弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

中途採用者であっても、事前の指導の欠如が重視されて解雇が無効とされた例

1.事前の注意・指導、改善の機会の付与

 勤務態度の不良を理由とする解雇の可否を判断するにあたり、

事前に注意・指導がなされているのか、

改善の機会が付与されていたのか、

が重視されるという言説があります。

 これは一面において正しいのですが、必ずしも全ての場合にあてはまるわけではありません。例えば、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁には、次のように記載されています。

「長期雇用システムの下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績・態度不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになる。他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で中途採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったといえる場合には、労働契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分であったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになると考えられる。

 このように勤務態度不良を理由とする中途採用者の解雇の場面では、事前の注意・指導の持つ意味合いは相対的に弱くなると理解されています。

 しかし、近時公刊された判例集に、中途採用者に対する解雇でありながら、事前の指導の欠如が重視されて解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。岐阜地多治見支判令5.10.25労働判例ジャーナル143-26 甲社事件です。

2.甲社事件

 本件で被告になったのは、野菜の小売業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、令和2年7月21日、雇用期間の定めなく、年俸600万円で雇用された方です。

 この方が、令和2年7月21日に雇用された経緯は、次のとおり認定されてます。

「原告は、大学卒業後、平成4年4月に乙銀行に入社し、企画部秘書室に配属され、約20年間勤務し、その後、平成24年11月から丙社に入社し、経営企画室社長秘書に就任し、平成28年12月から丁社に出向していた・・・。」

「被告代表者は、令和2年3月、丙社の会長と面談する際に知り合った同人の秘書であった原告を面接し、被告で採用することした・・・。」

「原告は、令和2年7月20日、丙社株式会社を退社し・・・、翌21日、被告に入社し、従事すべき業務を生産管理として、被告本社で勤務を開始した・・・。」

 しかし、令和3年3月1日付けで、次のような事由があるとして普通解雇されました。

「ア 原告は、令和2年10月、養老生産センターの責任者であるC・・・に対し、同施設稼働前に見学を求めた・・・。」 

「イ 原告は、令和2年12月1日、養老生産センターの稼働のための引越作業の最中に、遅刻して出勤し、挨拶もせずにCに自己の席を尋ねた・・・。」

ウ 原告は、養老生産センターにおいて、従業員一人当たり1個のロッカーが与えられる中、無断で2個のロッカーを使用し、また、被告が使用を義務付けて配布していたサンダルを使用しなかった・・・。」

「エ 原告は、養老生産センターのパート従業員からのあいさつを無視した・・・。」

「オ 原告は、昼休み前に食事をし、勤務時間中に職務をせずに被告の携帯電話で電話をしていた・・・。」

「カ 原告は、被告の人事担当者を叱責した・・・。」

「キ 原告は、養老生産センターのD課長に車で自宅まで迎えに来させた・・・。」

「ク 原告は、養老生産センターの工場長である被告執行役員E・・・の指示を無視し、同人が指定した工事業者ではなく、原告の知古の工事業者を利用しようとした・・・。」

「ケ 原告は、被告代表者には媚びるが、被告の他の社員を見下し、同社員の話を聞かず、高圧的な態度をとった・・・。」

「コ 原告は、令和2年11月3日には被告支配人のFから指導を受け、令和3年1月26日は被告代表者から指導を受け、同年2月5日は被告総務部長G・・・から改善指導書・・・に基づく指導を受けたが、各指導を受入れなかった・・・。」

 これを受けて、原告の方は、解雇の効力を争い、被告を相手取って、労働契約上の地位の確認と呻吟の支払を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、ア、イ、エ、カ、キ、クの事由が認められないとしたうえ、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告には、解雇事由ウの養老生産センターにおいて2個のロッカーを使用したこと及び従業員用のサンダルを使用しなかったこと、解雇事由オの昼休み前に食事をし、勤務時間中に被告の携帯電話で電話していたこと、解雇事由キの原告がD課長に自宅まで車で送迎されたこと、解雇事由ケの被告代表者に媚びるが、他の被告の社員を見下し、同社員の話を聞かず、高圧的な態度をとったこと、解雇事由コの被告支配人Fから被告代表者への上申の仕方について指導を受け、Gから本件指導書を読み上げられたことが認められる。」

「上記解雇事由キについて上記・・・のとおり、原告がD課長に送迎を命じたと認められないことからすれば、そもそも被告の主張するような就業規則上の解雇事由に該当するとはいえない。上記解雇事由ウ及びオについては、本件証拠上、被告から原告に対する指導があったと認められない。また、上記解雇事由コについても、Gが原告に対して本件指導書を読み上げたにとどまり、被告から原告に対して直接具体的な指導が行われたとは認められない。

「以上によれば、上記解雇事由ケを考慮したとしても、その余の認められる解雇事由について被告から原告に対して改善のための指導が行われたと評価できない中、認定事実・・・のとおり、原告は被告代表者から退職勧奨を受け、その後本件解雇に至っていることからすれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いているといえるのであり、社会通念上相当であると認められないので、その権利を濫用したものとして、無効である(労働契約法16条)。」

3.中途であっても、事前の指導もなく短期間で解雇することは難しいのではないか

 雇用契約の締結に至る経緯をみると、本件の原告は、一定の能力を前提に高水準の給与で中途採用された方と言っても良いように思います。

 しかし、裁判所は、事前の指導の欠如を再三に渡って指摘し、解雇の効力を否定しました。裁判所の考え方は想像するよりほかありませんが、やはり中途とはいえ、

事前の注意・指導もなく短期間(令和2年7月21日雇用~令和3年3月1日解雇)で見切りをつけるのはあまりにも酷ではないか、

指導してから改善したかどうかを判断するまでは、もう少し時間をかけても良いのではないか、

といった考慮があったのではないかと思います。

 事前の指導の欠如が持つ意味合いは事案毎に異なります。必ずしも全ての中途事案で重視されていないわけではありません。解雇に納得できない場合、あまり悲観的になることなく、取り敢えず、弁護士のもとに相談に行ってみてはどうかと思います。もちろん、当事務所で相談をお受けすることも可能です。悲観/楽観の判断をするのは、法専門家のもとに相談にった後からでも、決して遅くはありません。