弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

通常の労働をすれば必ず支払われる基本給や手当だけでは最低賃金額を下回る可能性がある場合、時間外手当は残業代の支払にはならないとされた例

1.タクシーやトラックの運転手の賃金体系

 タクシーやトラックの運転手の方から相談を受け、就業規則や賃金規程を確認していると、かなり複雑な制度設計がなされていることが多くみられます。例えば、

① 基本給的なものが低額に抑えられ、

② 歩合給的なものの割合が高く設定され、

③ 複雑な計算式のもとで算定される歩合給的なものが、

④ 残業代として支給される、

といったようにです。

 この①の基本給的なものは、時として最低賃金を下回るほど低い水準に抑えられていることがあります。このような形になっていると、最早残業代として支給されている部分が賃金の主要部分を構成してくるようになります。

 ここまで歪な賃金制度になってくると、

残業代として支給されている歩合部分は本当に残業代なのか?

という疑問が生じてきます。

 近時公刊された判例集に、こうした賃金体系のもとにおける時間外手当(乗務時間外手当)が残業代の支払として認められなかった裁判例が掲載されていました。東京地判令7.10.29労働判例ジャーナル169-38 平野運送事件です。

2.平野運送事件

 本件はいわゆる残業代(割増賃金、時間外勤務手当等)請求事件です。

 被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、運転職の従業員として働いていた方です。原告の方の賃金は、基本給(月額13万2000円~13万5000円)、家族手当(月額1万円)、通信費(1日100円)、搭乗者荷造手当(1日2500円)等のほか、

乗務時間外手当

という歩合給的なもので構成されていました。

 乗務時間外手当は、

売上基準額+粗利基準額

で計算されることになっていました。

売上基準額は、売上基準基本÷所定労働日数×実出勤日数で、

粗利基準額は、全社の平均粗利額×(本人粗利率÷全社平均粗利率)×本人評価率÷所定労働日数×実出勤日数

で計算されることになっていました。

 これは給与支給の2か月前の売上高と粗利が基準になっており、

売上基準基本は、売上70万円未満が2万5000円、70万円以上100万円未満が3万円、100万円以上が4万円とされ、

本人評価率は、会社が決めた評価で、5~11%の7段階の率のいずれかが適用される形になっていました。

 本件の原告は、

「売上や利益と従業員個人の能力評価によって算出されるものであり、時間外労働の有無に関わりなく支給される」

として、乗務時間外手当は残業代の支払にはならないと主張しました。

 これに対し、被告は、

「給与規程4条において、所定労働時間外労働に対する手当として、乗務時間外手当と普通残業手当を規定している」

として、乗務時間外手当は割増賃金の支払に相当すると主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、乗車時間外手当が残業代の支払であることを否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法37条は、同条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、上記方法以外の方法により算定された手当を時間外労働等に対する対価として支払うことにより、同条の割増賃金を支払うことができる。そして、使用者が労働者に対して同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。」

「雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきである。その判断に際しては、労基法37条が時間外労働等を抑制するとともに労働者への補償を実現しようとする趣旨による規定であることを踏まえた上で、当該手当の名称や算定方法だけでなく、当該雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(以上につき、最高裁令和2年3月30日第一小法廷判決・民集74巻3号549頁、最高裁令和5年3月10日第二小法廷判決・裁判集民事270号77頁参照)。」

「被告において、乗務時間外手当は、平成25年に創設されたが、その際、基本給は12万5000円スタートとされていた・・・。そして、乗務時間外手当創設後の被告の賃金体系上、乗務時間外手当を除き、通常の労働をすれば必ず支払われ、最低賃金に含まれるものは、基本給が月額12万5000円以上、搭乗者荷作業手当が1日当たり1500円以上、通信費が1日当たり100円であり・・・、そして、被告における月平均所定労働時間は、令和2年は160.67時間、令和3年は161.33時間、令和4年は160.67時間、令和5年は162.67時間であると認められる。これを前提として、被告におけるあり得る最低の1時間当たりの賃金額を算定すると、令和2年及び令和4年は、978円(=12万5000円÷160.67時間+(1500円+100円)÷8時間。1円未満四捨五入。以下同じ。)、令和3年は、975円(=12万5000円÷161.33時間+(1500円+100円)÷8時間)、令和5年は、968円(=12万5000円÷162.67時間+(1500円+100円)÷8時間)となる。一方、東京都の最低賃金額は、令和元年10月1日以降が1013円、令和3年10月1日以降が1041円、令和4年10月1日以降が1072円、令和5年10月1日以降が1113円であるから・・・、上記被告におけるあり得る最低の賃金額は、令和2年から令和5年において、いずれも最低賃金額を下回っている。被告自身、乗務時間外手当の支給により、最低賃金法基準以上の給与を支払ってきたとしつつも、令和7年1月実施の基本給等の改定がされる以前は、給与規程上、最低賃金額に達しない社員がいたことを認めている。」

乗務時間外手当を除き、通常の労働をすれば必ず支払われ、最低賃金に含まれる基本給や手当だけでは、最低賃金額を下回る可能性があることからすれば、被告の賃金体系において、乗務時間外手当は、基本給に相当する部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、乗務時間外手当のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかではないから、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

したがって、乗務時間外手当の支払により、労基法37条の定める割増賃金が支払われたということはできず、乗務時間外手当は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、割増賃金の額を算定すべきである。

3.残業代の支払であることを否定された

 残業代の支払であることが否定されると、その手当は残業代を計算する上での算定基礎賃金に含まれます。そのように計算された残業代から、手当分を差し引くことも認められません。そのため、ある手当が残業代の支払であることを否定できると、請求額が膨らむことが珍しくありません。

 基本給的なものを低く抑えて残業代の発生を抑えつつ、歩合給的なものを残業代の支払とする賃金体系は、労働時間と賃金との結びつきを切り離し、賃金を成果とリンクさせようとするもので、労働基準法の考え方との整合性に疑問符の付きやすい仕組みです。違和感を覚えている方は、一度、その仕組みの適法性を弁護士に相談してみても良いかも知れません。もちろん、当事務所に相談して頂いても大丈夫です。