弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者性の論証の方法や着眼点Ⅱ

1.業務委託契約か労働契約か

 業務委託契約の法的性質は、準委任契約と理解されることが多いです。準委任契約は基本的に各当事者がいつでも解除をすることが可能です(民法656条、民法651条1項)。

 他方、労働契約の場合、そうは行きません。労働者からの解約は申し入れの日から2週間で終了するのが原則ですが(民法627条1項)、使用者からの解約(解雇)には客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要であるとされ、いずれかが認められない場合、解約(解雇)の効力は生じません。

 このような差異があるため、しばしば業務委託契約は委託者・使用者側によって濫用的に利用されます。実際には労働者に対してのようにあれこれと指揮命令するにもかかわらず、契約の形式だけは業務委託契約を結ぶといったようにです。

 こうした濫用的な業務委託契約が結ばれたとしても、受託者は自分の労働者性を立証することができれば、労働者としての権利を行使することができます。例えば、委託者から恣意的に解除を通知されたとしても、

自分は労働者である、

労働者に対する契約解除の意思表示は、解雇の意思表示である、

解雇は、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められなければ無効である、

本件解雇に客観的合理的理由、社会通念上の相当性は認められない、

ゆえに、自分は従前の契約当事者としての地位を保持し続けている、

といった主張をすることができます。

 権利保護のための強力な主張になるため、労働者性が争われる事件は、少なくありません。近時公刊された判例集にも、契約が業務委託契約なのか労働契約なのかが争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令4.3.23労働経済判例速報2507-28 TWS Advisors事件です。

2.TWS Advisors事件

 本件は、甲事件、乙事件の二つの事件が併合審理されている事件です。

 労働者性の成否と関係があるのは、甲事件の方です。

 被告TWSは、不動産の管理・売買・賃貸借及びその仲介等を目的とする株式会社です。

 原告は、被告TWSとの間で業務委託契約書案のやりとりをする一方、契約書を取り交わさないまま、被告TWSで働いていた方です。被告TWSから契約の解除を主張されたことを受け、労働者性を主張し、解除(解雇)は無効であるとして、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つに、押印されてはいないものの、業務委託契約書が授受されていたことが挙げられます。具体的に言うと、裁判所は、次のような事実を認定しています。

(裁判所の認定した事実)

「被告B(被告TWSのこと 括弧内筆者)従業員であるH(以下『H』という。)は、平成30年11月22日、原告A(甲事件原告 括弧内筆者)に対し、契約書案として、概要、以下の内容の『業務委託基本契約書』と題する書面(以下『本件契約書案』という。)を送付した(乙B11)。」

(中略)

原告Aは、本件契約書に以下の文言を追加した書面を作成し、被告Bに対して交付したが、双方とも署名押印はしなかった・・・。」

「第15条(労働債権の認定) 被告Bは、原告Aに対し、平成30年1月15日から平成30年4月30日まで、原告Aが株式会社Fに在籍中にもかかわらず、原告Aに被告Bの業務を無給にて行わせたこと、さらに平成30年5月1日から現在に至るまで、原告Aが失業給付受給中にもかかわらず、それを労働基準監督署へ報告せず、報酬額を月額35万円と定め、そこから原告Aが受けるべき失業保険料受給分を控除した額で、原告Aに被告B及びI株式会社の業務を委託し、行わせたことを認める。原告Aが労働基準監督署等の監督官庁から指導を受けた場合には被告Bが全責任を負担する。」

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・のとおり、原告Aの業務内容は、不動産取引に関連する種々の業務のほか、被告Bの従業員の管理及び採用面接、会議の議事録の作成及び訴訟対応など、被告Bが原告Aの委託業務として主張する土地の仕入れにとどまらず、多岐にわたっており、被告Bの組織体制上、原告Aが執行役員あるいは部長という肩書でJ及びKと各従業員との間の指揮命令系統に組み込まれていたことを踏まえると、原告Aは、契約時にあらかじめ具体的に特定された業務だけではなく、J又はKからの指示を受けながら、多様な業務を遂行していたと認められる。

