弁護士 師子角允彬のブログ

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特定の仕事を割り振らないこと(配車差別)に違法性が認められた事例(平均値による損害の推計)

1.仕事が割り振られないことによる逸失利益の立証

 昨日、

特定の仕事を割り振らないこと(配車差別)に違法性が認められた事例

として、牽引運転手に手当の付く配車を殆どしないという取扱に違法性が認められた裁判例を紹介しました(横浜地判令5.3.3労働判例1304-5 向島運送ほか事件)。

特定の仕事を割り振らないこと(配車差別)に違法性が認められた事例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これは通説的な見解が労働者の就労請求権を否定する中、配車をしないことに違法性を認めた画期的な裁判例です。

 しかし、公正・公平な仕事の割り振りを受けられないことを問題にするうえでハードルになるのは、違法性論だけではありません。損害論(損害の立証)においても、困難な論証を乗り越えなければなりません。損害の立証がなぜ難しいのかというと、「公正・公平に仕事が割り振られていたら、どのような経済状態になっていたのか」という仮定的な経済状態を立証しなければならないからです。「公正・公正な仕事の割り振り」がルールとして明文化されておらず、使用者に一定の裁量が認められている場合、仮定的な経済状態の立証は困難を極めます。

 昨日ご紹介した横浜地判令5.3.3労働判例1304-5 向島運送ほか事件は、配車差別の違法性だけではなく、損害の認定という点でも参考になる判断を示しています。

2.向島運送ほか事件

 本件で被告になったのは、

一般貨物自動車運送等を目的とする株式会社(被告会社)

被告会社のA営業所配車係として、原告を含む運転手に対するトラック・トレーラーの配車を行っていた方(被告Y1)

の2名です。

 原告になったのは、被告会社で、牽引運転手(トレーラーを牽引するトラクターの運転手)として働いている方です。出張手当や早出手当の付く配車を受けられなくなったのは不当な差別であるなどと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、原告が配車を受けられなくなったこと(本件処遇)に違法性を認めたうえ、次のとおり損害額を認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件処遇がされなければ、出張等配車を受け、出張手当及び早出手当を受給できたものと認められ、これらの手当に相当する額の損害を被ったものと認められる。」

「原告は、令和4年7月31日までに生じた損害の元本及びこれに対する遅延損害金の支払を請求していることから、同日までに生じた損害を検討する。」

ア 出張手当及び早出手当の額

(ア)出張手当の額

原告は、本件処遇がされるまで、平均として、1か月当たり10万3133円の出張手当を受給していたことから・・・、本件処遇がされなければ、この平均額に相当する金員を受領できたものとみるのが相当である。

「上記の平均額を前提とすると、令和元年12月から令和4年7月までの間、1か月当たり10万3133円から実際に受領できた出張手当の額を控除した未払額は、別紙1の1『原告損害金一覧表・出張手当相当損害金』の『未払い額』欄のとおりであり、その合計額は、320万7656円である・・・。」

(イ)早出手当の額

原告は、本件処遇がされるまで、平均として、1か月当たり2万6435円の早出手当を受給していたことから・・・、本件処遇がされなければ、この平均額に相当する金員を受領できたものとみるのが相当である。

「上記の平均額を前提とすると、令和2年3月から令和4年7月までの間、1か月当たり2万6435円から実際に受領できた早出手当の額を控除した未払額は、別紙1の2『原告損害金一覧表・早出手当相当損害金』の『未払い額』欄のとおりであり、その合計額は、58万3613円である・・・。」

(ウ)小計

「上記(ア)及び(イ)を合計すると、379万1269円である。」

「なお、原告は、賃金の支払が毎月25日であることから、令和4年7月31日まで、毎月26日以降に生じる遅延損害金についても、損害額に計上している。」

「しかし、本件処遇がされるまでの時期の出張手当及び早出手当の平均額に基づいて、原告の損害額を推計して算定する場合に、本件処遇がされなかった場合に得られる令和元年12月以降の出張手当及び早出手当の額が上記の平均額と完全に一致するものではない。このように損害額を推計することを考慮すると、原告が得られたであろう出張手当及び早出手当は、上記の金額にとどまるものとみるのが相当である。」

「また、他方で、被告らは、前記・・・のとおり、被告会社において、運転手の出張手当や年収が減少傾向にある旨主張する。しかし、仮に、全体的にそのような傾向が見られたとしても、収入額の変動の原因は各運転手の事情によって異なるものと考えられ、原告の出張手当及び早出手当についても同様の変動が生じるものと直ちに認めることは困難であるというべきであるから、被告らの上記主張は、採用できない。

イ 残業手当及び深夜手当の増額分の控除

「他方で、原告について、本件処遇の後、残業手当及び深夜手当の合計額は、増加したものと認められる。」

「すなわち、平成30年12月から令和元年11月までの12か月間についてみると、証拠・・・によれば、残業手当の額は、別紙2の『第1 損害基準期間(2018年12月~2019年11月)』の『4 残業手当』の『原告の金額』欄のとおりであり、合計91万6230円である。また、上記期間の深夜手当の額は、別紙2の同第1の「5 深夜手当」の「原告の金額」欄のとおりであり、合計14万3574円である。そして、上記期間の残業手当と深夜手当は合計105万9804円であり、1か月当たり8万8317円(105万9804円÷12か月)である。」

「次に、令和元年12月から令和2年10月までの11か月間についてみると、証拠・・・によれば、残業手当の額は、別紙2の『第2 損害算出期間(2019年12月~2020年10月)』の『4 残業手当』の『原告の金額』欄のとおりであり、合計107万0979円である。また、上記期間の深夜手当の額は、別紙2の同第2の『5 深夜手当』の『原告の金額』欄のとおりであり、合計8万3943円である。そして、上記期間の残業手当と深夜手当は合計115万4922円であり、1か月当たりで10万4992円(115万4922円÷11か月。1円未満切捨て)である。」

「そうすると、本件処遇の前後を比較すると、1か月当たりの残業手当と深夜手当の合計額は、1万6675円(10万4992円-8万8317円)増加したことになり、その原因は、被告会社において、本件処遇をする代わりに、原告に対し、残業手当及び深夜手当が生ずる業務を割り当てたことによるものと考えられる。そして、本件処遇が始まった時点に近い前後の時期に着目することにより、原告の出張手当及び早出手当が減少する一方で、残業手当及び深夜手当については、1か月当たり1万6675円増加する余地があったものとみることができ、令和元年12月から令和4年7月までの32か月間を通じて、53万3600円(1万6675円×32か月)増加する余地があったものとみることができる。出張手当及び早出手当について平均額に基づいて推計することから、残業手当及び深夜手当についても上記の時期の額に基づいて32か月分の推計をするのが相当である。」

「前記・・・の379万1269円から前記・・・の53万3600円を控除すると325万7669円であり、被告らにおいて本件処遇をしたことにより、原告は、325万7669円の損害を被ったものと認められる。」

「そして、遅延損害金については、前記の算定に係る終期の翌日である令和4年8月1日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による金員を認めるのが相当である。」

3.平均額での推計

 平均額での推計を認めたことについて、一般の方の中には、当然ではないかという感覚を持つ方もいるのではないかと思います。

 しかし、平均額での推計を認めるということは、それほど自明のことではありません。残業代を請求する時、資料がない期間の残業代を資料がある期間から推計して請求することはよくありますが、裁判所は、それほど容易に資料がある期間の平均値等による推計を認めない傾向にあるからです。

 平均額による損害額の推計計算を認めている点は画期的なことで、この点も、実務上参考になります。