弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働時間・労働日の特定がなされていたとはいえないとして、1年単位の変形労働時間制の効力が否定された例

1.1年単位の変形労働時間制

 1年単位の変形労働時間制とは「業務に繁閑のある事業場において、繁忙期に長い労働時間を設定し、かつ、閑散期に短い労働時間を設定することにより効率的に労働時間を配分して、年間の総労働時間の短縮を図ることを目的にした」仕組みです(労働基準法32条の4)

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/library/tokyo-roudoukyoku/jikanka/1nen.pdf

 この仕組みを有効に機能させるためには、

「対象期間における労働日及び当該労働日ごとの労働時間(対象期間を一箇月以上の期間ごとに区分することとした場合においては、当該区分による各期間のうち当該対象期間の初日の属する期間・・・における労働日及び当該労働日ごとの労働時間並びに当該最初の期間を除く各期間における労働日数及び総労働時間)」

を特定しておく必要があります。

 この労働日及び労働日毎の労働時間の特定は結構厳格なもので、適切な規定のもと適法な運用がなされていない事案を目にすることは実務上少なくありません。近時公刊された判例集にも、この特定等が不十分で、1年単位の変形労働時間制の効力が否定された裁判例が掲載されていました。東京地立川支判令5.8.9労働判例ジャーナル140-18 サカイ引越センター事件です。

2.サカイ引越センター事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、引越運送、引越付帯サービス等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、現業職(運転手)として被告に入社し、P6支社に所属して引越運送業務に従事していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。

 被告は、就業規則で、現業職の始業~終業時刻のパターンを五類型規定したうえ、1年単位の変形労働時間制を採用していました。

 これに対し、原告らは、次のとおり主張して、1年単位変形労働時間制の効力を争いました。

(原告らの主張)

「行政解釈及び判例等に照らせば、

〔1〕各勤務の始業・終業時刻、各勤務の組合せの基準・考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等が定められ、かつ、

〔2〕勤務割表が各期間の初日の30日前までに作成・周知された場合に限り、勤務割表で労働時間を特定することも許されるが、

P6支社の労使協定は、対象期間の区分のある労使協定であると解したとしても、〔1〕〔2〕の要件を満たしていないから、労働日及び労働日ごとの労働時間が特定されていたとはいえない。」

「原告らは、公休予定表の記載内容に従って休むことはまれであり、公休予定表は全く機能していなかったから、公休予定表によって労働日及び労働時間が特定されていたとはいえない。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、1年単位変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の認定事実)

「本件就業規則32条には、現業職の始業・終業時刻(シフト)について、

午前7時30分・午後4時30分、

午前7時・午後4時、

午前7時15分・午後4時15分、

午前10時30分・午後7時30分、

午後8時・午前5時

とする各シフトが記載されていたところ、P6支社において、現業職のシフトは同一時期には基本的に一つであり、本件請求対象期間については、平成29年8月頃までは午前7時30分から午後4時30分までのシフト(以下「『シフトA』という。)、その後同年12月頃までは午前7時から午後4時までのシフト(以下『シフトB』という。)、その後は再び午前7時30分から午後4時30分までのシフト(シフトA)が採用されていた。もっとも、シフトAからシフトBへの変更時期について、原告P1は平成29年9月1日から、原告P2は同月2日から、原告P3は同月11日からとずれがある。また、シフトA及びシフトBの期間においても、顧客の引っ越しの関係で早出や遅出の必要が生じた場合、午前6時15分から午後3時15分まで、午前8時30分から午後5時30分までといった異なるシフトが個別の従業員単位で組まれることがあった。P6支社では、このような早出又は遅出による始業・終業時刻の変更を1週間から前日までの間に従業員に依頼していた。」

(中略)

「被告の総務部は、P6支社を含む各支社に対し、1年単位の変形労働時間制では、各従業員の公休予定(出勤日)については30日前までに決定の上通知するように定められているから、各月の30日前までに従業員の公休予定表を作成・周知するよう通達していたが、P6支社においては、そのような取扱いが徹底されていなかった。また、P6支社においては、一旦公休予定表が作成された後も、従業員らの申出以外の理由により、公休予定日が変更になることがまれではなく、実際に、平成29年4月において、原告P1の公休予定日は、7日間のうち6日間が出勤日に変更され、原告P2の公休予定日は、7日間全てが出勤日に変更され、原告P3の公休予定日は、7日間のうち4日間が出勤日に変更されており、原告らの退職後ではあるが、令和元年11月に被告の総務部がP6支社に宛てた通知には、『公休予定が変更されるため、事前に休みの予定を立てることができないと従業員やご家族より報告が入っております。』と記載されていた。」

(裁判所の判断)

