弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラは被害申告者からの明示的な要望がない限り、調査したうえ、具体的措置の要否を検討すべきとされた例

1.セクシュアルハラスメントに対する事後措置義務

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【令和2年6月1日適用】は、 事業主に対し、セクシュアルハラスメント(セクハラ)との関係で、一定の雇用管理上の措置を講じることを義務付けています。

 具体的に言うと、事業主は、

相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備するほか、

事後の迅速かつ適切な対応

被害を受けた労働者に対する配慮のための措置

行為者に対する措置

などを行うべきであるとされています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 ただ、事後に事実関係の調査を含めた適切な措置をとるとはいっても、被害申告者の意思は尊重する必要があります。例えば、被害申告者がプライバシー保護を理由に積極的な調査は控えて欲しいと言っているにもかかわらず、会社が独断で被害申告者の実名を挙げたうえで多人数から大がかりなヒアリング調査を実施すれば、それは事後措置義務違反とは別個の法的問題を生じさせる可能性があります。

 それでは、被害申告者の意思が不明確な場合、会社はどのように対応することになるのでしょうか?

事態を秘匿して欲しいという明示的な要望がない限り、調査をしたうえ、具体的措置の要否を検討すべきなのか、

事態を調査したうえ、相応の措置をとって欲しいという積極的な要望がない限りは、調査や具体的措置の要否の検討は控えておくべきなのか、

どのように考えたらよいのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令4.11.4労働判例ジャーナル136-54 データサービス事件です。

2.データサービス事件

 本件で被告になったのは、

業務システムの構築、システム導入コンサルティング等を業とする株式会社(被告会社)、

被告会社の経営企画室の課長代理(被告c)、

被告会社のシステム事業本部の部長(被告d)

の三名です。

 原告になったのは、被告会社との間で雇用契約を締結し、経営企画室に配属され、人材採用に関する業務に従事していた方です。

被告cからパワハラを受けたこと、

被告dからセクハラ(懇親会終了後に抱きつく)を受けたこと、

被告会社の職場環境調整義務違反(原告からの申告にもかかわらず、適切な調査やそれに基づく関係者の処分、異動といった具体的な措置をとらなかったこと)

を理由に被告らに対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 職場環境配慮義務違反との関係での原告の主張は、次のとおりでした。

(原告の主張)

「原告は、令和元年12月18日、fとの面談の際に、本件行為(懇親会終了後、被告dから抱き付かれたこと 括弧内筆者)について、

〔1〕被告dに注意をすることを依頼し、

〔2〕今後も同じようなことが起きないように会社として何かしてもらえることはないかと尋ねるとともに、

また、被告cの言動について、『謝罪をしても許してもらえず、人格否定のようにもうこれ以上言わないでほしいと思うところまでキツく言い立てられることがあって、ちょっと理不尽だなと思った時に言い返すことができない。怒ったcさんは感情的で怖くて思考が停止してしまう。』と相談した。」

「fは、その場で、被告dの行為については、自分で対処する方法を考えるよう求め、被告cの言動については、『cさんと二人で仕事をすることがあるけど、怖い時あるよね。』などと回答したが、それ以上に、適切な調査やそれに基づく関係者の処分や異動といった具体的な措置を採らなかった。これは、労働契約上求められる職場環境調整義務を著しく怠ったものであり、労働契約上の債務不履行を構成する。」

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告dとの関係での職場環境配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(以下のやり取り以外のやりとりを認めるに足りる的確な証拠はない。)。」

「原告は、令和元年12月18日にfと面談した際、

〔1〕本件行為について不快に感じた、

〔2〕被告cの言動がきついと感じることがあると伝えた・・・。」

「fは、

〔1〕本件行為を不快に感じたことに対して、同調したうえで、自身で対処する方法を考える必要があることを伝えた。また、fは、

〔2〕被告cの言動について、自分も同様に感じることがある旨を伝えた。・・・」

「fは、本件行為については、とりあえず様子見とすることとし、その後、社長等に報告することもなく、何も対処しなかった・・・。」

「他方で、fは、被告cの言動については、被告cに対して、話し方に気を付けるように伝え・・・、被告c本人・・・、その後も被告cの言動を見ていたものの、特段被告cの言動について気になることがなかったことから、改めて被告cを指導することはしなかった・・・。」

「原告は、令和2年2月3日に学生と間違えられたことをfに相談したが、fから、年齢の悩みなのか、被告cへの不満なのかを尋ねられた。原告は、fへの相談内容が被告cに漏れることをおそれて、あくまで年齢を見間違えられたことを気にしている旨を伝えた。・・・」

「以上の事実関係を踏まえて検討すると、本件行為について、原告が令和元年12月18日にfと面談した際、不快に感じた旨を伝えていることからすると、原告からセクシャルハラスメントに該当する行為の申し出があったというべきであるから、原告から会社として何も調査をしないでほしい等の明示的な要望があったとまでは認められない本件においては、被告は、事実関係を調査した上でそれに基づく関係者の処分や異動といった具体的な措置の要否を検討する必要があったというべきであって、そのような検討すらしていないことは、本件雇用契約上の付随義務(使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務)に違反し、債務不履行を構成する(以下、これを「本件債務不履行」という。)といえる。

「他方で、前記認定のとおり、被告cの言動については,

〔1〕fは、原告からの申し出を受けて、被告cに一定の指導をするとともに、その後も被告cの言動を観察していること、

〔2〕その後は原告からfに被告cの言動について相談があったとは認められないこと

からすると、被告に本件雇用契約上の付随義務違反があるとはいえない。」

3.明示的要望がなかったから放置したとの言い訳は打ち破れる可能性がある

 セクハラの被害申告者から相談を受けていると、会社に相談したものの、放置されていて、調査が進んでいるのか進んでいないのか分からないという悩みを耳にすることがあります。

 こうした場合に、本裁判例は、

会社側に迅速な対応を促したり、

会社側の「被害申告者側から明確な調査・措置の要望を受けなかったから対応しなかっただけだ」という論理を打ち破るために活用したり

することが考えられます。

 また、そもそも放置されるリスクを少なくするためには、調査・措置をとって欲しいのか/欲しくないのかを、会社側にはっきりと伝えておくことが重要です。