弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの申告に対する合理的理由のない回答遅延が債務不履行に該当するとされた例

1.パワーハラスメントを防止するために雇用管理上必要な措置

 労働施策総合推進法32条の2第1項は、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と、同条3項は、

「厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針・・・を定めるものとする。」

と規定しています。

 これらの規定に基づいて、厚生労働大臣は、

令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

を定めています。

 これは文字通りパワーハラスメントに関して事業主が講ずべき措置等の指針を定めたものです。この指針には、事業主において、

「相談・・・に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 」

を行うべきことが規定されています。

 この

「相談・・・に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備」

の中には、

「相談への対応のための窓口・・・をあらかじめ定め、労働者に周知すること」

など、パワーハラスメントに対し適切に対応するために必要な体制がどのようなものなのかが規定されています。しかし、パワーハラスメントの有無に関する使用者側の判断を申告労働者に対して告知することまでは規定されていません。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 それでは、労働者からの申告に対し、その回答を遅延することは、何等かの法に触れないのでしょうか? この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.4.7労働経済判例速報2491-3 学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件です。

2.茶屋四郎次郎記念学園事件

 本件で被告になったのは、A1大学(本件大学)、A1大学大学院等を設置・運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件契約)を締結し、本件大学の心理学部教授として就労してきた方です。本件の原告は、

週4コマ以上の授業を担当させる債務があったにもかかわらず、授業を担当させなかったことは債務不履行に該当する、

被告のハラスメント防止・対策専門部会(本件部会)に対し、授業を担当させなかったこと、教授会において発言を禁止したこと、本件大学の総長(B1総長)らのハラスメントによって多くの教職員が退職したことについて相談したにもかかわらず長期間にわたり放置された後に審議不能であるとして何ら改善策を講じなかったことも債務不履行(安全配慮義務違反)に該当する、

などと主張し、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の裁判所は、後者の債務不履行・安全配慮義務違反の有無について、次のとおり判示し、これを認めました。

(裁判所の判断)

「本件部会が本件申告事項について審議不能との結論を出した平成29年7月6日から、C1補佐が原告所属組合に対してその旨を回答した平成30年3月16日までに、8か月余りが経過しているところ、回答までにかかる期間を要したことについて、被告から合理的理由の主張立証はない。被告は、労働契約上の安全配慮義務及び信義則上、原告の申告に対し本件部会が出した結論の内容如何を問わず、これを遅滞なく原告に告知する義務を負うものというべきであって、上記のような合理的理由のない回答遅延は債務不履行を構成すると認められる。

「この点に関し、証人C1は、本件部会の事務局と法人事務局とは別の組織であり、本件部会が本件申告事項について審議不能という結論を出したことは、本件部会から原告に対し連絡するものと認識していた旨を供述するが、本件部会の事務局も法人事務局も被告の部局であることに変わりはなく、上記回答遅延についていずれが責を負うかは被告による債務不履行の成否の判断を何ら左右するものではない。」

3.回答遅延が違法とされた例

 上述のとおり、裁判所は、ハラスメント申告に対し、合理的理由のない回答は債務不履行を構成すると判示しました。

 回答の必要性や、回答までの期限について指針で明確に書かれていないことから、実務上、申告が放置される例が散見されてきました。こうした問題について、本件は、使用者に対し、合理的期間内の回答を求めて行く根拠として活用することが期待されます。