集に、停職6か月を適法とした氷見市・氷見市消防長事件の原審の判断を破棄した控訴審裁判例が掲載されていました。名古屋高金沢支判令3.2.24労働判例ジャーナル111-26氷見市・氷見市消防長事件(控訴審)です。控訴審は、原審の判断に対し、地方公務員側が氷見市を被控訴人として控訴提起した事案です。氷見市・氷見市消防長事件(控訴審)は、次のとおり述べて、停職6か月の帳合処分を取り消しました。

(裁判所の判断)

「公務員に対する懲戒処分については、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するか決定定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法になるものと解されるところ、第2処分については、次のような事情を指摘することができる。」

・処分の量定について

第2処分の対象となる非違行為については、氷見市が懲戒処分の量定を判断するに当たって基本にするとされている人事院の指針・・・で示された標準例には直接的に当てはまるものは見当たらないが、その中では、職場内秩序を乱す行為としての『暴言』(減給又は戒告相当)が最も近いものといえる。

「これに対し、被控訴人は、第2処分の非違行為が上記標準例の『監督責任関係』における『非行の隠ぺい』(停職又は減給相当)よりも悪質である旨を主張するが、上記・・・の非違行為が隠ぺいに当たると見ても、自らの非違行為を隠ぺいすることと、監督責任を負う者が部下職員の非違行為を隠ぺいすることとでは、処分の観点が全く異なる上、前者が後者よりも非違行為の程度がより重いと見ることもできないから、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

「なお、氷見市の過去の事例や他自治体の事例等に参考となるものはない(弁論の全趣旨)。」

・非違行為の動機、態様について

「上記・・・で認定した非違行為の内容は、控訴人が予定している第1処分を覆すための不服申立手続において不利にならないようにするために、電話での通話の中で不当に圧力をかけたり、面会を求めた際に刑事告訴をほのめかす内容のメールを送ったというものであって、その動機や態様はそれなりに悪質であるとはいえる。もっとも、控訴人がHに対して面会を求めた行為それ自体が許されないものとは直ちにいえないことは前記のとおりであり、Hが面会に応じない態度を明らかにすると、面会を求めることを直ぐに止めたことからしても、少なくとも処分説明書に記載されたような『正当な理由もなく』Hに面会を求めたとはいえないし、Hに対して面会を求めたことやDに対する発言内容が『反社会的な違法行為』とまで評価することは困難である。

・非違行為の性質について

「また、被控訴人は、第2処分の非違行為は、第1処分と同様のパワーハラスメントの側面を有していると主張する。控訴人とその同僚であるDや控訴人とその部下であるHとの立場関係からは、控訴人がDやHに接触を図る場面ではパワーハラスメントの側面があることは否定できないとしても、第2処分の非違行為は、第1処分の非違行為とは異なり、第1処分の不服申立手続が不利にならないようにメールをしたり、電話で発言したりしたものであって、第1処分の非違行為と同様のものとはいい難い。

・先行する第1処分の存在について

「被控訴人は、第2処分の非違行為が停職期間中であり、第1処分を受けたにもかかわらず、DとHに対して同様の行為を繰り返して、何ら反省していない旨を主張するところ、被控訴人の指摘にはもっともな面はあるが、停職期間中にされた上記・・・の非違行為のみで、このまま控訴人が業務に復帰した場合、以前と同様に、パワーハラスメントを行ったり、本件調査において控訴人に不利な証言をした者等に報復を行う可能性が極めて高い状況にあったとは認め難く、後者の事情を強調して第1処分よりも重い処分が相当であるということはできない。

「以上の事情を総合考慮すると、第2処分の非違行為はそれなりに悪質なものであって、控訴人が第1処分を受けても反省していないと見られることなどの事情を踏まえると、第2処分として、人事院の指針の『暴行』の場合の『減給』よりも重い『停職』を選択することが裁量権の範囲を逸脱又は濫用するものとまではいい難いものの、他方で、上記・・・で認定した非違行為について、飽くまで非違行為に対する制裁という観点からは処分理由にあるような『反社会的な違法行為』とまで評価することは困難なものである上、第1処分の不服申立手続のためのものであって第1処分の非違行為である暴行等とは異なる面があるし、控訴人が業務復帰後に同種行為が反復される危険性等を過度に重視することは相当ではない。そうすると、上記・・・で認定した非違行為に対して、第1処分の停職期間を大きく上回り、かつ、最長の期間である停職6月とした第2処分は、重きに失するものであって社会通念上著しく妥当性を欠いており、消防長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものであると認めざるを得ない。

「したがって、その余の争点について判断するまでもなく、第2処分は違法な懲戒処分であるから、取消しを免れない。」

4.標準例にない懲戒処分の類型は争ってみる価値あり

 標準例にない類型の非違行為での懲戒処分の処分量定は、基準自体がはっきりとしないことから、判断権者によって、処分の効力がブレやすい傾向にあるように思われます。そのため、処分が重すぎるのではないかと思った場合には、積極的に司法判断を仰ぐことを検討してみてもよいだろうと思います。

 判断権者によるブレ幅の大きい事件類型では、弁護士の技量によって結論に差が出る可能性が高まります。当事務所では公務員の労働問題にも積極的に取り組んでいます。法的措置を検討している方は、お気軽にご相談頂ければと思います。