1.有期労働契約における解雇理由「やむを得ない事由」
労働契約法17条1項は、
「使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において『有期労働契約』という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」
と規定しています。
この「やむを得ない事由」について、平24.8.10基発0810第2号「労働契約法の施行について」は以下のとおり記述しています。
「『やむを得ない事由』があるか否かは、個別具体的な事案に応じて判断されるものであるが、契約期間は労働者及び使用者が合意により決定したものであり、遵守されるべきものであることから、『やむを得ない事由』があると認められる場合は、解雇権濫用法理における『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合』以外の場合よりも狭いと解される」
要するに、有期労働契約の解約(解雇)は滅多なことでは認められないくらい厳格に理解されるということです。
近時公刊された判例集にも、このことがうかがわれる裁判例が掲載されていました。東京地判令7.1.31労働判例ジャーナル160-40 医療法人財団明理会事件です。
2.医療法人財団明理会事件
本件で被告になったのは、複数の病院等を経営する医療法人財団です。
原告になったのは、複数の病院で勤務していた医師の方です。令和4年3月26日、
令和4年4月19日から3か月間、
祝日を除く毎週火曜の午前9時から午後5時30分まで
新型コロナワクチンの接種問診業務を行う、
という有期労働契約を締結しました(本件雇用契約)。
しかし、被告は、令和4年4月1日、原告に対し、被告病院の都合により5月以降の定期勤務を一度キャンセルしたいと告げました。
これが解雇であるとして、原告は、被告に対し、未払賃金等の支払を求める訴訟を提起しました。
キャンセルについての被告の主張は、次のとおりです。
(被告の主張)
「被告は、被告病院において同年3月時点で使用していたDワクチンは、自治体からの供給量が安定せず、同年4月以降の配送の見通しが不明確であったことから、同月以降は供給量がより安定していたFワクチンに変更することとした。その結果、予約者数が激減し、被告は、同年5月以降に原告が担当予定であったコロナワクチンの接種外来を行うことはできないと考えたため、同年4月1日、原告に対し、本件雇用契約の一部キャンセルの申入れをした。」
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇は無効だと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告病院においては、令和4年3月中まではDワクチンによるコロナワクチンの接種業務を行っており、同月23日以降は、被告病院の隣のビルで接種業務を行うこととし、1日に280~288名と従前の約3~4倍の対象者に接種を行うことを予定した。・・・」
「同年2月ないし3月頃には、国から供給されるDワクチンの量が減り、Fワクチンの量が増えた。被告病院は、同年3月16日、管理職によるワクチン会議を開催し、同月中の予約者数を確認した上、同日から同月27日までの間に、同年4月以降は使用するワクチンをFワクチンに変更する旨を決定した。・・・」
「Fワクチンについては、令和3年以降、腕が赤くなる副反応が起きることが広く知られ、令和4年になると、同副反応を敬遠して、Fワクチンの接種予約率は低調な一方、Dワクチンの接種予約は取りにくい状況にあることが報道された。・・・」
「被告病院の担当秘書は、同年3月26日、原告に対し、本件雇用契約の締結の申込みをし、原告が承諾したことから、本件雇用契約が成立した。その際、担当秘書は原告に対し、医師1名で1日約270~300名の対応をする予定であり、Fワクチンを接種する旨を伝えた。・・・」
「被告病院の担当秘書は、同年4月1日、原告に対し、〔1〕被告病院の都合により、同年5月以降の定期勤務を一度キャンセルしたい旨、〔2〕背景としては、同年4月より使用するワクチンをDワクチンからFワクチンに変更し、同月の予約者数が多くても1日約数十名に激減したことや、ワクチンの入荷予定も未定となったため、管理者の会議で5月のワクチン実施が未定となった旨、〔3〕同年5月以降のワクチンセンターの稼働が決まり次第、連絡する旨、〔4〕今後、スポット勤務で協力してほしい旨をメールで連絡した。・・・」
(中略)
「被告の就業規則14条1項6号においては、有期雇用職員の解雇事由として、『天災事変その他やむを得ない事由により、当施設の事業の継続が不可能になり、事業の縮小、廃止をするとき』と定められている・・・。」
「しかし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、同年4月のFワクチン接種の予約者数は被告が本件雇用契約を締結した同年3月26日から解雇の意思表示をした同年4月1日までの間に増加しており、その間に同年4月以降のコロナワクチンの接種予約者数が激減したと認めるに足りる証拠はない。」
「また、上記数日の間に、Dワクチン及びFワクチンの予定供給量が変更されたことを認めるに足りる証拠もない。」
「認定事実・・・及び証拠・・・によれば、被告は、同年3月23日以降は、従前の約3~4倍の対象者にコロナワクチンを接種できる会場を準備し、同月26日の本件雇用契約締結時は、1日約270~300名にFワクチンを接種することを想定して原告を非常勤医師として雇用したが、実際は、同年4月の予約者数は1日数十名にとどまったため、同年5月以降のワクチン接種業務の予定が未定となったものと認められる。被告は、同年4月以降の予約者数は従前と変わらないものと予測して本件雇用契約を締結したが、報道を見れば、DワクチンからFワクチンへの変更に伴い、接種予約者数が減ることは予測できたというべきである・・・。また、仮に被告が主張するように接種予約者数の増減を予測することが極めて困難であるならば、雇用期間を3か月とせずに1日単位にすることも可能であった。」
「前記・・・によれば、『天災事変その他やむを得ない事由』(就業規則14条1項6号)により、被告病院において同年5月以降のワクチン接種業務の継続が不可能になったものとは認められず、被告による解雇にやむを得ない事由(民法628条、労働契約法17条1項)があるとはいえない。」
「そのほか、被告による解雇に上記やむを得ない事由があることを裏付ける事情は認められない。」
「したがって、被告による解雇は無効であり、被告は解雇を理由に原告の就労を拒絶したことから、原告が本件休業日に休業したのは被告の責めに帰すべき事由(民法536条2項前段)によるものと認められる。」
「よって、原告は、被告に対し、本件休業日について賃金請求権を有する。」
3.予測可能だったのであれば解雇はダメ
本件で興味深く思ったのは、
報道から接種予約者数が減ること(需要減)は予測できたはずだ、
との理屈で「やむを得ない事由」を否定している点です。
予見可能性という要素が解雇の可否にどのように影響するのかということは、あまり良く分かっていません。予見ができようができまいが現に仕事がないのであれば整理解雇する必要性は認められるという考え方や、予見できなかったとしても配転等の解雇回避措置が不可能であれば解雇回避努力を尽くしていないとはいえないという考え方もなくはありません。
しかし、裁判所は、
需要減は予測できたはずだ、
予測不可能なら日雇いという選択をとることもできたはずだ、
という使用者側の採用上の落ち度を理由に、解雇を無効だと判示しました。
裁判所の判断の背景には、有期雇用だという本件の特徴もあったのかも知れませんが、使用者側の採用上の落ち度を解雇の可否と結びつけるという判断は注目に値します。実務上、採用計画自体が無茶だったのではないかと思う解雇事例(採用から数か月後に事業所の閉鎖を決め、それに伴い採用した労働者を解雇する)を見ることがあります。この採用上計画自体が無茶だったパターンを解雇の可否との関係でどう位置付けるのかという問題がありました。本裁判例は、使用者側の採用上の落ち度を解雇の可否と結びつける根拠として活用できそうに思います。