弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事業場外労働みなし労働時間制の適用が否定された例-大まかにでも労働時間を把握できるようなら対象外

1.事業場外労働みなし労働時間制

 労働基準法38条の2第1項は、

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。

 これを事業場外労働時間みなし労働時間制といいます。

 事業場外労働時間みなし労働時間制は、

「労働時間を算定し難いとき」

に用いられる仕組みです。

 しかし、残業代が発生しないという法的効果が発生する(所定労働時間の労働が擬制される)ことから、「労働時間を算定し難い」とはいえない場合にも濫用的に用いられることがあります。

 近時公刊された判例集にも、「労働時間を算定し難い」とは認められないにもかかわらず、事業場外労働時間みなし労働時間制が用いられていた裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.11.19労働判例ジャーナル121-40 アネビー事件です。

2.アネビー事件

 本件で被告になったのは、遊戯器具、家具の製造及び販売等を目的とし、保育園や幼稚園に対して遊具等を製造・設置販売していた株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、保育園や幼稚園に対して遊具の設置販売に関する提案営業を行う業務に従事していた方です。被告では事業場外みなし労働時間制が採用されていましたが、その適用要件に欠けるとして、退職後に残業代(未払割増賃金)を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件では原告の事業場外労働が「労働時間を算定し難いとき」に該当するのか否かが争点の一つになりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告の事業場外労働につき、労働時間を算定し難い旨主張し、その理由として、前記・・・の被告の主張のとおり、被告における労働時間管理の実情を指摘する(なお、被告は、第1回口頭弁論期日において、当裁判所から、労働基準法38条の2第1項が適用される日を特定するよう釈明を受けたものの、これを明らかにしない。)。」

「しかしながら、前記前提事実・・・によれば、原告は、常時ノートパソコンで被告のサーバーに保存された顧客情報等にアクセスすることができるようにするため、被告からノートパソコン及びスマートフォンを貸与されていたのであり、原告は、顧客への営業活動や展示会の参加の際に、C支社の原告の上司に相談したり、原告の上司が原告に営業に関する指示をしたりすることもあったはずである。だとすれば、原告が直行又は直帰する場合であっても、貸与したスマートフォン等により、原告が顧客のもとに到着し、営業活動を始めた時間や、営業活動を終え、顧客のもとを離れた時間を報告させることにより、原告の労働時間を管理することが十分可能であったといえる。実際にも、被告は、業務終了後、原告に日報メールを送信するよう指示し、これを直帰した場合のタイムカード代わりに捉え、その送信をもって業務終了と考えていたほか、証拠(原告本人)によれば、原告は、社用車での移動中にスピーカーフォンに切り替え、運転しながら上長に業務の相談や報告をすることもあったと認められ、原告の直帰時の終業時刻を実際に把握していたものといえる。」

「また、前記前提事実・・・によれば、原告は、C支社に出勤した際には、その日の予定を朝礼で伝えていたものであり、朝礼に出ることができない場合についても、証拠・・・によれば、原告は、口頭で上長に翌日は朝から直行する旨や直行先、おおよその帰社時刻を伝えていたものと認められる。また、原告が直行後C支社に戻ってきた場合には、原告の上司がその結果を当然に確認するはずであるし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、各案件の進捗状況等を随時案件シートに更新していくよう指示を受け、訪問日時、担当者名、次回訪問予定日、打合せ内容(具体的な会話内容)、案件の進捗状況、決定事項等を入力していたものと認められ、この認定に反する証拠はないのであって、このような原告から伝えられた情報や案件シートの記載内容を参照することによって、被告は、原告の大まかな労働時間を把握することはできたはずである。

「とりわけ、展示会の場合には、前記前提事実・・・によれば、展示会の前日に現地に入る場合には、概ね午前9時頃から遊具等を会場に搬入し、大きな会場では午後6時過ぎ頃まで会場設営を行い、その後、翌日午前9時に集合し、午前10時から展示会が始まり、午後6時頃に終了することが多く、展示会の最終日には、閉会後に撤収作業を行い、多くは翌日に搬出作業を行っていたものであって、上司が営業担当者に展示会への参加を振り分けていた以上、被告は、展示会の日程は当然に把握していたはずであるし、これに原告を含む営業担当者が参加する場合には前記のようなスケジュールとなることも把握していたものと推認される。」

「以上に加え、前記前提事実・・・及び証拠・・・によれば、社用車を利用して出張する場合、事前に、行先、出発予定時刻及び帰社予定時刻を社内の共有システムに入力して予約することが義務付けられていたこと、レンタカーを利用する場合や新幹線を利用する場合、宿泊を伴う場合は、事前に必要経費を計算して申請し、上司の許可を得ることが義務付けられていたことなどが認められ、これらの事情によれば、被告は、原告が出張に際して提出する各種申請内容等によっても、原告の行動予定を大まかに把握することができたものといえる。

「以上の諸点を総合すると、原告が事業場であるC支社外で業務を遂行した場合の労働時間を被告が算定することは十分に可能であり、これを算定し難いということはできない。被告の主張は、要するに労働時間の管理は可能であるが、敢えてこれを行わないというに過ぎず、その他被告が種々主張するところを踏まえても、前記判断を左右しない。」

「よって、原告の事業場外での労働につき、労働基準法38条の2第1項の適用があるということはできない。被告の主張は採用できない。」

3.「労働時間を算定し難いとき」は案外狭い

 元々、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合には、「労働時間を算定し難いとき」には該当しません。具体的に言うと、

事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

には事業場外労働みなし労働時間制は適用されないと理解されています(昭和63年一1月1日 基発第1号、婦発第1号)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb1899&dataType=1&pageNo=1

 裁判所の判断は行政解釈の趣旨に添うものであり、それほど驚くようなものではありませんが、「大まかに把握」という文言が使われているところは、一つのポイントではないかと思います。

 事業場外労働みなし労働時間制度は適用範囲が広くないため、残業代を支給しない便法として利用されているのではないかという疑いをお持ちの方は、一度、弁護士に割増賃金請求の可否を相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても構いません。