弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分に先立つ自宅待機命令(出勤停止命令)と賃金支払の要否-就業規則の定めのある場合

1.懲戒処分に先立つ自宅待機命令

 実務上、懲戒処分の前段階として、事実調査等を行う際に、処分予定者が職場内に存在することにより調査に支障が生じること等を回避するため、処分確定までの一定期間、自宅待機を命じられることがあります。

 その法的性質には、

自宅待機するという業務が命じられているという理解と、

使用者による労務提供の受領拒絶という理解との

二通りの考え方があります。

 前者である場合、労務提供が履行されている以上、待機期間中の賃金は全額支給されることになります。後者の場合、賃金支払の要否は、労務提供の受領拒絶が使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるといえるのかが問われることになります。ただ、使用者の責めに帰すべき事由によらないといえるのは、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存する場合に限定されると理解されています(以上、第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕209-210頁参照)。

 それでは、この危険負担法理による処理は、就業規則によって、

「懲戒審査中、その出勤を停止することができる。」

「出勤停止中の給料は〇割を計算して支給する。」

といった定めが置かれている場合にも適用されるのでしょうか?

 こうした規定を置くことにより、給料を支給しないでもよい場面を拡大することが許されるのかという問題です。この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.4.13労働判例ジャーナル114-38 JTB事件です。

2.JTB事件

 本件で被告になったのは、旅行業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結した方です。経費の不正受給が疑われ、その調査に伴う出勤停止を経て、不適切な出張旅費の受給や会議打合せ費・交際費の不正使用をしていたとして、諭旨退職処分を受けました。

 原告は諭旨退職処分に納得せず、退職届を提出しなかったため、懲戒解雇されました。これに対し、懲戒解雇の無効を理由に、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、懲戒解雇の効力のほか、調査に伴う出勤停止期間中の賃金支払の要否も問題になりました。被告の就業規則には、次のような定めがあり、出勤停止期間中、被告は原告に対して賃金の一部しか支給しなかったからです。

「第118条 所属長は所属員の不正事故を確認した場合は、事故内容調査中及び懲戒審査中、その出勤を停止することができます。

2 出勤停止中の給与は、月収の日割り賃金×出勤停止日数×6割を計算して支給します。

3 懲戒処分が停職以下に決定した場合または不問となった場合は、出勤停止中減額した給与は補給します。」

 裁判所は、懲戒解雇は有効だと判示しましたが、出勤停止期間中の賃金支払の要否については、次のとおり述べて、被告に不足額部分の支払いを命じました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実のとおり、被告は、本件諭旨退職処分に先立ち、原告に対し、平成31年1月16日から出勤停止を命じ(本件出勤停止命令)、同日から本件懲戒解雇までの間、月額賃金77万2000円のうち、同年2月分は26万2480円、同年3月分は46万3200円だけを支払い、また、同年4月1日から本件懲戒解雇日である同月10日までの給与については支払わなかった(2月分給与の未払額50万9520円、3月分給与の未払額30万8800円、4月分給与の未払額25万7333円(77万2000円÷30日×10日)。未払額合計107万5653円)。」

被告は、上記給与未払について、原告が長期間・多数回に及ぶ不正受給を行っており、その態様等も考慮すると出勤させた場合には証拠隠滅等のおそれがあったことから、出勤させなかったものであり、原告による労務の提供を拒んだことについて「債権者の責に帰すべき事由」(民法536条2項)があるとはいえず、被告には本件出勤停止命令以降の賃金の支払義務はないと主張する。

しかしながら、前記・・・の認定事実及び証拠・・・によれば、本件の不正受給に係るゴルフの相手方や、不正受給に当たって飲食等の相手方と偽って申請された者は、たびゲーター社外の者であり、原告がたびゲーター社に出勤したとしても、自宅待機の場合に比べて、口裏合わせ等の証拠隠滅等のおそれが高まるとは考え難い。本件で、原告の出勤を禁止しなければならない差し迫った合理的な理由があったとまでは認め難いといわざるを得ない。本件出勤停止命令は、本件不正受給の調査やこれに関する懲戒審査の円滑な遂行、職場秩序維持の観点から執られたものではあるものの、なお被告の業務上の都合によって命じられたものというべきであり、被告は、本件出勤停止命令後も賃金支払義務を免れないというべきである。

3.危険負担法理の排除が主張されなかった事案ではあるが・・・

 本件の被告は、出勤停止期間中の賃金支払の要否について、

「被告は、原告が長期間・多数回に及ぶ不正受給を行っており、その態様等も考慮すると出勤をさせた場合には証拠隠滅等のおそれもあったことから、原告を出勤させなかったものであり、原告による労務の提供を拒んだことについて『債権者の責に帰すべき事由』(民法536条2項)があるとはいえず、本来、本件出勤停止命令以降の賃金の支払義務はないものである。それにも関わらず、被告は、原告に対し、休業手当相当の賃金の6割相当額を支給したものであり、賃金の未払はない。」

と主張していたとされています。

 裁判所の主張整理を見る限り、

就業規則118条に基づく措置であり、民法536条2項の適用が排除される、

という主張は明示的にはされていなかったように見えます。

 その点は差し引いて考える必要はありますが、賃金の一部を支給しないことについて就業規則上の根拠のある場合においても、賃金支給の要否を民法536条の枠組のもとで判断したことは、同種事案の処理にあたり、活用できる可能性のある判示だと思われます。