1.雇止めの二段階審査
労働契約法19条2号は、
「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」
場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、
有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。
合理的期待がない場合、有期労働契約は、期間の満了によって終了するのが原則です。使用者がどのような理由で契約を更新しなかったのかは問題になりません。つまり、雇止め法理は、
合理的期待が認められて初めて(第一段階審査がクリアされて初めて)、
更新拒絶に客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められるのかの審査(第二段階審査)
に入って行くという二段階審査で成り立っています。
近時公刊された判例集に、この二段階審査を相関関係的に理解する裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、京都地判令5.5.19労働判例ジャーナル139-28学校法人玉手山学園事件です。
2.学校法人玉手山学園事件
本件で被告になったのは、関西福祉科学大学(本件大学)等を運営する学校法人です。
原告になったのは、平成28年4月に被告との間で期間1年の有期労働契約を締結し、非常勤講師として働いていた方です。「英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉」と科目を担当し、授業をしていたほか、試験や成績評価も行っていました。
原告と被告との間の労働契約は、平成29年4月、平成30年4月、平成31年4月、令和2年4月と4回に渡って更新されてきました。
しかし、
原告が担当した科目の不合格率が著しく高い、
授業アンケート(本件アンケート)の評価結果が他の教員に比べて悪い、
などとして、雇止めを受けました。
これに対し、このような雇止めは違法無効ではないかとして、原告が被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の裁判所は、次のとおり、合理的期待が高くなくても、全く採用できないような理由による雇止めは無効だと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告は、原告には、そもそも、本件労働契約の更新に対する期待について合理的な理由が認められないと主張するので、この点について検討する。」
「前記前提事実・・・のとおり、本件就業規則5条1項には、学園の財政状況、業務遂行状況、勤務状況、健康状態及び教育課程編成の動向等の理由で契約更新を行わない場合がある旨明記されており、原告も、契約更新の都度、労働条件通知書にも記載された同内容を認識していたはずであること、上記認定事実・・・のとおり、本件大学では1年ごとに非常勤講師の適性について協議、検討し、適任者と判断した者とのみ契約更新をしていること、前記前提事実・・・のとおり、原告の業務内容は、特定の年度における英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉の授業を担当するというものであって、大学に求められる4つの業務のうちの1つである教育分野の限られた一部を担当するにすぎず、短期雇用でも差支えのない業務内容であること、本件大学の担当者において原告に契約更新を期待させる言動をしたというような事情も見当たらないこと、前記前提事実・・・のとおり、本件労働契約は4回更新されたにすぎないことからすれば、原告の本件労働契約の更新に対する合理的期待の程度が高いとは認められない。」
「もっとも、前記前提事実・・・のとおり、原告が担当する英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉という科目は、一般的に大学において第一外国語として履修対象とされることが多い英語についての科目であって、しかも、本件大学においては、学生の1年次及び2年次の必修科目とされているのであるから、仮に将来的に学園の財政状況上・教育課程編成上の問題が発生する事態になったとしても、開講されるコマ数が大幅に減らされるようなことが起こるとは容易には考え難い科目であること、前記前提事実・・・のとおり、原告は学期ごとに安定的に5ないし6コマを担当してきたことからすれば、恒常性のある業務ということもできなくはないから、4回にわたり契約更新された原告が、雇用継続に対する期待を抱いても不思議はないのであって、上記のとおり、程度が高いとまではいえないものの、原告が契約更新されると期待することについて、一定程度の合理性は認められるということができる。そこで、かかる期待の程度を踏まえて、本件雇止めの肯否について判断する。」
(中略)
「上記・・・における判示のとおり、原告が契約更新されると期待することについて、一定程度の合理性が認められるにとどまるものの、上記・・・における判示によれば、被告が挙げる本件雇止めの理由は全く採用することができないから、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできないというべきである。」
「よって、労働契約法19条2号に基づき、原告と被告との間では令和3年4月1日以降も本件労働契約が継続していることになり、原告は被告に対し労働契約上の地位を有する。」
3.近時では珍しい例
合理的期待が全くない場合は別として、合理的期待が高いとはいえなくても、あまりに問題のある理由による雇止めは効力が否定されるとした裁判例は、本件以外にもなくはありません。
しかし、現在、実務的には、雇止めの可否に関しては、二段階審査を相関関係的に理解するのではなく、独立した二つの要件として議論している例が主流であるように思われます。
そうした傾向の中、令和5年時点で雇止めの可否を相関関係的に理解する裁判例が追加されたことは画期的なことです。この裁判例があるからといって、裁判例の主流的な考え方が直ちに変わることはないでしょうが、
合理的期待は高いとはいえない、
しかし、雇止めの理由が明らかに相当でない、
というタイプの事案を処理するにあたり、裁判所の判断は参考になります。