1.解雇なのに自己都合退職扱いされる
労働事件に関する相談を受けていると、
「クビ(解雇)にされたはずなのに、離職証明書、離職票上、自己都合退職したことにされている」
という悩みを寄せられることがあります。
解雇したことが助成金の返還と紐づいていて解雇したことを隠したいというのであればまだ分からなくもないのですが、特に何の不利益もないはずであるのに離職理由を正しく記入してくれない会社も少なくありません。
離職理由はハローワークでの事実確認や審査請求によって是正することも、制度上は可能です。
しかし、事業者側の主張と異なる離職理由を認定してもらうことは、実務上、それほど容易ではありません。
それでは、離職証明書に正しい離職理由を書かなかったことを不法行為と構成して、事業主側に損害賠償を請求することはできないのでしょうか?
一昨日、昨日とご紹介している、水戸地判令3.9.8労働判例ジャーナル140-1 ビッグモーター事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。
2.ビッグモーター事件
本件で被告になったのは、自働車及び自動車部品販売業並びに自動車修理、解体業及びレッカー作業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、C店(本件店舗)の整備部門にで車両整備士として勤務してきた方です。被告から違法に解雇されたと主張し、損害の賠償を求める訴えを提起しました。
原告が主張した損害の中には、解雇がなければ得られたであろう賃金額のほか、離職証明書に正しい離職理由が記載されなかったことによる損害も含まれていました。
具体的にいうと、原告は、次のとおり主張しました。
(原告の主張)
「被告が、本件解雇を理由とした離職証明書を提出しなかったことにより、原告は、国民健康保険税について、前年給与所得を30/100として算定するという軽減措置を受けることができなかった。」
「原告の令和3年度の給与所得は559万6935円であり、ここから基礎控除43万円を控除し、516万6935円が所得割基礎額となる。上記軽減措置を受けることができれば原告の給与所得は186万5645円となり、基礎控除43万円を控除すれば、143万5645円が所得割基礎額となる。」
「原告が上記・・・の軽減を受けていれば、原告の国民健康保険税の額は、次の計算式のとおり、合計11万3400円(100円未満切り捨て)となる。」
(計算式)
略
「令和3年度の国民健康保険税として算定された44万9900円と、上記・・・との差額33万6500円が損害となる。」
原告の請求に対し、被告は、
自己都合退職であって、解雇していない、
という争い方をしました。
しかし、裁判所は、解雇された事実を認定したうえ、次のとおり述べて、正しい離職理由を書かなかったことによる損害賠償請求を認めました。
(裁判所の判断)
「前記・・・に認定説示したとおり、原告は、本件解雇により離職したものであり、『非自発的理由による失業』であり、前提事実・・・及び認定事実・・・のとおり、原告は、被告に対して、解雇されたとの認識を明示していたにもかかわらず、原告に、離職証明書に記載する離職理由について何ら確認することなく、本件離職証明書に『労働者の個人的な事情による離職』であり、『離職理由に異議』がないとの虚偽の記載をしたものと認められる。事業主が離職証明書について虚偽の記載をした場合について、罰則が設けられているものであること(雇用保険法83条1項1号)に照らしても、上記の被告による虚偽記載が、原告に対する違法な行為であると認められることは明らかであり、被告に上記記載が違法であることについての認識があったものと認められる。」
「したがって、被告による本件離職証明書の不実記載は、原告に対する不法行為に当たる。」
(中略)
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、解雇による離職の場合、国民健康保険税について、前年給与所得を30/100として算定するという軽減措置を受けることができることが認められるところ、被告が、本件離職証明書に、原告の一身上の都合による退職であるとの不実の記載をしたことにより、原告は、上記軽減措置を受けることができなかったものと認められる。」
「そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告の令和3年度の給与所得は559万6935円であり、上記軽減措置を受けることができなかったことにより、少なくとも、令和3年度の国民健康保険税として算定された44万9900円と、原告の主張する方法によって算出した上記軽減措置を受けていた場合の国民健康保険税11万3400円との差額である33万6500円の損害が生じたものと認められる。」
3.因果関係が争われた事案ではないが・・・
本件の被告は、解雇ではないという争い方をしていました。
つまり、
不実記載はしたけれども、雇用保険法上の手続の中で是正することが可能であったから、不実記載と損害の間には因果関係がない
という争い方はしていません。
そのため、因果関係が正面から争われたらどうなるかという疑問はあります。
しかし、それでも、不実記載を不法行為に該当すると明言した意義は大きく、今後、不実記載に対しては、この裁判例を引用しながら、是正を申し入れていくことが考えられます。