弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

暴行や暴言があることを伝えられながら、上司が何らの対応もとらなかったこと等が会社の安全配慮義務違反にあたるとされた例

1.事後措置義務

 令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、職場におけるパワーハラスメントに係る相談の申出を受けた事業主に対し、

事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること

職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行うこと

職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと

改めて職場におけるパワーハラスメントに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること

を義務付けています。

 こうした事後措置が問題になるのは、正規の相談窓口に相談が寄せられた場合に限られるわけではありません。何等かの機会に被害者からパワーハラスメントに遭っているとの申告を受けた場合に、適切な対応をとらず放置すれば、会社は安全配慮義務違反を問われることがあります。近時公刊された判例集にも、暴行や暴力があることを伝えられながら上司が何の対応もとらなかったこと等について、会社の安全配慮義務が認められた裁判例が掲載されていました。名古屋地判令4.12.23労働判例ジャーナル132-1 東海交通機械事件です。

2.東海交通機械事件

 本件で被告になったのは、新幹線及び在来線鉄道車両の改良・メンテナンス等の車両関係業務、空調設備の設計・工事施工・メンテナンス等の機会関係業務を請け負っている会社(被告会社)とその従業員(被告b)です。

 原告になったのは、被告会社の従業員です。先輩従業員である被告bから、日常的に暴行、暴言、陰湿ないじめ行為などのパワハラを受けたなどとして、被告b及び被告会社に不法行為や債務不履行に基づく損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 なお、被告bは原告に対する傷害事件で罰金30万円の略式命令を受けています。

 この事件で、裁判所は、被告bによる暴力を含む継続的なパワハラ行為を認めたうえ、次のとおり述べて、被告会社の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

認定事実(2)イ(カ)によれば、g所長は、平成28年9月1日、原告から被告bによる暴言や暴行があることを伝えられているが、原告の方が悪いと言って、何らの対応も取らなかったことが認められる。認定事実(3)アによれば、h係長は、e営業所内で被告bが原告に対し、注意や指導の会話をする中で、頭を叩くなどの暴行が複数回繰り返されており、隣の席に座っていたことからそれを認識しえたはずであるのに、何らの対応も取らなかったことが認められる。原告の上司であるg所長とh係長は、被告bが原告に対し暴力を振るっていることを認識しえたのであるから、原告が安全に業務に当たれるように被告bの暴力を止めさせる対応を講じる必要があった。それにもかかわらず、g所長とh係長は、何らの対応も取らなかったのであるから、被告会社において安全配慮義務違反があったと認められる。

(認定事実(2)イ(オ)(カ))

「(オ)被告bは、平成28年8月25日、原告と2人で夜勤中、対面の席に座っている原告に話し掛けたが、原告がパソコンを触って仕事をし続けていたため、原告に対し話を聞くように言って、原告のモニターを倒した。原告がモニターが壊れるのでやめてくださいと言ってモニターを戻すと、被告bが再びモニターを倒すということを何度か繰り返したが、モニターは液晶部分にひびが入り壊れてしまった。被告bは、原告に対し、原告のモニターであるから、モニターが損壊したことは原告から報告するように言った。原告は、同月26日、d支店の担当者に対し、電子メールでモニターが損壊したことを連絡した・・・」

「(カ)g所長は、平成28年9月1日、原告に対し電話を掛け、モニターの損壊について尋ねたのに対し、原告は、被告bが故意にモニターを倒して損壊したと説明し、その旨を記載した報告書を作成した。g所長は、モニターが損壊した原因を、自然に手が当たったような形に書き直すように求めるとともに、モニターが損壊したことの報告が遅れたことについて、始末書と顛末書を提出するように指示した。原告は、g所長に対し、モニター損壊の背景に、被告bによる暴言や暴行があることを伝えたが、g所長は、原告の方が悪いのではないかなどと言って、何らの対応も取らなかった・・・」

3.上司が何もしない場合、安全配慮義務違反を問題にできる可能性がある

 本件で目を引くのが、原告が所属していた営業所のg所長の行為まで含めて安全配慮義務違反になるとされている点です。

 h係長は隣席にいたため、暴力を視認していたのではないかと思われます。こうした位置関係にって暴力を制止しなかった場合に安全配慮義務違反が成立することは当然の判断だと思います。

 しかし、g所長が暴行に確定的な認識を持っていたのかは疑問の余地があり、原告の話に対し、単に御座なりな対応をとっただけではないかとも思われます。こうした場合にも、きちんと民事的な安全配慮義務違反(事後措置義務違反)が認定されているのは注目に値します。

 ハラスメントを相談しても会社が何もしてくれないという相談は、それなりの頻度で目にします。本件は、そうした会社に対し、適切な対応を促して行くにあたり、参考になります。