弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労務提供の受領拒否の撤回が認められなかった例(その解雇撤回は、本当に撤回としての効力を持つか?)

1.解雇・雇止めの撤回にどのように対抗するか

 解雇や雇止めが無効であると主張して、地位確認等を求める通知を出すと、使用者側から、解雇や雇止めを撤回するので働きに来るようにと言われることがあります。

 これが、真摯に判断を誤ったことを認め、労務提供を受け容れるということであれば、何も問題はありません。

 しかし、中には、敗訴リスクを考えて一旦は解雇や雇止めを撤回するものの、クビにしたいという方針を変えることなく、粗を探し、より効力が否定されにくい形で改めて解雇や雇止めの意思表示を行うことだけを目的として、労務提供を受け容れようとする使用者もいます。

 こうした意図が窺われるとき、労働者側は難しい立場に立たされます。

 使用者側の言うとおり、職場復帰すると、一挙手一投足を監視され、問題があると直ちに注意・指導・懲戒処分を受けるといった、ストレスフルな環境のもとで働くことを強いられることになります。

 しかし、使用者側の意向を無視して地位確認・未払賃金請求訴訟を提起すると、

「こちらは労務提供を受け容れると言っているのに、労働者の側で勝手に働いていないだけであるのだから、賃金を支払う義務はない」

と反論されることになります。

 それでは、このような使用者側の措置に対し、解雇撤回・雇止め撤回を受けた労働者は、どのように対抗して行ったら良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.3.23労働判例ジャーナル127-36 ダイワクリエイト事件です。

2.ダイワクリエイト事件

 本件で被告になったのは、ファクトリー・オートメーションシステムの企画、製造、販売、設置工事及び保守管理等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、令和2年3月2日頃、被告との間で雇用契約を締結し、同日から正社員として働いていた方です。

 令和2年6月25日、被告代表者から、

「あなたにもうこの会社でしてもらう必要はない」「目障りなので帰ってください」「おまえとは仕事はできないからやめろ」

などと言われたことを受けて帰宅し、翌日以降、出社をしませんでした(6月解雇)。

 その後、被告代表者から、

「私も期待し過ぎた面もあり反省し後悔してます」「まだ働きたいのであれば、出勤してください」「いつまでも休みのままは、お互い良くないので、いい方向に行きましょう」

などとするLINEメッセージが送られてきましたが、原告は出勤しない状態を継続しました。

 令和2年7月17日、原告は、代理人弁護士を通じて6月解雇の無効を通知しました。すると、令和2年6月26日以降正当な理由なく欠勤しているとして、被告から同年8月28日付けで解雇することを告げられました(本件解雇)。

 これを受けて、原告が被告に対して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。この事件では、本件解雇の効力を議論するにあたり、令和2年6月26日以降の欠勤をどのように評価するのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、令和2年6月26日以降に原告が出勤しなかったのは、なお被告の帰責事由に基づいている(原告のせいではない)と判示しました。

(裁判所の判断)

・令和2年6月24日以降の事実経過(裁判所が認定した事実)

「原告は、令和2年6月24日、被告代表者と、被告の従業員であるCとの間で面談をした。その際、被告代表者は、原告に対し、原告の勤務態度や姿勢に問題があると伝え、『自分からやめてくれるとしたらいいけど、俺からやめたらどうですかって勧めるのは初めてだから、言い方分かんないんだけれどもさあ』、『自己退社にするのか、それとも争って、ね、弁護士と争うのか。』、『俺は、『やってもらってない』と思ってる。だけど、Aさん(編注:原告を指す。)は『やってる』と思ってる。その辺のすれ違いだよな。その溝が埋まんなかったら、やっぱり、一緒にやってくんないよな。』、『なるべく早い、早い内に、今日でもいいし、明日でもいいし。週明けで、月末にでも精算するから。』、『一番いいのはやっぱり自己都合により退職っていうのがお互いに一番いいだろうけど、まあ書けなかったら、しょうがないな。こちらから退職をお願いしたって書かなきゃいけないし。どっちにするかな。』などと述べ、原告に対し、退職を検討するよう促した。」

「原告は、令和2年6月25日午前8時50分ごろ、出社した後に被告代表者のもとに赴き、同月24日に退職を促されたことについて、説明を求めた。その際、原告と被告代表者との間で口論が生じ、原告は、スマートフォンのカメラで被告代表者を撮影しながら、これを避けようとして移動する被告代表者の後を追った。この時、被告代表者も、原告に対して携帯電話のカメラを向けて動画撮影を行った。」

「被告代表者は、原告が被告代表者を追うのをやめた後、弁護士に電話するふりをして携帯電話を耳にあてる動作をし、その後、原告の所に行って、『あなたにもうこの会社でしてもらう仕事はない』、『目障りなので帰ってください』、『お前とは仕事はできないからやめろ』などと述べ、これを受けて原告が、今後は会社に来るなという意味かと確認したところ、被告代表者は肯定した。」

「原告は、被告代表者からの上記発言を受け、それ以後の業務をせずに家に帰り、翌日以降、出社しなかった。」

「被告代表者は、令和2年6月25日、原告が帰った後に、被告社屋の入口の鍵(被告の社員全員に合い鍵が交付されている。)を交換することにし、業者に連絡して鍵を交換した。鍵の交換は同日から数日後に完了したが、被告代表者は鍵を交換したことを原告には伝えなかった。」

