弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ノルマと呼称していなかろうが、ノルマだとされた例

1.「ノルマ」と呼ばなければノルマではなくなるのか?

 一般的な用語法に従うと、ノルマとは、

「一定時間内に果たすよう個人や集団に割り当てられる標準作業量」

「 各人に課せられる仕事などの量」

を言います。

ノルマとは? 意味や使い方 - コトバンク

 営業職で働いている人など、ノルマが課せられている方は少なくありません。

 しかし、ノルマは、働く人に対し、時として精神障害の発症に繋がるほどの心理的な負荷を生じさせることが知られています。例えば、精神障害の労災認定に関して厚生労働省が作成している、

令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」

という文書の中には、次のような記載があります。

・心理的負荷が『弱』になる例

ノルマではない業績目標が示された(当該目標が、達成を強く求められるものではなかった)」

・心理的負荷が『中』になる例

「達成が容易ではないノルマが課され、この達成に向け一定の労力を費やした」

・心理的負荷が『強』になる例

「客観的に相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、これが達成できない場合には著しい不利益を被ることが明らかで、その達成のため多大な労力を費やした」

 心理的負荷が『強』である場合、あるいは、心理的負荷が『中』である複数の出来事が相互に関連し合っている場合、その後に発生した精神障害との間に因果関係があるとして、労災認定や、使用者に対する民事上の損害賠償請求が認められやすくなります。

 それでは、この「ノルマ」かどうかは、一体、どのように判断されるのでしょうか?

 精神障害の労災認定基準は、ある程度の規模の企業になれば当然把握しています。「ノルマ」類型による労災の認定、あるいは、民事損害賠償請求を回避するため、敢えて「ノルマ」という呼称が使われないこともあります。こうした場合に「ノルマ」かどうかは、どのように判断されているのでしょうか?

 昨日ご紹介した、富山地判令5.11.29丸福石油産業事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.丸福石油産業事件

 本件で被告になったのは、

石油製品の販売業等を業とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告f)

の2名です。

 原告になったのは、

被告会社に雇用され、SS(サービスステーション)部の課長g

の遺族4名です(原告a、原告d、原告b、原告c)。

 gが自殺したのは、被告会社において過重な業務を強いられ、精神障害を発症したからであるとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告らは、gが受けていた心理的負荷との関係で、

「被告会社は、i店の実質的責任者であるgに対し、i店で3か月に1回以上1か月1000リットルのオイルを販売すること及び月間25件の車検契約を獲得することという達成困難なノルマを課していた。gは当該ノルマを達成するため活動したが、令和元年7月から同年9月にかけてのi店のオイルの販売量は1か月1000リットルを下回り、i店は初めて当該ノルマを達成することができず、gに重大な心理的負荷をもたらした。」

と主張しました。

 これに対し、被告らは、

「被告会社は、各店舗の年間目標を達成するよう指導監督しているが、目標を達成できなかった場合でもペナルティを課していないから、オイルの販売量や車検契約の獲得数がノルマとされていたことは否認する。」

「1か月1000リットルのオイルの販売量はノルマではなく、心理的負荷の強度は『弱』である。車検契約の獲得数の目標は達成可能であり、また、ノルマではないから、心理的負荷の強度は『弱』である。」

などと反論しました。要するに、年間目標はあるがノルマはないという主張です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告らの主張を排斥しました。結論としても、被告らの責任が認められています。

(裁判所の判断)

「被告会社では、毎年3月に各店舗の店長に翌年度の売上目標を計画させ、被告f及びhが売上目標案について各店長と協議して合意したものを各店舗の売上目標として決定し、店長会議で周知していた。gが統括していたi店については、gが主体となって売上目標案を作成し、h及び被告fと協議して売上目標を決定していた・・・。」

「被告会社では、このように策定された目標のことをノルマとは呼称せず、目標を達成することができなかった場合でもペナルティを科してはいなかったが、被告fやhは、各店長が策定した売上目標に対してもう少し頑張るようになどと述べて修正することがあった。また、被告f及びhは、各店長に対し、目標を達成することができるように取り組むよう指示していた・・・。」

「被告会社では、毎月初めに開催される店長会議において、各店舗の売上目標の達成度合いを確認し、達成することができなかった場合には、反省点や今後どのようにして目標を達成するかについて報告させることがあった。また、毎月中旬頃に店長代理クラスの役職者が出席するサブマネ会議が開催され、同会議でも各店舗の売上目標が遂行されているかが協議された。gは、店長会議とサブマネ会議の双方に出席していた・・・。」

(中略)
「被告らは被告会社の各店舗の目標はノルマではない旨主張し、p、h、q、被告fらはこれに沿う供述等をする・・・。」

被告会社では、i店においては、gに年間の売上目標案を計画させ、被告f及びhがこれについてgと協議して合意したものを売上目標として決定していたところ、被告会社では売上目標をノルマとは呼称せず、目標を達成することができなかった場合でもペナルティを科していなかったことが認められる・・・。しかしながら、被告fやhは、各店舗の売上目標に対してもう少し頑張るようになどと述べて修正することがあり、各店舗の責任者に目標の達成に向け取り組むよう指示していたこと及び被告会社では、毎月開催される店長会議等において各店舗の売上目標の達成度合いを確認し、達成することができなかった場合には反省点などを報告させることがあったことからすれば・・・、i店の売上目標は、店舗統括者であるgにとって業務命令に当たり、ノルマとして課されていたと認めるのが相当である。

(中略)

「そして、gは、達成困難なノルマと認められるオイルの販売目標達成のため心理的負荷を負っていた期間である令和元年9月2日から同年10月1日までの30日間に、104時間余の時間外労働を行っていたものであり・・・、恒常的な長時間労働を行っていたものと認められる。したがって、心理的負荷の強度が『中』と評価される出来事の後に恒常的な長時間労働を行っていたものとして、当該出来事の心理的負荷の強度は『強』と認めるのが相当である。」

(中略)

「以上に説示したところによれば、gは、過重で精神的な緊張を強いられる業務及び過重な長時間労働に従事したことによって、著しい肉体的・心理的負荷を受け、十分な休息を取ることができずに疲労を蓄積させた結果うつ病を発病し、それによって正常な認識をする能力や正常な行為を選択する能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥って自殺に及んだというべきであるから、被告らの注意義務違反とgのうつ病の発病及び自殺の間には相当因果関係が認められるというべきである。」

3.「ノルマ」の意義が示された

 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」にある「業務による心理的負荷評価表」は、労災の取消訴訟や、労災民訴と言われる使用者に対する損害賠償請求訴訟で、しばしば参照されます。

 しかし、そこで使われている用語は、法令用語ではなく、カチッとした定義があるわけではありません。そのため、ノルマをノルマと呼ばないといった法適合性に疑義のある対応がとられることがあるのですが、裁判所は、

上長がもう少し頑張れと目標を修正していたこと、

目標達成に向けた取り組みが指示されていたこと、

目標を達成できない場合に、反省点などが報告されていたこと、

といった事情が認められれば、

ノルマと呼ばれていなかろうが、

ペナルティが課されていなかろうが、

ノルマに該当するという判断を示しました。

 本裁判例は、心理的負荷表にある「ノルマ」への該当性を考えるにあたり、実務上参考になる判断を示しているといえます。