弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

幼少時に父親から性暴力を受けていても、セクシュアルハラスメントと鬱病・不安障害・適応障害・PTSDとの相当因果関係が認められた例

1.セクシュアルハラスメントと精神障害との相当因果関係

 この記事の表題を見た一般の方の中には、幼少時に父親から性暴力を受けていたら、セクハラを受けて鬱病等の精神障害(精神疾患)を発症しても、因果関係が否定されてしまうのかと不思議に思った方がいるかも知れません。

 素朴な法感覚に照らして違和感があるのは分かりますが、性暴力に限らず、幼少期に強い心理的負荷を受け、精神科での治療を必要とするような症状を抱えている方の場合、セクハラを受けてメンタルを崩したとしても、裁判所にメンタルが崩れたこととセクハラとの相当因果関係を認めてもらうことは、必ずしも容易ではありません。

 それは、メンタルが崩れたことに、個体側の要因(ストレスに対する脆弱性)が寄与している可能性が排除されないからです。法的な意味での因果関係(相当因果関係)があるといえるためには、単に「あれなければこれなし」という自然的な条件関係があるだけではなく、行為者に結果を帰責することが相当だといえる関係が必要になります。元々精神障害(精神疾患)を抱えていた方である場合、ハラスメントでメンタルを崩したとしても、ハラスメントに原因があることが確実だとはいえません。そのため、メンタルを崩したとしても、その結果をハラスメントの加害者に帰責することはできないというのが法律の世界でのオーソドックスな考え方です。

 こうした考え方は、精神障害の労災認定基準(令和5年9月1日付け基発0901第2号)にも反映されており、精神障害を業務上の疾病として取り扱うためには、原則として、

「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。」

が必要だとされています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、幼少時に父親から性暴力を受けていて、精神科での通院治療を必要とするような症状を抱えていながらも、職場のセクシュアルハラスメントとの間に相当因果関係が認められた裁判例が掲載されていました。昨日、一昨日と紹介させて頂いている、京都地判令元.6.28労働判例1302-49 学校法人A京都校事件です。

2.学校法人A京都校事件

 本件で被告になったのは、

学校教育を行うことを目的として、高等学校(本件学校)を設置、運営する学校法人(被告学校法人)、

本件学校の分室長及び学園本部の副校長の職に在った方(被告Y2 自主退職済み)。

の二名です。

 原告になったのは、本件学校のスクールサポーター、非常勤講師として勤務していた方です。本件学校には原告の夫も常勤講師として雇用されていました。当時、分室長であった被告Y2からセクシュアルハラスメントを受け、これによって鬱病・不安障害・適応障害・PTSDに罹患したと主張し、被告らに対して損害賠償を請求したのが本件です。

 この原告の方には、幼少時に父親から性暴力を受け、精神科での通院加療を必要とするような症状がありました。そのため、本件では、セクシュアルハラスメントと鬱病等の精神障害との間の相当因果関係が争点になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、相当因果関係を認めました。

(裁判所の判断)

・本件各行為とうつ病や不安障害との間の相当因果関係

「原告は、原告がうつ病にり患し、本件各行為との間に相当因果関係がある旨主張する。証拠・・・には、これに沿う部分がある。また、D医師の平成29年11月17日付け意見書・・・は、原告の症状について、現在ではPTSD及び解離性障害と診断するというが、この意見書は、適応障害、うつ病等についても、原告の症状のうち一つの局面をとらえたもので、PTSD及び解離性障害に包括されるものと述べるから、原告の上記主張を否定するとはいえない。」

「これに対して、被告らは、まず、原告の既往症を指摘し、原告の症状と被告Y2の行為との事実的因果関係を争う。」

確かに、前記認定事実・・・のとおり、原告には、幼少時に父親から性暴力を受けたなど、不快な出来事の記憶があり、精神科での通院治療を必要とするような症状があった。これらの病状が、原告のうつ病などの発生に寄与した可能性は否定できない。原告は、これらのカルテの診断について、治療目的で受診したのではなく、カウンセリングの勉強のため受診したという趣旨の主張をするが、Eクリニックでは12回の診察を受けるなど、複数回の診察を受けて診断を受けたものもあるから、実際にかなり深刻な症状があったと認めるのが相当であり、原告の上記主張は、採用できない。しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、原告が、本件各行為のかなり前である平成22年11月初旬から、本件行為(ア)などの後に平成24年5月10日にOクリニックを受診するまで、約1年半も、精神科の受診歴がない。本件全証拠によっても、平成22年11月初旬からOクリニックの初診時平成24年5月10日までの間に、明らかな器質的原因、精神症状及び他覚的所見が、いずれも認められない。また、本件各行為は、望まない身体的接触や性交渉という内容に照らし、原告にとって大きな心理的な負担であったと推認できる。そうすると、上記証拠中原告の主張に沿う部分は、いずれも信用することができるから、少なくとも、本件各行為と原告の不安障害、うつ病及び適応障害との間には、事実的因果関係があるといえる。