「被告代表者は、令和2年6月30日、原告に対し、LINEで、『3日ほど休んでますが、どうしてますか』、『当社を気に入ってもらい引き続き働きたいという気持ちで、休んでいますか』、『私も期待し過ぎた面もあり反省し後悔してます』、『まだ働きたいのであれば、出勤してください』、『業務内容も合わないようですので、再考しましょう』、『いつまでも休みのままは、お互い良くないので、いい方向に行きましょう』、『このメールを出すのに相当な覚悟をして出してることご理解ください』とのメッセージを送信した。これに対し原告は、同日、『まずは、明日出社させて頂きます』と返信した。」

「原告は、同年7月1日、被告代表者に対し、『本日の打ち合わせ場所についての提案です。社内だと、他の従業員のかたもいらっしゃるので、錦糸町駅前の喫茶店は、いかがでしょうか?』とのメッセージを送り、被告代表者は、『打合せは考えてません』、『引き続き働く意志があるのであれば、出社してください』とのメッセージを送り、原告は、専門家と相談して検討する旨のメッセージを返信した。」

「被告代表者は、同月2日、原告に対し、業務の予定について連絡するとともに、『明日から、火曜日までの出張になります 行けない場合は、外注を頼む必要がありますので、今日中にご連絡ください』とのメッセージを送った。これに対し、原告は、同日、『あまりおかしなことばかり発言されても困ります。まずは、未払いの賃金及び交通費の対応をお願いします。本件対応は、弁護士さんに対応して頂く予定になっております。』とのメッセージを返信した。」

「被告代表者は、同月3日、原告に対し、『来週は期待してますので頑張って出社お願いします』とのメッセージを送ったが、原告からの返信はなかった。」

「被告代表者は、同月7日、原告に対し、『たびたひの、出社要請も、完全に無視され、今後の対応に苦慮しております。ご連絡ください』とのメッセージを送信し、原告は『ご自身が発言された言葉には、責任を持って下さい。『もう、会社に来ないで下さい。』と発言しておきながら、体調が悪いのですか云々の話は、まったく持って意昧不明でございます。恥ずかしくないですか?社労士か弁護士のあさはかな知恵でそのように対応してくださいといわれて、行動されているのでしょうが、お約束させてもらったとおり、速やかに書面を送って戴けるようお願いします。』、『会社を15年強も運営されてきて、しかも70歳をこえた人の発言ですか?プライドはないのでしょうか?そのあたりが、従業員から信頼されない理由ではないでしょうか?』と返信した。被告代表者は、『そりゃ身の危険を感じるくらい脅されりゃ、その日は帰ってください。いいますね。警察まで、呼ぼうとしたの覚えてますよね。ところで、具体的に欲しい書面なんですか?』などと返信したが、それ以降、原告からの返信はなく、同日を最後に、原告と被告代表者との間でメッセージのやり取りはなかった。」

・令和2年6月26日以降の無断欠勤について

「被告は、原告が同日以降に欠勤したことは、無断欠勤に当たる旨主張する。」

「前記・・・のとおり、被告代表者は、同月25日、原告に対し、『あなたにもうこの会社でしてもらう仕事はない』などと述べ、原告がこれを受けて、今後は会社に来るなという意味かと確認したところ、被告代表者が肯定したことが認められ、上記発言は、その内容に照らし、原告による以後の労務提供の受領を拒絶するものと評価できる(すなわち、解雇の意思表示に該当し、被告代表者において、6月解雇に係る意思表示がなされたものと認められる。)。そうすると、同月26日以降、原告が出社せず、被告に対して労務を提供しなかったのは、被告から労務の受領拒絶を受けたからであると認められ、当該労務の不提供は、被告の帰責事由に基づくものというべきである(なお、被告は6月解雇の事実を否認し、その有効性についても主張しないから、当該解雇が有効であるとは認められない。)。したがって、同日以降の欠勤をもって解雇の事由に該当するということはできない。」

「被告は、仮に上記のような発言があったとしても、被告代表者は同月30日以降に再三出社を求めていたのであり、それにもかかわらず欠勤したことは無断欠勤に当たる旨主張する。」

「しかしながら、被告代表者が同日以降に原告に送信した各メッセージ・・・は、その趣旨が必ずしも明らかではないが、少なくとも、原告の欠勤の原因が被告代表者による解雇の意思表示(被告による労務の受領拒絶)にあることを前提とするものではないことが明らかである(同日のメッセージには、被告代表者が「反省し後悔」している旨の記述があり、被告代表者が原告に対してした言動を後悔しているものと読めなくもないが、被告代表者自身がそれを否定し、原告を雇ってしまった自分の見る目のなさを後悔する趣旨である旨の供述をしている。)。

「そして、一度はそれ以後の労務提供の受領を拒絶された原告に対し、上記のとおり受領拒絶の事実を前提としない(したがって、当該受領拒絶を撤回する趣旨であるとも評価できない)メッセージを送り、その中に出社を促す記載をしていたとしても、これによって被告が上記受領拒絶の状態を解消し、以後の原告による労務の提供を受領しようとする意思を表示したものとみることは困難である。

「したがって、原告が同日以降出社しなかったことは、なお被告の帰責事由に基づくものであるというべきである。よって、被告の上記主張は採用できない。」

3.受領拒絶の事実を前提としたものか

 解雇撤回が問題となるようなケースでは、使用者側からの主張の亜種として、

「そもそも解雇していない」

という趣旨の反論がなされることがあります。

 本件の意義は、こうした済し崩し的な解雇撤回を否定した点にあります。

 裁判所は、6月解雇を解雇であると認定したうえ、受領拒絶の事実を前提としないで、出社を促す記載をしていたとしても、それは受領拒絶の撤回とは認められないと判示しました。

 従前、解雇撤回の意思表示の有効要件はそれほど厳密には議論されていなかったように思います。今回、撤回するための要件として、労務提供の受領拒絶を前提としたものであることを要求した点で、本件の裁判例は画期的なことだと思います。