1.時間外勤務手当等の法定外計算
割増賃金の計算方法は労働基準法37条やこれを受けた労働基準法施行規則19条等に規定されています。
しかし、
①労基法37条や労規則19条等に規定された計算・支払方法によらない計算・支払方法(法定外計算)
②基本給等に割増賃金相当分を含めて支払う方法(一括払)
③定額の手当を割増賃金相当分として支払う方法(定額払)
についても、法定計算による割増賃金額を下回らない限り適法だと理解されています(荒木尚志ほか『注釈労働基準法・労働契約法 第1巻』〔有斐閣、初版、令5〕541頁参照)。
上記のうち一括払・定額払は、まとめて「固定残業代」と呼ばれています。
固定残業代の有効要件(時間外勤務手当等の弁済として認められるための要件)について、最一小判令2.3.30労働判例1220-5 国際自動車(第二次上告審)事件は、
「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である・・・。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり・・・、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記・・・で説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」
と判示しています。
傍線部の一番目は「判別要件」「明確区分性」などと言われています。傍線部の二番目は「対価性要件」と言われています。
この固定残業代の有効要件の考え方は、時間外勤務手当の法定外計算に時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められるのかにも応用されています。近時公刊された判例集に掲載されていた、札幌地判令5.3.31労働判例1302-5 久日本流通事件も、そうした事案の一つです。本件は、時間外勤務手当の法定外計算に、時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められなかった事案であることに特徴があります。
2.久日本流通事件
本件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、大型車両の運転業務に従事していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払を求めて提訴しました。
本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに「残業手当」に時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められるのか否かという問題がありました。
弁済の効力に疑義が生じたのは、就業規則上の建付けとは異なる形で「残業手当」が支払われていたからです。
被告の就業規則(賃金規程)上、「残業手当」は、次のとおり計算して支給するとされていました。
①時間外労働割増賃金
(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.25×時間外労働時間
②休日労働割増賃金
(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.35×休日労働時間
③深夜勤務手当
(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×0.25×深夜労働時間
しかし、被告は上記のような計算方法によらず、売上の10%を「残業手当」として支払っていました。
そのため、本件の原告は、
「被告の主張によれば、本件残業手当は売上げの10%を支給するものであるが、①原告と被告との間で本件残業手当を時間外労働等の割増賃金として支払う旨の合意はされていないこと、②本件残業手当は、時間外労働等の有無やその時間数に関わらず支払われるものであって、時間外労働等との時間比例性に欠けること、③本件残業手当には、通常の労働時間によって得られる売上げに対する報償部分も含まれることとなるが、その内訳が分からず、時間外労働等に対する割増賃金部分が判別できないこと、④時間外労働等に対する割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制しようとする労働基準法37条の趣旨に反することとなるから、時間外労働等の対価として支払われていたとは認められない。」
と主張し、「残業手当」が時間外勤務手当等の弁済であることを争いました。
裁判所は、次のとおり述べて、「残業手当」の時間外勤務手当等の弁済としての効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告は、売上の10%を本件残業手当として支給しており、本件残業手当は時間外労働等の対価であるから、基礎となる賃金には算入されないし、時間外労働等割増賃金の既払額として控除されるべき旨主張する。」
「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである(最高裁平成30年(受)第908号同令和2年3月30日第1小法廷判決・民集74巻3号549頁参照)。」
「これを本件についてみると、本件残業手当は、賃金支給の際に基本給その他の手当とは区別されて支給されていたことから、形式的には通常の労働時間の賃金に当たる部分と判別されていたといえ、また、その名称からすると被告は、時間外労働等に対する対価とする意図で支払っていたものと推認される。」
「しかし、前記認定のとおり、本件雇用契約書には時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法についての記載はなく、本件残業手当の算出方法は、本件賃金規程に記載されている残業手当の算出方法と全く異なるものであること、採用面接やその後の賃金の支給の際に、被告から原告に対して、時間外労働等の対価として本件残業手当を支給する旨やその算定方法について説明しているものとは認められないことからすると、本件残業手当の名称や被告の意図を考慮しても、原告と被告との間に、本件残業手当を時間外労働等に対する対価として支払う旨の合意があったと直ちに推認することはできない。」
「また、本件残業手当は、運転手に対して、売上げの10%に相当する金額を支払うものであるから、労働時間の長短に関わらず、一定額の支払が行われるものであるし、本件残業手当として支給される金額の中には通常の労働時間によって得られる売上げによって算定される部分も含まれることとなるから、当該部分と時間外労働等によって得られた売上げに対応する部分との区別ができないものである。また、労働者の売上げに基づくものであるから、労働者の時間外労働時間の有無や程度を把握せずとも算定可能なものであり、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させようとする同法37条の趣旨に反するものであるといわざるをえない。」
「したがって、本件残業手当は、時間外労働等に対する対価として支払われるものとは認められない。」
3.運送業界における残業代の支払
本件に限らず、運送業界では、法適合性をそれほど意識しないまま、歩合的な金銭の支給と時間外勤務手当等の支払を混同している例が少なくないように思います。
裁判所が指摘しているとおり、売上の一定のパーセンテージを残業代だと強弁するような時間外勤務手当等の支払には問題があります。
心当たりがある方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、相談は、当事務所でお受けすることも可能です。