弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

研究不正に対する調査協力義務

1.研究不正に対する調査確認義務

 弁明の機会が付与されることは、

「就業規則等にその旨の規定がない場合でも、事実関係が明白で疑いの余地がないなどの特段の事情がない限り、懲戒処分の有効要件である」

と解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令3〕559頁参照)。

 ただ、弁明は飽くまでも権利であり、その機会は行使しないこともできます。実際、弁明を行ったところで、弁解潰しにしか使われないことが予想される場合、敢えて弁明の機会は行使せず、訴訟提起したうえで、懲戒事由に関する使用者の事実認定の誤りを徹底的に問題にして行くこともあります。

 しかし、研究不正の場合、様相が異なります。

 例えば、文部科学省の

「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて 研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書」

には、

「調査委員会の調査において、被告発者が告発に係る疑惑を晴らそうとする場合には、自己の責任において、当該研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたこと、論文等もそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならない。

と規定されいています。

4 告発等に係る事案の調査:文部科学省

 つまり、一般的には疑惑を晴らすための権利として理解される弁明の機会が、アカデミズムでは説明責任・説明義務として位置付けられています。

 この説明責任・説明義務はかなり重要な義務で、履行しないことが懲戒解雇などの致命的な処分を有効にしてしまうこともあるため注意が必要です。

 近時公刊された判例集にも、そのことがうかがえる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、前橋地判令4.4.26労働判例ジャーナル127-52 国立大学法人群馬大学事件です。

2.国立大学法人群馬大学事件

 本件で被告になったのは、群馬県内に所在する国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の大学院保健学研究科教授として勤務していた方です。4編の論文の不正に関与したことなどを理由として被告から懲戒解雇されたことを受け、懲戒事由の存在等を争い、雇用契約上の地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 この事件では、研究不正に対する調査協力義務違反や、論文の取下げ勧告に従わなかったことも懲戒解雇事由として指摘されました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が被告規範委員会による本件論文における生データ等の提出要請に対して正当な理由なくこれに応じなかったことは、不当に調査を妨害したものといわざるを得ず、重大な非違行為である旨の主張をする。」

「この点について、上記・・・で認定したところ並びに証拠・・・によれば、

〔1〕本件ガイドラインによれば、調査委員会の調査において、被告発者が告発に係る疑惑を晴らそうとする場合には、自己の責任において、当該研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたこと、論文等もそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならないこと、

〔2〕論文の著者は、論文の任意の箇所の正確性や誠実さについて疑義が指摘された際、調査が適正に行われ疑義が解決されることを保証するため、研究のあらゆる側面について説明できることに同意している必要があること、

〔3〕その中でも、責任著者は、単に対外的な窓口としての役割だけでなく、論文の各部分の科学的信頼性を吟味し、論文全体の科学的な信頼性について最終的な責任を負うことをその本質的な役割としていること、

〔4〕被告規範委員会が、原告に対し、本件論文の生データ等の提出を求めたのに対し、原告がこれに応じなかったこと

がそれぞれ認められ、これらの事実に照らせば、原告は、本件論文の責任著者として、自己の責任において、本件論文の不正行為に係る告発の疑惑を晴らすため、その研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたものであること等を科学的根拠をもって説明する義務があり、その一環として、本件論文における生データ等の提出の求めに応じる義務があると認められる。それにもかかわらず、上記のとおり、原告は、正当な理由なく本件論文における生データ等の提出を怠っているのであるから、原告のこの行為は、調査協力義務に違反したものというべきである。

(中略)

「原告は、本件図表は、本件論文の結論に直結する部分ではないから、その義務違反の程度は低く、これを理由に懲戒解雇とすることは社会通念上相当ではない旨の主張をする。」

「しかし、本件記録を見ても、本件図表の不正が本件論文の結論に直結しないことを積極的にうかがわせる証拠は見当たらない。また、仮に本件図表が本件論文の結論に直結しないとしても、上記・・・で認定したところによれば、

〔1〕研究者コミュニティは全体として、各研究者から公表された研究成果を厳正に吟味・評価することを通じて、人類共通の知的資産の蓄積過程に対して、品質管理を徹底していくという責務を遂行しなければならないこと、

〔2〕論文の著者は、論文の任意の箇所の正確性や誠実さについて疑義が指摘された際、調査が適正に行われ疑義が解決されることを保証する必要があること

がそれぞれ認められ、これらの点に照らせば、本件図表の正確性や誠実さが保証されていることを前提として、本件論文の発表後に各研究がさらに蓄積されていくといった性質を有することが推認されるところ、その正確性や誠実さに疑義がある本件図表に係る調査協力義務や本件論文の取下げをすべき義務の違反は、本件図表が本件論文の結論に及ぼす影響の多寡にかかわらず、上記の知的資産の蓄積過程に対し悪影響を与えるものであって、これを過小に評価することは相当でなく、その違反の程度が小さいものということはできない。以上によれば、いずれにしても原告の上記の主張は採用することができない。

「そして、上記・・・で認定及び判断をしたとおり、責任著者は、単に対外的窓口としての連絡役を担っているだけではなく、論文の各部分の科学的信頼性を吟味し、論文全体の科学的な信頼性について最終的な責任を負うことをその本質的な役割としているのであり、上記の調査協力義務や本件論文の取下げをすべき義務の違反に係る責任は相応に大きいものといわざるを得ず、これのみで本件懲戒解雇の理由として十分であるというべきであるから、本件懲戒解雇は社会通念上相当であって、原告の上記の主張は採用することができない。

3.調査協力義務違反は致命傷になる?

 以上のとおり、裁判所は、研究不正に対する調査協力義務違反、論文の取下げ義務に係る責任は、それだけで懲戒解雇の理由として十分であると判示しました。

 大学には独特のルールがあり、一般私企業での感覚をそのままあてはめると、思わぬところで足元を掬われる可能性があります。

 大学に関する事件を扱う場合、ユニークルールの一つとして、調査協力義務違反が深刻な結果を招く例もあることには、留意しておく必要があります。