弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公表事案では慰謝料請求が狙える?-懲戒免職処分の取消のほか、高額(100万円)の慰謝料請求が認められた例

1.解雇・懲戒免職処分の無効と慰謝料

 解雇や懲戒免職処分(懲戒解雇の公務員版)が違法無効であったとしても、必ずしも慰謝料請求が認められるわけではありません。

 その理由は、大きく二点あります。

 一つ目は「故意・過失」という主観的要件の問題です。

 不法行為に基づいて損害賠償を請求する場合でも、国家賠償法に基づいて国家賠償請求を行う場合でも、金銭賠償を求めるにあたっては「故意又は過失」という主観的要件が必要になります。

 違法行為(違法な解雇権の行使・違法な懲戒権の行使)が立証できたとしても、そのことに故意や過失を立証することができなければ、慰謝料請求が認められることはありません。この故意、過失は、違法行為があれば当然に立証されるものではなく、その立証には一定のハードルがあります。

 二つ目は「損害」の問題です。

 解雇無効や懲戒免職処分の取消が認められると、使用者や国は解雇時・処分時に遡及して賃金・給与を支払うことになります(いわゆるバックペイ)。多くの裁判所では、これにより違法な解雇・懲戒免職処分を受けたことで通常生じる精神的苦痛は慰謝されるという考え方が採用されています。そのため、慰謝料請求が認めてもらうにあたっては、バックペイによっては慰謝されないほど甚大な精神的苦痛を受けたことが立証できる必要があります。

 以上のような理由から、解雇、懲戒免職処分が違法であった場合に、慰謝料請求まで認められる事案は限定的に理解されています。

 このような状況の中、違法な懲戒免職処分を行ったとして、懲戒免職処分の取消が認められるとともに、100万円と比較的高額の慰謝料請求が認められた裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、福岡地判例4.7.29労働経済判例速報2497-3 糸島市事件です。

2.糸島市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である糸島市です。

 原告になったのは、他の職員に対してハラスメント行為を行ったことなどを理由として懲戒処分を受けた方2名です(原告A1、原告A2)。原告A1は懲戒免職処分を、原告A2は戒告処分を受けました。

 原告A1、A2は、いずれも、糸島市消防本部の職員の方でした。

 原告A1は懲戒免職処分の取消と違法な懲戒免職処分を行ったこと等を理由とする慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 原告A2は戒告処分の取消を求める訴えを提起しました。

 この二名の訴えが併合されたのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、原告A1の慰謝料請求を認めました。

(裁判所の判断)

・争点2(本件免職処分が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したか)について

「地方公務員につき、地方公務員法所定の懲戒事由がある場合には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁等参照)。」

「A1非違行為1については、本件懲戒指針の別表のうち、勤務態度不良(勤務時間中に職場を離脱して職務を怠り、公務の運営に支障を生じさせた職員)に該当し、標準的な懲戒処分の種類は、減給又は戒告に相当するものといえる。次に、A1非違行為3、5~7については、本件懲戒指針の別表のうち、職場内秩序を乱す行為(他の職員に対する暴行により、職場の秩序を乱した職員)又はこれに準ずる行為に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は停職又は減給に相当するものといえる。そして、A1非違行為8については、本件懲戒指針の別表のうち、セクシャルハラスメント(相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的な言動を行った職員)に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は減給又は戒告に相当するものといえる。さらに、A1非違行為9、10、11の第2及び第3、13、16~20については、本件懲戒指針の別表のうち、職場内秩序を乱す行為(他の職員に対する暴言により、職場の秩序を乱した職員)又はこれに準ずる行為に該当するものと解され、標準的な懲戒処分の種類は減給又は戒告に相当するものといえる。」

「本件懲戒指針によれば、職員が非違行為を2以上行ったとき(第3条)や、

(1)非違行為の態様が極めて悪質であるとき、

(2)非違行為が他の職員及び社会に与える影響が特に大きいとき等(第4条)

には、別表に掲げる懲戒処分の種類のうち最も重い懲戒処分よりも重い懲戒処分を行うことができるところ、原告A1は、少なくとも2以上の非違行為を行ったものと認められるから、標準的な懲戒処分の種類のうち最も重い懲戒処分である停職よりも重い懲戒処分である免職を選択することが可能であると解される(第3条2項参照)。」

「そこで、本件懲戒指針第2条に定める懲戒処分の基準を踏まえて、免職を選択することが懲戒権者の裁量権の範囲内であるかを検討する。」

「原告A1は、主に係長級の役職に就き、部下や後輩の消防職員を適切に指導等すべき立場にありながら、数年にわたって、部下や後輩等の消防職員に対し、通常の範囲を逸脱ないし過剰にわたる訓練やトレーニングを行わせ、暴言や叱責等に繰り返し及んでおり、部下等に対する嫌悪や苛立ち、悪感情等を主な動機として感情の赴くままに非違行為に及んだ部分が多かったものと認められる。A1非違行為は、訓練やトレーニングの場面で行われることもあり、被害を受けた職員の中には、宙吊り等による身体的苦痛を受けた者がおり、また、暴言等により精神的にも苦痛を受けた者が相当数に上るものであったといえる。また、被告においては、ハラスメントに関するQ&A集を作成・更新し・・・、ハラスメントの防止措置に努めてきたこと・・・が認められ、原告A1は、ハラスメントに関する研修を繰り返し受けた・・・にもかかわらず、非違行為に及んでおり、ハラスメントに関する意識の低さもうかがえる。これらに加えて、原告A1は、A1非違行為1にあるように、離席による職務懈怠があり、日頃の勤務状況についても芳しくない面もある。」

