弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

交際していた女子学生の修士論文の盗用を理由とする副学部長解任処分・大学院の科目担当を当分の間認めない処分は司法審査の対象になるか?

1.論文の盗用を争点とする処分は司法審査の対象になるのか?

 昨日、交際していた女子学生の修士論文を盗用した指導教授が、大学から停職3か月の懲戒処分を受けた裁判例を紹介しました(大阪地判令6.1.11労働経済判例速報2541-18 学校法人関西大学事件)。

 この大学教授は、懲戒処分を受けるだけではなく、

教授会から副学部長解任処分、

大学院▢研究科(本件研究科)の研究科委員会から科目担当を当分の間認めない処分

も受けました。

 学校法人関西大学事件では、懲戒処分の適否だけではなく、これら、

副学部長解任処分、

科目担当を当分の間認めない処分

の可否も争われました(まとめて「本件教授会等処分」といいます)。

 しかし、論文盗用を理由とする本件教授会等処分は、司法審査の対象とすることができるのでしょうか?

 裁判所に持ち込める事件には幾つかの制約があります。

 一つは、「法律上の争訟」という問題です。

 裁判所に持ち込める事件は、「法令を適用することによって解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争」である必要があります。「法令の適用によって解決するに適さない単なる政治的または経済的問題や技術上または学術上に関する争は、裁判所の裁判を受けうべき事柄ではない」と理解されています(最三小判昭41.2.8民集20-2-196参照)。

 もう一つは、「部分社会の法理」と言われている問題です。

 最三小判昭52.3.15民集31-2-234は、

「大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究とを目的とする教育研究施設であつて、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有し、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているのであるから、このような特殊な部分社会である大学における法律上の係争のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象になるものではなく、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は右司法審査の対象から除かれるべきものである」

と判示しています。

 盗用かどうかは学術上の判断が関係しますし、副学部長を誰にするのか・誰に大学院の科目担当を委ねるのかは大学が自律的に決めるべき事項という見方もできます。

 学校法人関西大学事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人関西大学事件

 本件で被告になったのは、関西大学等を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、教授の職位にあった方です。職員研修制度により、大学院の博士課程前期課程の院生となったAの指導教員として、修士論文作成を指導していました。また、原告の方はAとは交際関係にありました。

 作成した単著論文(本件論文)の約70%の表現が、Aの作成した修士論文(先行論文)の表現と同一であったにもかかわらず、先行論文を引用した旨の表示がなかったとして、原告の方は、停職3か月の懲戒処分などのペナルティを受けました。

 また、これに加え、教授会から副学部長の解任処分、大学院の研究科から科目担当を当分の間認めない処分も受けました(本件教授会等処分)。

 原告の方は、懲戒処分の無効確認等を求めるとともに、本件教授会等処分が不法行為に該当するとして、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 事柄の重大さから原告の請求は全部棄却されましたが、裁判所は、本件教授会等処分の有効性について、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「大学には、学問の自由を保障するために大学の自治が認められているところ、このような大学の自治を担う中心的組織は教授会(学校教育法93条)と解される。本件学部は、本件教授会規程・・・により、教授会の審議、議決事項として、学部長の選出、副学部長の承認、教員の任用及び昇任その他人事に関する事項等を定めている・・・。また、被告は、関大に大学院(同法97条)及び研究科(同法100条)を設置し、本件大学院学則により、各研究科に研究科委員会を設置することを定めているところ・・・、大学院における研究科委員会は、大学院の自治を担う中心的組織と解され、その審議、議決事項として、授業科目担任に関する事項等が定められている・・・。」

「このように、本件教授会は、人事事項等について自主的な判断を行い、本件研究科委員会は、授業に関する事項について自主的な判断を行うことになっており、これらの判断を尊重することが大学の自治の趣旨に沿うものであるから、本件教授会や本件研究科委員会は、上記各審議、議決事項について広範な裁量権を有しているものと解するのが相当である。もっとも、上記各裁量権も純全たる自由裁量ではなく、上記各審議、議決が、裁量権の範囲を逸脱又は濫用した場合には、無効になると解するのが相当である。

(中略)

「原告は、『盗用』という研究活動における特定不正行為に該当する重大な行為に及んで本件懲戒処分を受けたものであるから、副学部長を解任されてもやむを得ないというべきであり、本件教授会の裁量権の行使として合理的かつ相当なものということができる。」

(中略)

「原告は、『盗用』という重大な不正行為に及び、その『盗用』の対象は自身が指導教員を務めた大学院生の修士論文であったから、大学院における科目担当を当分認めない処分を受けてもやむを得ないというべきであり、本件研究科委員会の裁量権の行使として合理的かつ相当なものということができる。」

3.広範な裁量はあっても司法審査の対象にはなる

 上述のとおり、裁判所は、大学側の広範な裁量権を認めながらも、本件教授会等処分が司法審査の対象になること自体は認めました。

 本件は措くとして、現実には「盗用」と言い切れるのか微妙なケースがないわけではありません。微妙なケースでは大学側の裁量が認められることが多いとは思いますが、「盗用」の疑いをかけられた研究者に対し、司法的救済の余地を残す判断が示されたことは、意義のある判断だと思います。

 この点でも、本件は、大学に関連する事件を扱う弁護士にとって、実務上参考になります。