弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授に授業を担当させなかったことが違法とされた例

1.大学教授の特殊性

 一般論として、労働者には特定の仕事をさせるように請求する権利(就労請求権)までが認められているわけではありません(東京高決昭33.8.2判例タイムズ83-74参照)。

 しかし、これには幾つかの例外があります。その一つが大学教授です。大学教授には就労請求権が認められる傾向にあります(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕10頁参照)。

 この大学教授の就労請求権との関係で、近時公刊された判例集に、授業を担当させなかったことに違法性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令4.4.7労働経済判例速報2491-3 学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件です。

2.学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件

 本件で被告になったのは、A1大学(本件大学)、A1大学大学院等を設置・運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約(本件契約)を締結し、本件大学の心理学部教授として就労してきた方です。本件の原告は、

週4コマ以上の授業を担当させる債務があったにもかかわらず、授業を担当させなかったことは債務不履行に該当する、

などと主張し、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 原告が授業を担当させてくれなかったことが債務不履行に該当すると主張した根拠に、先行する紛争との関係で、

出勤日は週2日、授業時間は週4コマ(1コマ90分授業)をそれぞれ下らないものとする。ただし、担当科目は、割振り等により変更すること、及びその担当コマ数が4コマに満たないこととなる場合には、通信教育課程の科目(スクーリング授業等)を担当する(コマ数は内規により換算して担当する。)」

という契約を締結していたことがありました(本件契約)。

 被告は原告に対して本件契約に基づいて週4コマ以上の授業を担当させる具体的な債務を負っているにもかかわらず、これに違反したというのが、原告の主張の骨子です。

 被告は授業を担当する権利の存在などを争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の措置を違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

一般に、労働契約における労務の提供は労働者の義務であって、原則として、使用者はこれを受領する義務(労働者を就労させる義務)を負うものではない。もっとも、大学の教員が講義等において学生に教授する行為は、労務提供義務の履行にとどまらず、自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させるものであって、当該教員の権利としての側面を有する。したがって、被告が原告に対し本件和解及び本件契約に基づき授業を担当させる義務を負うか否かを判断するに当たっては、以上のような大学教員が行う講義等の特質を考慮する必要がある。

「そこで検討すると、証拠・・・によれば、原告は、第二次訴訟において、第一次訴訟の控訴審判決言渡し後に被告から提案された新たな雇用契約書の案文には研究室において研究活動に専念することが原則であるかのような記載があり、被告は、本件大学の心理学部専任教授として復職した原告に対し、従前より多くの出勤を要求する一方で授業の予定を立てようとしないなどと主張して、①原告が、本件大学の心理学部専任教授として、1コマ90分の授業を週4コマを超えて行う雇用契約上の義務を負わない地位にあることの確認及び②原告が、本件大学の心理学部専任教授として、1コマ90分の授業を週4コマ行う権利のあることの確認等を求めていたものと認められる。このように、原告が、まさに1コマ90分の授業を週4コマ行うことを求めて提起した第二次訴訟において、原告及び被告は、本件和解をし、本件和解条項5項で、平成28年度雇用契約の内容を本件契約のとおりとすることを相互に確認したものであるところ、本件契約の8条1項には、『出勤日は週2日、授業時間は週4コマ(1コマ90分授業)をそれぞれ下らないものとする。』と具体的な担当授業数が明記され、同項ただし書には、担当科目が割り振り等により変更となり、その担当コマ数が4コマに満たないこととなる場合には、内規により換算したコマ数の通信教育課程の科目を担当する旨、実質的に週4コマを確保する手だてが記載されている一方、実質的にも週4コマを下回ることが許される例外的な条件等について何らの言及もない。以上の経緯等を踏まえれば、当事者の合理的意思解釈として、原告と被告は、本件和解及び本件契約において、被告が原告に対し少なくとも週4コマ(1コマ90分授業)の授業を担当させることを合意したものであって、上記のような大学教員が行う講義等の特質を考え併せると、被告は原告に対し少なくとも週4コマ(1コマ90分授業)の授業を担当させる具体的義務を負うものと解すべきである。

(中略)

「以上によれば、被告が原告に授業を担当させなかったことは債務不履行に該当する。」

(中略)

上記のとおり、大学の教員が講義等において学生に教授する行為は、自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させる場となるものであって、原告が本件和解及び本件契約に基づき授業を担当する権利は原告の研究活動においても重要なものといえること、被告が裁判上の和解において原告に対し授業を担当させることを約しており、その履行に対する原告の期待は大きかったと考えられること、原告は1年半にわたり授業を担当することができないまま定年退職に至ったこと等を考慮すると、被告の当該債務不履行による原告の精神的苦痛に対する慰謝料は、100万円をもって相当と認める。」

3.本件契約の存在をどう評価するか?

 大学教授の授業担当外しに関しては、近時の先例として、東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件があります。この裁判例は、

平成29年度は、原告X1が別紙2『授業目録』の6.5コマの授業を担当することが決定していたから・・・、原告X1は、平成29年度に当該授業を担当する具体的権利を有していたと認められる。一方、平成30年度以降については、原告X1が授業を担当する旨の教育課程の編成は決定していないから、原告X1が授業を担当する具体的権利は発生していない。したがって、平成30年度以降の授業担当外しが無効であるか否かにかかわらず、同年度以降の超コマ手当の支払を請求することはできない。」

と判示したうえ、平成29年度の授業担当外しの違法性を認めました。

大学教授の授業担当外しが違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 学校法人国士舘ほか事件における「授業を担当することが決定」していたことに代わるのが、学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件の本件契約におけるコマ数合意であり、授業担当外しを違法だというためには、就労請求権が具体化していたといえるためのプラスアルファが必要であるようにも読めますし、実際、そのように理解する見解もあります。

 しかし、作為請求をするのであればともかく、損害賠償請求の局面においては、本件契約によるコマ数の合意が不可欠というわけではないように思います。「大学の教員が講義等において学生に教授する行為」に「自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させるものであって、当該教員の権利としての側面」があるのは、別段、コマ数の合意がある場合に限られないからです。 

 本件の損害論に関する判示を見ても、本件契約におけるコマ数の合意は、慰謝料の加算要素ではあっても、精神的苦痛が発生したことを認定するにあたっての不可欠の要素とは判示していないように思われます。

 カリキュラムの決定や、コマ数の合意がなかったとしても、授業担当外しに違法性が認められることがありえるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。