弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労務管理担当の執行役員(被用者)の存在は、代表取締役の取締役としての任務懈怠責任に影響を与えるか?

1.執行役員(被用者)に労務管理を任せていた

 会社法429条1項は、

「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 この条文に基づいて、過労死案件や過労自殺案件で会社の代表取締役・取締役個人の任務懈怠責任を追及すると、

労務管理担当取締役(労務担当取締役)が別にいるから、自分達は関係ない(労務管理は自分達の職務ではない、ゆえに自分達に責任はない)、

という趣旨の反論を寄せられることがあります。

 流石にこれで職務上の注意義務そのものがないと判断されることはありませんが、代表取締役や労務管理担当取締役と、それ以外の取締役とで、職務の内容が異なっていると判断されることはあります。

 例えば、熊本地判令3.7.21労働経済判例速報2464-3肥後銀行事件は、

代表取締役及び労務管理を所掌する会社の取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、上記会社の労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っているものと解される。また、代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、上記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っているものと解される」

と判示し、代表取締役・労務管理担当取締役と、それ以外の取締役とでは、注意義務の内容が異なると判示しています。

 前者の方が義務の内容としては重く、それ以外の取締役にとって、

「労務管理担当取締役が別にいる」

という主張は、責任を軽減する方向での意味合いを持ちます。

 それでは、

「労務管理担当執行役員(労務担当執行役員)が別にいる」

という主張が、取締役の任務懈怠責任との関係で何らかの意味を持つことはあるのでしょうか?

 執行役員は執行役とは異なります。

 執行役とは、会社法に根拠があり、取締役会によって選任され、指名委員会等設置会社の業務執行にあたる役職をいいます(会社法402条2項、会社法418条参照)。

 執行役は取締役を兼務することができ(会社法402条6項)、取締役と同様、会社に対する損害賠償責任、第三者に対する損害賠償責任を負います(会社法423条、429条)。

 これに対し、執行役員というのは、法令用語ではありません。会社法上の機関とされているわけではなく、各会社が任意に設ける役職で、多くの場合、就任しているのは単なる被用者(労働者)です。

 要するに、今日のテーマは、労務管理を担当する執行役員というポストを設け、そこに労働者を配置して労務管理を担当させた場合、その事実が取締役の任務を軽減する方向に作用することはありえるのかという問題です。

 一昨日、昨日とご紹介している、富山地判令5.11.29丸福石油産業事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.丸福石油産業事件

 本件で被告になったのは、

石油製品の販売業等を業とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告f)

の2名です。

 原告になったのは、

被告会社に雇用され、SS(サービスステーション)部の課長g

の遺族4名です(原告a、原告d、原告b、原告c)。

 gが自殺したのは、被告会社において過重な業務を強いられ、精神障害を発症したからであるとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 この事件の被告らは、

「gは上司の指示を受けることなく自らの判断で稼働していたもので、被告fは代理監督者に当たらない。被告fが代表取締役として包括的な指揮監督権を有していたことは認めるが、gがシフトに従わず自らの判断で稼働していたことからすれば、被告fに任務懈怠はない。また、被告会社の労務に関する職責と権限を有していたのは執行役員兼統括部長であったhである。」

と述べ、責任の所在を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告らの主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行なう権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。かかる義務は、使用者が雇用契約に付随して被用者に対して負う信義則上の安全配慮義務であるとともに、不法行為法上の注意義務をも構成するというべきである。」

「使用者である被告会社は、前記アの注意義務の内容として、労働者であるgに対し、従事する業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務、具体的には、労働時間や業務遂行の状況を把握した上で、過度の疲労や心理的負荷等が蓄積しないように労働時間や業務量の調整等を行う義務を負っていたというべきである。」

・被告fについて

「被告fは、令和元年当時、被告会社の代表取締役として、従業員の労働条件及び休暇の付与等業務全般を統括管理していた上、被告会社の規模は大きくはなく、労務担当の役員はいないこと、被告fは1か月に数回各店舗を巡回して従業員の様子をみており、勤務記録等でgの就業実態を把握していたこと及び被告fがgの上司であったことが認められる・・・。したがって、被告fは、使用者である被告会社に代わってgに対し業務上の指揮監督を行なう権限を有する者に当たるといえ、gに対し、被告会社が負う前記イの義務に従って当該指揮監督権限を行使すべき義務、具体的には、gの労働時間や業務遂行の状況を把握した上で、gに過度の疲労や心理的負荷等が蓄積しないように労働時間や業務量の調整等を行う義務を負っていたというべきである。また、当該義務は被告fの取締役としての善管注意義務をも構成するというべきである。」

なお、被告らは、被告会社において労務に関する職責と権限を有していたのは執行役員兼統括部長であったhであるとも主張するようであるが、前記に説示したところによれば、hの職制上の地位や権限にかかわらず、被告fは前記の注意義務を負っていたというべきである。

3.少なくとも代表者の任務を限定する意味はない

 肥後銀行事件では、

代表取締役・労務管理担当取締役

その他の取締役

というグループ分けをしているため、裁判所の判断の意義を考えることは、必ずしも容易ではありません。その他の取締役との関係において、労務管理担当執行役員(被用者)の存在が任務(職務)の内容を限定する意味を持ってくる可能性は否定できないからです。

 しかし、少なくとも、代表取締役との関係では、労務管理担当執行役員(被用者)を設けたところで、あまり意味がないと言ってよいのだと思います。

 当たり前のようにも思えますが、任務懈怠責任を追及すると、しばしば行われる「担当者は別にいる」という反論を排斥するにあたり、実務上参考になります。