1.公務員の飲酒運転
公務員の飲酒運転に対し、行政はかなり厳しい姿勢をとっています。例えば、国家公務員の場合、酒酔い運転をしたら、人を死傷させなくても免職か停職になるのが通例です。
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html
懲戒免職処分を受けた場合、基本的に退職金(退職手当)は支払われません(国家公務員退職手当法12条1項、国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第 261号最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号。地方公務員においても、大抵の地方自治体は条例等で同様の扱いを規定しています)。
この「飲酒運転⇒懲戒免職・退職手当全部不支給」という流れが、あまりに苛烈であるためか、飲酒運転をして懲戒免職処分を受けた公務員が、懲戒免職処分や退職手当全部不支給処分の効力を争う事案は少なくありません。
公務員に関係する労働事件の主要な紛争類型であることから興味を持っていたところ、近時公刊された判例集に、一審で違法とされた退職手当全部不支給処分が、二審で適法とされた裁判例が掲載されていました。広島高判令4.6.22労働判例ジャーナル126-8 府中町事件です。
2.府中町事件
本件で被告(控訴人)になったのは、府中町です。
原告(被控訴人)になったのは、被告の職員として勤務していた方です。飲酒運転をした当時は、教育委員会事務局で課長として勤務していました。
原告による飲酒運転の経緯は次のとおりです。
「被控訴人は、令和2年2月4日、勤務の後、自家用車(メルセデスベンツ)で外出中に友人である知人女性(以下『知人女性』という。)から飲酒に誘われ、自宅駐車場に車を駐車した後、徒歩で飲食店に向かった。被控訴人と知人女性は、同日午後9時頃から午後11時頃まで、飲食店で共に飲酒(被控訴人はワイン等グラス四、五杯を摂取)した後、知人女性と共に被控訴人の自宅に移動して、更に翌5日午前零時すぎ頃まで共に飲酒(被控訴人は日本酒0.5合とグラスワイン1杯を摂取)し、そのまま寝入った。」
「被控訴人は、令和2年2月5日午前4時15分頃に目覚め、知人女性と共に居間で寝入っていたことを家族に見られるのはまずいなどと思い、知人女性を自宅に送ろうと考え、公共交通機関は動いておらず、周囲に配車可能なタクシー車両もないようであったことから、車を運転して知人女性を自宅まで送り届けることとした。その際、被控訴人は、飲酒後さほど時間が経っておらず、顔がむくみ火照っているなどアルコールが残っている感覚があったものの、ふらふらに酔っているわけではないから運転は問題なくできる、まだ夜が明け切らない早朝の時間帯であり、交通量も少なく、気を付けて運転すれば大丈夫だなどと考え、物音に不審を感じて起きてきた被控訴人の妻にも車で出かけるとは伝えなかった。」
「こうして、被控訴人は、同日午前4時30分頃、知人女性を車に同乗させて自宅から出発し、カーブも多い高速道路(広島高速道路)を使い、同日午前4時55分頃、知人女性を自宅に送り届け、帰路についた。被控訴人は、帰路については一般道を走行した。」
「被控訴人は、同日午前5時6分頃、広島市α区β×丁目×番××-×付近のP4交差点において、信号待ちのため停止していた先行車両に引き続き、車一台分を空けて自車を停止させ、停止中、助手席側の床に落ちていた携帯電話を運転席から拾おうと考えた。被控訴人は、アクセルかブレーキを踏まない限りブレーキから足を離しても車が動かない状態(ホールドモード)に車を設定し、携帯電話を取ろうとしたところ、アクセルを誤って踏んだためホールドモードが解除され、被控訴人の車は時速約10kmで前進して、停止中の被害者の車両後部に自車前部を追突させた(本件事故)。被害者は、本件事故により、加療約1週間を要する見込みの頚椎捻挫、外傷性自律神経失調症の傷害を負った。」
「被控訴人の自宅から事故地点までの走行距離は概ね18kmに及んだ。」
「被控訴人は、自身の子が広島県警察の警察官であったこと等から、飲酒運転の発覚を恐れて警察への通報をためらい、被害者が警察に通報した。これにより臨場した警察官が、令和2年2月5日午前5時15分過ぎ頃、被控訴人に対して呼気検査を実施したところ、被控訴人の呼気から0.2mg/lのアルコールが検出された。そのため、被控訴人は、同日午前5時45分頃、酒気帯び運転の容疑で現行犯逮捕された。」
(中略)