「また、原告Aに対するJからの業務指示は、特定の案件における細かい業務分担や部下従業員への指導方法に及んでいることからすると(前記認定事実(2)イ)、原告Aが受ける業務指示の内容は、個別具体的であったと評価できるし、業務の指示に対する諾否の自由や労務提供の代替性を有していたことをうかがわせる事情もない。」

「さらに、原告Aの勤務時間については、タイムカード等により厳格に管理されておらず、始業終業時刻について明確な定めがあったとは認められないものの、スケジュールを常時共有することを求められていたことに加え、原告Aは、休日以外はほぼ毎日、概ね9時頃から被告Bの事務所又は取引先において業務を行っており、加えて休日も業務を行うことがあったのであるから・・・、実体として勤務時間や勤務場所についての裁量が大きいとはいい難い。」

「以上によれば、原告Aは、被告Bの指揮命令に従って労務を提供していたというべきである。」

「また、前記認定事実・・・のとおり、原告Aの報酬は、売上に応じたインセンティブとして支払われているものがあるものの、平成30年1月ないし4月までは休日出勤の日数に応じた報酬が支払われ、同年5月から12月までは基本となる報酬が月額30万ないし50万円であることを前提に失業等給付との差額が支払われており、前記アのとおり、原告Aの業務が多岐にわたっていたことも踏まえると、原告の報酬は、特定の業務の結果に対してではなく、労務の提供全体に対して支払われていると評価すべきである。」

以上の検討結果に加え、原告Aには、経費の負担はなく、被告Bから従業員証明書、机、パソコン及びメールアドレスのほか、無償で社宅が用意されており・・・、個人事業者としての性格が強いとはいえないことも考慮すると、原告Aの被告Bとの間の契約は、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供し、使用者がその対価として賃金を支払う契約である評価できるから、労働契約であるというべきである。

(中略)

被告Bは、本件契約書案の存在を指摘するが、本件契約書案は、結局、原告A及び被告B共に署名押印するに至っていないし、そもそも、労働契約か業務委託契約かは、契約書の文言にかかわらず、前記アないしウで指摘した事情等に基づき実体に即した判断をすべきである。また、原告Aが、本件契約書案の一部を訂正して交付した点については・・・、今後、被告Bとの間の契約を業務委託契約とすることを否定しなかったことをうかがわせる事情ではあるものの、原告Aは、本件契約書案に『労働債権の認定』という条項を挿入することを提案しているのであるから、本件契約書案が提示されるまでは、原告Aと被告Bとの間の契約は労働契約であったと認識していたというべきであるし、本件契約書案の内容をみても、業務の内容は被告Bの営業活動の支援及びこれらに付随する業務とされ、個別の業務を委託するにあたって案件ごとに個別契約書を作成することを前提とするなど・・・、本件業務委託書作成以前の原告Aに対する業務指示の方法・・・とは異なる内容となっているのであるから、本件契約書案の存在及びこれに付随するやりとりが平成30年1月に締結された原告Aと被告Bとの間の契約の性質を決定付けるものとはいいがたい。

3.多様な業務を遂行していたかどうか

 本件のポイントは二つあります。

 一つは、業務委託契約書の取り交わしに積極的な態度をとっていたとしても、そのことは労働契約であることを否定する決め手にはならないことです。別に自分から業務委託契約書の取り交わしに積極的な態度をとってしまっていたとしても、労働者性の主張を躊躇する必要はありません。

 もう一つは、「多様な業務の遂行」というキーワードです。業務委託契約でも委託者から指示を受けることはあり得ます。指示を受けることは、労働契約に特有のことではありません。そのため、業務委託契約と労働契約とを区別するためには、指示の内実が問題になります。この問題について、本裁判例は、遂行業務の多様性というところに注目しました。これは労働契約であることの論証に使える言葉として覚えておいて損は無いように思います。

 労働者性が認められるのか否かは、労働事件の中でも結論の予測が難しく、論証に工夫が求められます。本気で争いたい場合には、代理人弁護士を選任することが強く望まれます。お困りの方がおられたら、ぜひ、お気軽にご相談ください。