「1年単位の変形労働時間制は、使用者が、労使協定により、〔1〕対象労働者の範囲、〔2〕対象期間、〔3〕特定期間、〔4〕労働日及び労働日ごとの労働時間、〔5〕労使協定の有効期間について定めたときは、1か月を超え1年以内の対象期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲において、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間を、又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、〔4〕に関し、対象期間を1か月以上の期間で区分して、その最初の期間についてのみ労働日及び労働日ごとの労働時間を特定し、その後の各期間については労働日数及び総労働時間を定める方法によることも許容されているが、その場合には、各期間の初日の30日前までに、事業場の過半数代表の同意を得て、当該期間の労働日及び労働日ごとの労働時間を書面で特定しなければならないものとされている(労基法32条の4第1項、第2項、労基法施行規則12条の4第1項、第2項)。」

「変形労働時間制において、労働時間の特定を求める趣旨は、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活に与える影響を小さくすることにあるところ、労基法89条は、就業規則で始業及び終業の時刻並びに休日を定めることと規定しているから、1年単位の変形労働時間制を採用する場合にも、就業規則において、対象期間における各日の始業及び終業の時刻並びに休日を定める必要があるというべきである。そして、対象期間を1か月以上の期間で区分して、その最初の期間についてのみ労働日及び労働日ごとの労働時間を特定し、その後の各期間については労働日数及び総労働時間を定める方法による場合においては、少なくとも就業規則において、勤務の種類ごとの始業・終業時刻及び休日並びに当該勤務の組合せについての考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定め、これに従って、各日ごとの勤務割は、最初の期間におけるものは当該期間の開始前までに、最初の期間以外の各期間におけるものは当該各期間の初日の30日前までに、それぞれ具体的に定めることを要すると解するのが相当である。(平成11年1月29日基発45号参照)」

「また、1年単位の変形労働時間制は、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更することがないことを前提とした制度であるから、通常の業務の繁閑等を理由として休日振替が通常行われるような場合は、1年単位の変形労働時間制を採用することはできない。(平成6年5月31日基発330号、平成9年3月28日基発210号、平成11年3月31日基発168号参照)」

「これを本件についてみるに、前記・・・認定事実によれば、本件各協定届が前提とする各労使協定は、『出勤簿(公休予定表)』及び『休日・出勤日数表』と一体のものであり、対象期間(各年4月1日から翌年3月31日)を1か月間で区分し、始業・終業時刻を本件就業規則32条のとおり、1日の労働時間を7時間50分とする旨規定するとともに、各年4月の『出勤簿(公休予定表)』により最初の期間の労働日を特定し、『休日・出勤日数表』によりその後の各期間の労働日数及び総労働時間を定めたものと認められる。」

「しかし、本件就業規則32条には、現業職の始業・終業時刻(シフト)が複数記載されていたのに、本件就業規則においてシフトの組合せの考え方、公休予定表の作成手続及び周知方法等の定めはなく・・・、P6支社は、上記各労使協定上、いずれのシフトを採用するか明示せず・・・、公休予定表ないし出勤簿においてもシフトの記載は見当たらないところ・・・、時期によって異なるシフトを採用し、シフトAからシフトBへの移行日も全現業職において一律ではなかった上、顧客の引っ越しの関係上個別の従業員ごとに早出・遅出のシフトも組まれていたというのであるから・・・、労基法32条の4及び89条の趣旨に照らし、現業職の労働時間が、書面により始業・終業時刻をもって特定されていたと評価することはできない。また、そもそも、前記・・・認定事実によれば、P6支社においては、各月の30日前までに従業員の公休予定表を作成・周知する取扱いが徹底されておらず、公休予定表の作成後も、従業員らの申出以外の理由により、公休予定日が変更されることがまれではなかったことに照らすと、各月の30日前までに公休予定表が作成される形がとられていたとしても、実態として、各期間の労働日が特定されていたと評価することはできないといわざるを得ない。

「以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、本件請求対象期間におけるP6支社の変形労働時間制の定めは、労基法32条の4の要件を充足しないものとして無効である。」

3.始終業時間の不特定、労働日の不特定

 上述のとおり、裁判所は、始終業時間が特定されていないこと、労働日が特定されていないことを指摘し、1年単位の変形労働時間制の効力を否定しました。

 始終業時刻が特定されていないとする理由としては、就業規則の規定の不備や、個別の従業員事にシフトが組まれていたことなどが挙げられています。

 労働日については、公休予定日が稀ではないといえる頻度で変更されているような状況だと労働日の特定があるとはいえないと指摘しました。

 いずれの判示にしても、1年単位の変形労働時間制の効力を争うにあたり、実務上参考になります。