「被控訴人は、当初検察官に対し、本件事故時には既にアルコール成分が抜けていたなどと供述して被疑事実を否認し、令和2年2月14日まで勾留されていたが、結局これを認めて、同日、道路交通法違反(酒気帯び運転)及び過失運転致傷の公訴事実により広島簡易裁判所に略式起訴され、罰金70万円の略式命令を受け、これを納付した・・・。」
「被控訴人は、釈放日の翌日である同月15日、被害者方を訪れて謝罪し、また、職務の関係者に直接又は電話で謝罪した・・・。」
なお、本件は複数の報道機関により報道されています。
以上の飲酒運転行為を理由として、被告は、原告を懲戒免職処分にしたうえ、退職手当の全部不支給処分を行いました。これに対し、原告は、退職手当全部不支給処分の取消等を求め、被告を提訴しました。一審が処分を違法であるとして原告の請求を認めたことを受け、被告側が控訴したのが本件です。
本件の裁判所は、次のとおり述べて、退職手当全部不支給処分は適法だと判示しました。
(裁判所の判断)
「地方自治法204条2項は、普通地方公共団体は、条例で、普通地方公共団体の常勤の職員に対し、退職手当を支給することができると定め、同条項を受けて、本件条例は、職員の退職手当に関し、退職手当を支給する職員や退職手当の額の算定方法を定めた上、12条1項において、退職手当管理機関(本件では処分行政庁である府中町教育委員会がこれに当たる。本件条例11条)は、懲戒免職処分を受けて退職をした者に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違行為後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する町民の信頼に及ぼす影響を勘案し、退職手当の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨を規定している。」
「ところで、本件条例12条1項は、同旨の規定である国家公務員退職手当法12条と同様、従前は、懲戒免職処分を受けた者について、一般の退職手当を全部支給していないとされていた(本件条例の改正前8条)ところ、国家公務員退職手当法の当該規定の改正を踏まえ、平成22年4月1日、同法の改正後の規定と同様の規定内容に改正されたものである・・・。」
「このような改正経過及び規定内容に照らせば、本件条例12条1項は、非違の発生を抑止し、もって公務の遂行及び公務に対する住民の信頼を図るという同条の趣旨目的に鑑み、同条項所定の退職手当が勤続報償としての性質を有することを基礎としつつ、他方で、賃金の後払いや退職後の生活保障等の複合的な性質を有するものと見ることもできること等を踏まえ、平素から内部事情に通じ、職員の指揮監督に当たる退職手当管理機関に対し、同条項所定の諸事情を総合考慮し、懲戒免職等処分を受けて退職をした者に対し退職手当の全部又は一部の不支給処分をすべきか否かの判断をその裁量に委ねたものと解するのが相当であり、このような同条項の趣旨目的等に照らせば、退職手当管理機関である府中町教育委員会が上記裁量権を行使して行った本件不支給処分は、それが社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限り、違法となるというべきである(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。」
「以上に対して、被控訴人は、本件条例12条1項所定の退職手当が賃金の後払いの性格も有していることからすると、退職手当の全額を不支給とすることが認められるのは、被処分者の非違行為が、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たる場合に限られるというべきであり、そのように評価できない事案において退職手当の全部不支給処分をした場合には、裁量権の濫用になる旨を主張する。」
「確かに、同条項所定の退職手当について、賃金の後払いや退職後の生活保障等の複合的な性質を有するものと見ることもできることは前記・・・説示のとおりである。しかし、同項の要件とされている『懲戒免職等処分を受けて退職をした者』の行った非違行為は、それ自体、一般に悪質性が高く、公務の遂行に支障を及ぼし、公務に対する住民の信頼を損なうものであるといえるのであるから、非違の発生を抑止し、もって公務の遂行及び公務に対する住民の信頼を図るという同条の基本的な趣旨目的に鑑みれば、上記のとおり退職手当が複合的性質を有すると見ることができるからといって、退職手当の全額を不支給とすることのできる場合が、被処分者の非違行為が長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるときに当然に限られるなどということはできない。」
(中略)
