1.代表者・上長との挨拶ができなくなる
勤務先会社の代表者や上長との関係性が悪化すると、職場で挨拶を交わすことがなくなりがちです。挨拶をしても無視されたり、代表者や上長の意向を忖度した同僚の態度が冷たくなったりするからです。労働者の側から何となく声を掛け辛くなるという場合もあります。
解雇するという意思決定が先行して労働者に対する態度が冷淡になり挨拶ができなくなっていくのか、関係が悪化して挨拶ができなくなりますます職場で浮いて解雇に至るのかは事案によりますが、解雇事件で労働者のコミュニケーション能力の不足を基礎づける事情として挨拶をしないことが指摘される場合があります。
それでは、このように職場で挨拶をしないことは解雇理由になるのでしょうか?
昨日ご紹介した大阪地判例4.6.27労働判例ジャーナル129-42 栄大號事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.栄大號事件
本件で被告になったのは、麺類の製造・販売等を業とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、営業部長の肩書で麺の配送等の業務に従事していた方です。
従前、賃金として月額38万円が支払われていましたが、平成26年9月に賃金が減額され、従前431万円程度あった年収が平成27年度以降、148万2000円~296万2000円にまで落ち込みました。
被告から令和2年12月31日付けで解雇されたことを受け、原告の方は、被告に対し、
解雇無効を理由とする地位確認等、
賃金減額の無効を理由とする未払賃金の支払、
を求める訴えを提起しました。
本件の被告は、解雇理由として8項目を掲げました。その中の一つに、
コミュニケーションがとれないこと(挨拶をしても無視される等)
がありました(解雇事由〔7〕)。
この解雇理由について、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由としての客観的合理性、社会通念上の相当性を否定しました。
(裁判所の判断)
・解雇事由〔7〕(コミュニケーションがとれないこと)について
「被告は、約3年前に、複数の従業員から、原告に挨拶をしても無視されコミュニケーションがとれないことを聞いた旨主張し、被告代表者もこれに沿う供述をする。」
「この点については、原告も、被告代表者とはお互いに挨拶をしない旨供述しており、また、従業員とは挨拶をする人も挨拶をしない人もいる旨供述していること・・・からすれば、原告が被告の従業員に対して挨拶をしないことがあったと認められる。」
・解雇の合理性、相当性について
「解雇事由〔1〕から〔4〕、〔6〕及び〔8〕がいずれも認められないことは既に説示したとおりであるが、その点をさておき、仮に、解雇事由〔1〕から〔8〕(ただし、〔5〕は欠番)のような事実があったとしても、そのことをもって、直ちに、本件解雇が有効となるものではなく、本件解雇が有効であるというためには、解雇することが客観的に合理的で、社会通念上相当といえることが必要である。」
「まず、事実が認められる解雇事由〔7〕についてみると、原告が、ほかの従業員に対して挨拶をしていないとしても、そのことをもって、直ちに、原告が仕事上必要なコミュニケーションがとれないことと同視できるものではなく、また、原告の態度が原因となって、被告の業務の遂行に支障が生じていたことや、被告が原告に対して繰り返し注意をしたにもかかわらず、原告が態度を改めなかったというような事情を認めるに足りる証拠もない。」
「また、ほかの解雇事由についてみても、その中には、客観的に見ればそれほど問題性が高くない行為も含まれており、解雇事由として客観的に合理的とはいい難いものもある。」
「さらに、解雇事由〔1〕から〔8〕(ただし、〔5〕は欠番)のような問題行動があれば、被告とすれば、原告に対して、注意・指導して是正しようとすることが想定され、また、解雇事由〔1〕から解雇事由〔8〕(ただし、〔5〕は欠番)の内容に照らせば、そのようにするべきであり、特に、解雇事由〔1〕や解雇事由〔8〕のように極めて長期間にわたっていたのであれば、まずは、長年の慣行を改めることも必要である。ところが、本件において、被告が、原告に対して注意・指導したこと、原告が注意・指導を受けたにもかかわらず態度を改めなかったことなどをうかがわせる事実を認めるに足りる証拠はない。」
「以上からすると、仮に、本件解雇事由〔1〕から〔8〕(ただし、〔5〕は欠番)が認められたとしても、本件解雇が客観的に合理的で、社会通念上相当であるということはできず、本件解雇は、解雇権を濫用したものとして無効である。」
3.相互に挨拶しない程度のことであれば問題ない
本件は分かりやすい例ですが、コミュニケーション上の問題を理由とする解雇事案にでは、使用者側で業務遂行上の支障について十分に検討されていない例が散見されます。指摘するまでもありませんが、仕事で要求されるコミュニケーション能力と、日常生活で周囲と上手くやるためのコミュニケーション能力とは異なります。私生活で友人が豊富にいるからといって仕事ができるとは限りませんし、仕事ができる人が私生活で友人に囲まれた生活を送っているというわけでもありません。
解雇理由としてのコミュニケーション上の問題についていうと、
労働契約において求められているコミュニケーション能力がどういうものなのかがきちんと定義されたうえ、
コミュニケーション上の問題、業務上の支障が具体的に記述され、
両者に明確な結びつきが認められる場合でなければ、
大して警戒する必要はありません。日常生活の延長線的な感覚で、ただ単に挨拶をしないからコミュニケーションに問題がある言われたところで、本件のように裁判所から一蹴されるのが関の山であるように思われます。
孤立して解雇を言い渡されたというだけであれば、その解雇は法的に十分争う余地があります。それほど悲観的になる必要はありません。