弁護士 師子角允彬のブログ

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監査役に就任したら自動的に退職したことになるのか?

1.監査役と労働者性

 以前、

取締役に就任したら退職するという就業規則-これにより自動的に退職したことになるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。この記事の中で、就業規則に「取締役に就任したら退職する」と定められている会社で取締役になったとしても、必ずしも労働者としての地位を失うわけではない(自動的に退職したことにはならない)ことをお話しました。

 それでは、監査役になった場合はどうなのでしょうか?

 監査役に関しては、会社法335条2項が、

「監査役は、株式会社若しくはその子会社の取締役若しくは支配人その他の使用人又は当該子会社の会計参与(会計参与が法人であるときは、その職務を行うべき社員)若しくは執行役を兼ねることができない」

と規定しています。つまり、法令によって、従業員(使用人ないし労働者)との兼務が禁止されています。

 このような仕組みを考えると、監査役への就任は、即ち、労働契約の解消を意味するとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令4.4.14労働判例1299-38 パチンコ店経営会社A事件です。

2.パチンコ店経営会社A事件

 本件で被告になったのは、遊技場の経営等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、死亡した代表取締役Bの親族(Bの弟の双子の兄弟)です(原告①、原告②)。被告で勤務していたところ、減給処分を受け、その後、解雇されました。これを受けて、減給処分や解雇の無効を主張し、地位確認や未払賃金を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに、原告らと被告との間で労働契約が成立しているのかという問題がありました。特に、原告②は監査役に就任し、その旨の登記も経由していたことから、労働者といえるのかが争われました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告②は監査役就任後も労働者といえると判示しました。

(裁判所の判断)

「(1)原告らの業務遂行上の指揮監督関係の存否及び内容等」

「原告らは、被告の代表取締役の親族かつ部長として本件店舗の運営の中枢を担い、その業務内容や就労時間に関し、他の従業員らとは異なる権限や一定の裁量を有していたことはうかがわれるものの、前記・・・のとおり、少なくともCが経営に関与するようになった平成28年春頃までは、代表取締役であるBから指示を受け、その指揮監督の下に業務を遂行していたものと認められる。また、Aが代表取締役に就任した平成29年2月以降も、原告らは、前記・・・のとおり、担当する業務の内容についてAからの指示を受けてこれに従って業務を実施したほか、本件店舗内の事務所スペース及び金庫等へのアクセス並びに本件店舗への入構それ自体について、Aによる管理に服していたことが認められ、引き続き、代表取締役であるAの指揮監督の下に業務を遂行していたものと認められる。」

「この点、被告は、原告らが被告の実印や決算書類を自宅に持ち帰るなどした事情を指摘し、自らが事業主であることを認識していた旨主張する。確かに、原告②は、Bが本件店舗に出社しなくなった後、Aが代表取締役に就任するより前には、被告の実印や決算書類等を管理していたことが認められるものの、これらを原告らの自宅において保管していたと認めるに足る証拠はなく、単に、銀行や業者への支払対応など原告②の部長としての業務の遂行のために、これらを本件店舗内において管理していたにすぎないことがうかがわれる(原告②本人)上、前記・・・のとおり、Aが被告の代表取締役に就任した後には、社印や決算書類をAに引き渡していることが認められる。したがって、被告の上記主張は、採用できない。」

「(2)被告自身の原告らの扱い」

「前記・・・のとおり、被告は、Aの代表取締役への就任の前後を通じて、原告らに対し、『基本給』の名目での金員から租税を控除した上で、毎月定額の金員を支給するとともに、他の従業員と同様の書式で『給料支払明細書』を交付していた。また、前記・・・のとおり、被告は、原告らを部長職から解任するとともに、その給与を大幅に引き下げる本件各減給処分を、原告らの同意を得ず、かつ、株主総会決議等を経ることもなく、一方的に実施したものである。これらの事情からすれば、被告は、被告において勤務する原告らが被告の労働者であることを前提として対応していたと評価することができる。」

「これに対し、被告は、原告らの報酬額は、さほどの業務をしていなかったにもかかわらず、他の従業員の給与の額を大きく上回り、労務対償性が認められない旨主張する。しかし、原告らの勤務状況は、前記・・・のとおりであり、原告らの役割、業務の内容、時間帯を考慮すると、原告らが受領していた金員の額は、原告らの業務に見合うものとみることができる。したがって、被告の上記主張は、採用できない。」

「(3)原告②の監査役としての実態」

前記・・・のとおり、原告②は、平成10年3月18日に被告の監査役に就任したところ、被告は、原告②を一貫して監査役として扱った旨主張し、従業員らを解雇した際、原告②には解雇通知をしなかった旨指摘する。しかしながら、原告②の行っていた業務は、同就任の前後を通じて同・・・のとおりで変化はなく、監査役の権限である取締役の職務の執行の監査(会社法381条1項)とは評価し得ないものであって、他に監査役としての職務を遂行していたとはうかがわれない。加えて、同・・・のとおり、原告②に対する監査役報酬の金額が株主総会決議によって決められていたとはうかがわれないことや、原告②が監査役であることは従業員らからも認識されていなかったことからすれば、原告②の監査役としての地位は、実質を伴わない名目的なものであったというべきである。そして、解雇通知の送付について、他の従業員と取扱いを異にしたのは、単に、原告②が監査役として登記されていたという形式的な理由によるものといえる。したがって、被告の上記主張は、採用できない。

「(4)小括」

「以上によれば、原告らはいずれも、被告との間での使用監督関係の下で労務を提供していたと評価できるから、被告の事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者ということができ、労働契約法及び労働基準法が適用される労働者に該当し、原告らと被告との間には、労働契約が締結されたと認めることができる。

3.実質を伴わない名目的な監査役になっても労働者性は失われない

 以上のとおり、裁判所は、実質を伴わない名目的な監査役になったところで労働者でなくなるわけではないと判示しました。労働者性の有無は就労実体によって判断されるため、当然といえば当然ですが、労働者から監査役に就任した方の法律関係を考えるにあたり、参考になります。