「そこで、以上を踏まえて、退職手当管理機関である府中町教育委員会のした本件不支給処分について、社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認めることができるか否かを検討する。」
「本件免職処分は、補正後引用に係る原判決『事実及び理由』の前提事実・・・の非違行為(本件非違行為)を対象とするものであるところ、前記・・・のとおり、被控訴人は、アルコールが残っている感覚があったものの、ふらふらに酔っているわけではないから運転は問題なくできる、まだ夜が明けきらない早朝の時間帯であり、交通量も少なく気を付けて運転すれば大丈夫だなどと安易に考え、車両の運転に及んだものであり、その動機に酌むべき事情はない。この点、被控訴人は、仮眠をしていてアルコールが残存していると思わなかったなどと弁解しているが、その供述をたやすく採用できないことは前記・・・で認定説示したとおりである。」
「しかも、被控訴人は、前記のとおり酒気を帯びながら、高速道路を含む18kmもの距離を走行した挙句、車両の停止中に助手席から落ちてしまっていた携帯電話を運転席から取ろうなどと考えてアクセルを誤って踏み、本件事故を生じさせている。比較的交通の少ない時間帯であったとはいえ、高速道路を含む相当の距離を酒気帯びのまま運転し続けた末の本件非違行為であった点において、本件非違行為に対する非難の程度は高いというべきであるし、車両の停止中に助手席から落ちていた携帯電話を運転席から取ろうとしたなどという点も、被控訴人は停止中であるとはいえ運転中であったのであるから、極めて軽率な判断として強い非難に値するといえる。そして、これにより、被控訴人は、被害者に対し、その運転に係る車両に損傷を与えたほか、加療約1週間の見込みの頸椎捻挫及び外傷性自律神経失調症という人身傷害を生じさせた。そうして見ると、本件事故の経緯や態様に酌むべき情状があったなどといえないことはもとより、これにより生じた結果も、重篤とまではいえないにしても、人身傷害を生じさせた点において決して軽視できるものではない。なお、以上の点に関し、被控訴人は、本件事故が、助手席から落ちた携帯電話を取ろうとした際に、被控訴人の足がアクセルにぶつかったことによりホールド状態が解除されてクリープ現象によって生じたものであるなどとして、酒気帯び運転と関わらない偶発的な事故であるといった主張もする。しかしながら、前車と車一台分の車間を取っていたというのにクリープ現象でそのまま追突するに任せたなどとする被控訴人の弁解自体、容易に首肯し難いというべきであるし(なお、被控訴人自身も取調べに当たった警察官に対して、ドライブレコーダーの画像上、クリープ現象で発進したというよりアクセルを踏んで加速したものであることが窺われることを認めている。・・・)、この点をひとまず措くとしても、そもそも運転中に助手席から床に落ちていた携帯電話を運転席から取ろうなどという軽率な判断自体、飲酒による判断力の低下の影響をうかがわせるに十分なものというべきであり、いずれにしても強い非難を免れるものではない。」
「さらに、本件非違行為は、全国的に飲酒運転による凄惨な事故が多数発生し、飲酒運転に対する社会的非難の高まりが続く中で、前記・・・のとおり、控訴人において職員による飲酒運転を撲滅すべく研修会の開催等の様々な方策を執っているにもかかわらず敢行されたものであり、私生活上の非違行為であるとはいえ、それ自体、控訴人に対する町民の信頼を大きく損なうものである。殊に、被控訴人は、本件非違行為当時、前記・・・のとおり多数の部下を有する要職にあったものであって、非難の程度や町民の信頼を損なう程度は一層大きい。控訴人としては、その定める公表基準・・・に照らし、報道機関等に本件非違行為の事実を公表せざるを得ず、これに関して現に相当数の苦情等が寄せられたことは前記・・・のとおりである。」
「加えて、被控訴人は、当初被疑事実を否認して争い、相当期間身柄拘束を経たものであり、現にその間、公務の遂行に支障を生じさせたといわざるを得ない。」
「また、控訴人は、本件非違行為に関して、70万円の罰金刑を受けている。」
「以上に照らすと、本件非違行為に対する非難の程度は相当に高いというべきである。」
「他方、前記認定事実によれば、本件事故は私生活上の非違行為であり、飲酒時から確定的に飲酒運転をする意図であったとまでは認められないこと・・・、他方、被控訴人は、勤続31年の間に本件免職処分以前に懲戒処分を受けたことはなく、標準以上の人事評価を受けるなどその勤務成績は基本的に良好で、また、これまでの勤務の実績を見ても、複数の分野でシステムを構築・改善するなど、被控訴人の町政に対する貢献の度合いは相応に高かったこと・・・も指摘できる。そして、前記・・・のとおり、被控訴人は、釈放後、可及的速やかに被害者に謝罪して被控訴人が加入する保険会社を通じて損害を填補する手筈を整え、また、控訴人(府中町教育委員会)による事情聴取にも応じ、本件免職処分それ自体についてはこれを受入れており、被控訴人なりにではあるが真摯に反省の情を示していた。」
