弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

学校におけるセクシュアル・ハラスメントに対する事後措置義務違反の否定例

1.セクシュアル・ハラスメントに対する事後措置義務

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針【令和2年6月1日適用】」は、 職場におけるセクシュアルハラスメントが確認された場合、迅速かつ適切に事後対応をとることを求めています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 また、私法上も、被害者からの被害申告や相談に対して、使用者が迅速、適切な対応をとらなかったことを理由に職場環境配慮義務違反が認定された裁判例は少なくありません(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕624頁以下参照)。

 職場の上司-部下の関係ではありませんが、権力的な関係があることから、職場のセクシュアル・ハラスメントに関する考え方は、学校における教師から生徒・児童へのセクシュアル・ハラスメントにも応用されています。

 近時公刊された判例集にも、学校におけるセクシュアル・ハラスメントについて、事後措置の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、千葉地判令5.2.1労働判例ジャーナル135-68 損害賠償請求事件です。

2.損害賠償請求事件

 本件で原告になったのは、被告自治体が設置する小学校(本件小学校)の5年生に在学していた児童(原告児童)とその両親(原告父、原告母)です。

 被告になったのは、

本件小学校で、体育主任及び指導主任を務めていた教職員(被告教諭)

本件小学校を設置、管理する地方公共団体(被告自治体)、

県教育委員会を設置している地方公共団体(被告県)

の三名です。

 原告らは、

被告教諭からわいせつな行為をされたこと、

校長及び教育委員会が監督や事後措置を怠ったこと、

被告県による被告自治体の教育委員会に対する説明に懈怠があること、

を理由に、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 事後措置義務違反に関する原告らの主張は、次のとおりでした。

「本件校長は、被告教諭によるわいせつ行為の発生後、速やかに第三者による詳細な調査を行い、その結果を原告児童の保護者である原告父及び原告母に情報提供するとともに、原告らへの支援を行い、原告児童と被告教諭を絶対的に分離し、原告児童が安全に安心して通学できる環境を調整する義務があったのに、これを怠り、専ら被告教諭の言い分を前提に対応して詳細な調査を行わず、また、原告児童と被告教諭とが接触しないことが担保されないまま被告教諭を平成30年度2学期まで本件小学校に勤務させ続け、原告児童が再度登校できる環境を整えるのに時間を要した。」

「自治体教委には、被告教諭によるわいせつ行為が発覚した後、速やかに第三者による詳細な調査を行い、その結果を原告父及び原告母に情報提供するとともに、原告らへの支援を行う義務、原告児童が被告教諭と接触せずに安全に安心して通学できる環境を調整する(被害者と加害者を絶対分離する措置を含む)義務があったのに、本件校長に必要な指示をせず、詳細な調査もせず、被告教諭の異動の内申等の人事上必要な措置も怠った。」

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、事後措置義務違反を否定しました。

(裁判所の判断)

・調査が迅速を欠いたとの主張について

「前記・・・記載の被告教諭に対する各聴取の経過に不相当な点があるとは認められないことに加え、県教委や自治体教委以外の第三者による詳細な調査が行われたとしても、本件の実際の調査結果と異なる結果となったとはいえないこと、第三者による調査には相当の時間を要するのが通常であることを考慮すれば、原告児童がより早期に登校できるようになったともいえない。」

「よって、原告らの上記主張は採用することができない。」

・被告教諭の配置について

「本件校長及び自治体教委による調査を行い事実確認をするまでは被告教諭の処分を具体的に検討することは困難である。また、上記調査の結果、被告教諭が原告児童の服の中に手を入れて胸部を触ったとの事実が認められないことは前記・・・のとおりであり、このような事実認識を前提とする限り、本件校長において直ちに被告教諭の免職や異動等に向けて自治体教委等と具体的な検討をし、自治体教委においてその旨の県教委に内申することも困難であったというべきである。」

「本件校長は、平成30年2月26日に原告父から被告教諭が原告児童と接触しない措置を講じるよう求める旨の申入れを受け、同月28日、原告父に対し、被告教諭において単独指導、体育の指導等はさせず、学校行事に単独で関わらせない旨を回答するほか、同年4月以降は、原告児童が本件小学校の1階にあり外部から直接出入りできる保健室において被告教諭以外の教諭から授業を受けられるように手配し、被告教諭を特別支援学級に配置して、通常学級に所属する原告児童と遭遇しないように図っている・・・。このことからは、本件校長が、原告らの要望に応じて、被告教諭が本件小学校に勤務する環境下でも原告児童が安心して通学できるよう、できる限りの措置を講じていたものと認められ、この認定は、本件小学校が総児童数80名程度、各学年1学級ずつの比較的小規模な学校であることを踏まえても動かない。」

「原告らは、同年4月の始業式の時に、原告児童が被告教諭と遭遇したことをもって実効性のある措置が講じられなかった旨主張するが、本件校長がとった上記措置の内容に鑑みれば、始業式の時のことのみから、本件校長の措置を違法であったと評価することはできない。」

「よって、原告らの上記主張は採用することができない。」

・自治体教委の対応について

「前記のとおり、第三者による調査が行われれば原告児童がより早期に通学を再開することができたとはいえず、調査により事実関係が確定するまでは処分を課すことは困難であり、同調査の結果から認められた行為を前提とする限り、その時点で被告教諭に異動や自治体教委における研修等を内申する義務があったと認めることもできない。」

3.事後措置義務を考える意味

 事後措置義務違反に関しては、

直接の加害者である教師は、事後に発生している損害にも責任を負うはずだ、

国家賠償法上、国や地方公共団体が直接の加害者である教師に代わって責任を負い、賠償金を支払う仕組みがあるのだから、論じる実益に乏しいのではないか?

と思う方がいるかも知れません。

 しかし、実務的には事後措置義務は結構重要です。なぜなら、交渉の根拠になるからです。

 弁護士は損害賠償請求の代理など、訴訟代理業務のみを行うわけではありません。被害の発生の後、安全に登校するための環境調整をテーマに学校との交渉を依頼されることもあります。事後措置義務違反に関する裁判例は、こうした交渉で学校側を動かすための交渉材料になります。

 本件は否定例ではありますが、それは飽くまでも学校側が一定の対応をとっているからです。本裁判例も児童や生徒に対するセクシュアル・ハラスメントが発生した場合に学校がとるべき事後措置の内容を考えるにあたり、参考になります。