また、これらに加えて、前記・・・で認定した本件各行為の態様などをも踏まえると、本件各行為によって、うつ病、不安障害及び適応障害が通常生ずべきものと考えるのが相当といえる。

したがって、本件各行為とうつ病、不安障害及び適応障害との間には相当因果関係があるといえる。

・本件各行為と心的外傷後ストレス障害(PTSD)及び解離性障害との間の相当因果関係

「原告は、本件各行為によりPTSD及び解離性障害にり患したと主張し、証拠・・・には、これに沿う部分がある。被告らは、これを争い、原告がD医師の診察を受けていた時期の経過をみても、父親の性暴力等、被告らとは関係がないところでのストレスが大きく、仮にPTSDに該当するとしても、被告Y2の行為によるものではないと主張する。」

「まず、原告がPTSDにり患しているといえるかどうかにつき、前記認定事実・・・のとおり、D医師は、労災保険の関係では、原告の症状を『PTSD様の症状』と言い、診断名としてもPTSDとは記載していない。また、D医師のカルテ・・・には、少なくとも本件行為から半年後までの間には、フラッシュバックの明確な記載がない。」

「しかし、被告らの主張は、PTSDの要件該当性について、必ずしも強く争う趣旨とは解されない。証拠・・・によれば、D医師が診察した期間全体についてみれば、校長からの性交渉の場面が治療の中でたびたび現れること、過覚醒症状があること、部屋の中にそのとき着ていた服があると思うだけで耐えられないため捨てるなどの行為(ストレスの原因と関連した刺激の回避と考えられる。)が認められ、また、PTSDの要件に該当する現象が遅れてみられるものを遅延性という見解もあることなどを考慮すると、原告がPTSDにり患していることが認められるというべきである。」

「なお、原告が解離性障害にり患していることは、証拠・・・及び弁論の全趣旨により認められ、この認定を左右し得る証拠はない。」

「本件各行為と原告の症状との間の事実的因果関係については、前記・・・のとおり、既往症があるとしても、本件各行為の前に通院していない期間が約1年半あること、その間に特段の症状などが認められないこと、本件各行為の性質に照らし、認めるのが相当である。」

「被告らは、相当因果関係についても強く争う。」

確かに、原告の症状は、父親の性暴力等の成育歴が関与したもので、就労が困難になるのは、特別の事情による損害ということができる。

しかし、被告Y2は、原告が生徒の前で突然大声をあげるなどの行為をすることを知っていた。その時期については、本件行為(キ)が、原告が実際に働いた期間のおおむね最後の時期であることからすると、少なくとも本件行為(キ)よりは前であると推認できる。被告Y2は、本人尋問において、原告がたくさんの既往症を有していたことは夢にも思わなかったと供述しているが、上記のような状況からすれば、原告には精神的に不安定なところがあることは認識していたといえるから、原告が、望まない性交渉を含むセクハラにより強く傷つき、本件のような症状に至ることについての、予見可能性はあったと判断するのが相当である。

したがって、本件各行為と原告の症状との間には、相当因果関係があると認められる。

なお、素因を理由とする賠償の範囲の制限は、因果関係の判断としては相当でない。

3.素因減額を受けはしたが、相当因果関係が認められた

 本件では、

「原告には、父親の性暴力など幼少期のトラウマや解離障害などがある。そして、その内容及び原告の平成22年までの通院歴からすると、上記幼少期のトラウマ等は、原告の精神症状を悪化させた極めて重大な要因となっていると推認できる。」

「このような事実関係からすると、原告に現在生じている損害のかなりの部分は、原告の素因によると認められ、これによる損害を被告らに負担させるの、相当でない。、したがって、被告が賠償すべき弁護士費用を除く損害としては、過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用により、本件で請求されている損害については、4割を減ずるのが相当である。」

と4割の素因減額は受けました。

 しかし、相当因果関係が認められたことは、画期的なことではないかと思います。

 元々、精神的な脆弱性を抱えていた人が、セクハラ被害を受けた場合に、メンタルを崩しても損害賠償が制限されるというのは、踏んだり蹴ったりだといえます。本裁判例は、そうした被害者を救済したもので、実務上参考になります。