「しかしながら、上記・・・の諸事情を踏まえても、前記・・・のとおり、控訴人が飲酒運転撲滅の施策を続ける中で敢行された飲酒運転であり、人身傷害も生じた背信的なものであったことにも照らせば、・・・相当に重大といわざるを得ない。」
「これを控訴人処分例に見ても、本件非違行為は控訴人処分例・・・の『飲酒運転等』の『酒酔い運転又は酒気帯び運転をした職員』に該当するものであり、そこには標準的な処分例として免職と明記されている。もっとも、そのような場合であっても、『上記の場合において、特段の事情がある場合』に該当すると認められるときには標準的な処分例は停職となる。しかし、被控訴人は、本件非違行為によって人身事故・物損事故を生じさせたものであり、重篤・重大な結果まで生じていないものとして直接には控訴人処分例にいわゆる『人身事故を伴うもの』の『人を死亡させ、又は重篤な傷害を負わせた職員』(標準的な処分例は免職、停職又は減給)や『物損事故』の『自動車の運転上必要な注意を怠り、よって他人の物を損壊して重大な損害を与えた職員』(標準的な処分例は減給又は戒告)に該当しないものの、それ自体、情状として重く評価し得る事情となるといわざるを得ない。むしろ、こうした結果が飲酒運転の際に生じたものであることにも照らせば、重く評価すべきものとすらいえる。その他、前記・・・判示のとおり、動機や経緯、態様にも酌むべき情状はなく、公務に与えた影響も軽視し得ないことにも照らせば、前記・・・のとおり被控訴人による相当年数の期間の貢献等はあるとしても、前記特段の事情までは認め難いものといわざるを得ない。」
「その他上記控訴人の判断を左右するような事情を裏付ける的確な証拠があるともいえず、本件免職処分は、その内容自体としても相当なものであったというべきである。」
「そして、本件条例が、『懲戒免職等処分を受けて退職をした者』の行った非違行為を、それ自体、一般に悪質性が高いものとして捉え、公務の遂行に支障を及ぼし、公務に対する住民の信頼を損うものとして、非違の発生を抑止し、もって公務の遂行及び公務に対する住民の信頼を図る観点から退職手当の支給制限処分に関する規定を置いていることに鑑みれば、いかに退職手当が複合的性質を有すると見ることができるからといって、上記のとおり特段の事情がある場合に該当するとまでは認めることのできない本件において、退職手当を全部不支給とする判断を処分行政庁がしたとしても、その判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであったとまでは認め難い。」
「以上のとおりであるから、本件不支給処分が社会観念上著しく妥当性を欠くとはいえず、その判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるともいえないから、同処分が違法であるとは認められない。」
3.原告(被控訴人)主張の排斥部分に注目
上述のとおり、裁判所は、退職手当全部不支給処分を適法だと判示しました。
裁判所の判示で個人的に注目しているのは、次の二点です。
一点目は、
「退職手当の全額を不支給とすることのできる場合が、被処分者の非違行為が長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるときに当然に限られる」
との考え方を明示的に否定している点です。民間企業の場合このような考え方のもと退職金の全部不支給の適法性が審査される例が多いのですが、本件の裁判所は民間類似の規範は採用しませんでした。
二点目は、良情状への評価です。一審が退職手当全部不支給処分を違法と判示したことからも分かるとおり、本件はそれなりに良い情状が認められた事案でした。しかし、裁判所は、そうした良情状を踏まえてもなお、退職手当を全部不支給とすることが許されると判示しました。ここからは飲酒運転に対する厳罰化の傾向を読み取ることができます。
飲酒運転が厳罰化された直後は、従前の処分量定との関係で懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分を違法だとする裁判例も散見されたところではありますが、個人的に観測する限り、その数は年々少なくなっているように思われます。処分が重たいことからも、飲酒運転は行わないのが賢明です。