「もっとも、訓練やトレーニングにおいて、逸脱ないし過剰にわたった程度としては、特段大きいとまではいい難く、原告A1には、部下等の訓練や指導等を目的とする部分があったこともうかがえ、部下や後輩の消防職員に対する指導等の度が過ぎた面があったといえなくはない。暴言や叱責等についても、過剰に言い過ぎた面や、表現が適切でなく、いわゆる口が悪い面が現れたにすぎないところもあったといえる。また、結果として、被害を受けた職員に重大な負傷等も生じていない。これらを踏まえると、A1非違行為は長年にわたり多数に上るものであるものの、極めて悪質である、又は、他の職員及び社会に与える影響が特に大きいとまではいえない(本件懲戒指針第4条1項(1)、(2)参照)。」

「また、原告A1は、本件免職まで、懲戒処分を受けたことがなく、また、通常の範囲を逸脱ないし過剰にわたる訓練やトレーニング、暴言や叱責等について、個別的に注意や指導を受けたとの事情も見当たらず、本件免職前の原告A1の能力考課シートに関しても、離席の点の他は特段の評価やコメントはされていなかったことが認められる・・・。」

「以上の各事情のほか、その他の本件懲戒指針第2条に定める事情を総合的に考慮すると、原告A1の非違行為は長年にわたり、多数に上るものではあるものの、それぞれの内容自体は上記・・・の事情が見受けられることからして、これまで懲戒処分歴がない中で、処分行政庁(消防本部消防長)が、原告A1に対する懲戒処分として、本件懲戒指針に定める標準的な懲戒処分のうち最も重い停職よりも重く、かつ懲戒処分の中でも最も重い免職処分を選択した判断は、処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き、本件免職は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法と評価せざるを得ない。」

「以上によれば、本件免職は、争点3(本件免職の手続の違法の有無)について検討するまでもなく、裁量権の行使を誤った違法があるといわざるを得ず、取消しを免れない。」

・争点4(国家賠償法1条1項所定の違法行為の有無)について

「前記・・・の判断のとおり、本件免職は、裁量権の行使を誤った違法があるというべきであり、これは違法な公権力の行使に該当し、かつ、上記のとおり、懲戒処分の選択について、少なくとも過失があったと認められるから、被告は、国家賠償法1条1項に基づき、原告A1に生じた損害を賠償すべき義務を負うといわざるを得ない。

(中略)

・争点5(損害の発生及び額)

「前記・・・のとおり、本件免職は、違法な公権力の行使に該当するといえるところ、原告A1は、本件免職により消防職員としての地位を失い、給与等を受け取ることができなくなった上、本件記事(西日本新聞の記事 括弧内筆者)や情報番組において、匿名ではあるものの、中心メンバー等として『係長級』ないし『43歳係長』等と報道され、消防本部及び消防署関係者には容易に原告A1を指し示すものと分かる内容となっていたことが認められ、相応の精神的苦痛を被ったものということができる。

「もっとも、A1非違行為とされた原告A1の行為の相当部分が懲戒事由に該当すること自体は認められ、本件免職は、A1非違行為の内容と比較して懲戒処分の選択が重きに失したことによって違法と評価されるものであること、本判決において本件免職が取り消されることにより、上記の精神的苦痛の相当部分が慰謝されることになること、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告A1のその他の主張を踏まえても、原告A1の精神的苦痛に対する慰謝料は100万円とするのが相当である。

3.公表が効いたのか?

 国家公務員の懲戒処分に関しては、人事院総長発 平成15年11月10日総参-786『懲戒処分の公表指針について』という文書があります.

 この文書には、

「公表対象

次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。

(1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分

(2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分」

「公表内容

事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。」

「公表方法

記者クラブ等への資料の提供その他適宜の方法によるものとする。」

などと書かれています。

 人事院の指針は地方公共団体が地方公務員を管理するうえでも参考にされることが多く、地方公務員との関係でも事実上の影響力を持っています。本件に関しても、これと似たような仕組みのもと、マスコミに情報提供された可能性があります。

 本件では職場関係者において容易に個人を識別できる情報がマスコミ報道された事実が重視され、損害賠償請求が認められているように思われます。

 個人的観測の範囲内では、懲戒解雇の際、事案を公表したがる使用者は少なくありません。

 しかし、組織内の風紀の引き締めを図るにしても、見せしめのように個人を特定できる形で社内周知を図る必要はないはずです。本件は公務員関係の事件ではありますが、100万円もの慰謝料を認定した背景には、

「公表に踏み出すのであれば、誤った判断をした場合、相応の責任が発生することを覚悟するように」

という考え方があるようにも思われます。

 冒頭に述べた二つの理由があることを踏まえ、認容可能性が低いとの見込みのもと、地位確認請求事案において、慰謝料の請求までは行わないとする事案は少なくありません。

 しかし、今後、使用者からの公表を伴っている事案においては、本裁判例を根拠に慰謝料請求を付加することが検討されても良いかも知れません。