1.雇止めの二段階審査
労働契約法19条2号は、
「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」
場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、
有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。
合理的期待がない場合、有期労働契約は、期間の満了によって終了するのが原則です。使用者がどのような理由で契約を更新しなかったのかは問題になりません。つまり、雇止め法理は、
合理的期待が認められて初めて(第一段階審査がクリアされて初めて)、
更新拒絶に客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められるのかの審査(第二段階審査)
に入って行くという二段階審査で成り立っています。
このような構造を踏まえ、使用者側は、労働者を雇止めにしようとする場合、雇用継続中から様々な方法で合理的期待を失わせようとしてきます。なぜなら、法文上、合理的期待は雇用契約期間の満了時を基準に判断されるからです。雇用継続中に合理的期待を消失させてしまうことができれば、理由が主観的なものであろうが社会的に不相当なものであろうが関係なく、対象となる労働者を排除することができます。
それでは、退職勧奨や不更新通知を行うことによって、契約更新に向けられた合理的期待を消滅させることはできるのでしょうか? 確かに、雇用契約継続中から退職勧奨や不更新の予告を受けていれば、雇止めをしてくるのだなという予想はできますが、このような手法で労働者を職場から排除することが許されるのでしょうか?
昨日ご紹介した東京地判令5.2.10労働判例ジャーナル141-42 医療法人財団健貢会事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.医療法人財団健貢会事件
本件で被告となったのは、病院の経営等を目的とし、総合東京病院を経営する医療法人です。
原告になったのは、平成29年12月22日付けで、
(契約期間)
平成29年12月1日から平成30年3月31日まで
(勤務日)
毎週月曜日及び金曜日
(賃金)
月曜日:1日勤務の場合は12万円、半日勤務の場合は6万円
金曜日:1日勤務の場合は10万円、半日勤務の場合は5万円
(従事ずべき業務)
総合内科診療
との内容の有期雇用契約を締結した医師です(本件当初契約 契約当時63歳)。
原告の方は、平成30年4月1日以降も、総合東京病院における勤務を継続し、本件当初契約は更新されました(本件更新後契約)。
しかし、被告は、平成31年3月31日付けで期間満了により雇用契約が終了することを通知し、以降の契約更新を拒絶しました。
これに対し、雇止めの効力を争い、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の被告は、雇止め法理との関係で、
「平成30年8月30日には、マーキュリー(原告の採用に関与した医師紹介を目的とする株式会社 括弧内筆者)のP6支店長を交えて、原告と被告との間で話合いを持ち、原告に対し、平成31年3月31日の契約期間の次の更新はないという見通しを告げている。その後も、平成31年3月31日までに、原告に対し、本件更新後契約を更新しないことを繰り返し伝えてきた。」
「したがって、原告が本件更新後契約について更新を期待する合理的な理由があったとはいえない。」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待の消滅を否定しました。
(裁判所の判断)
「上記・・・で検討したとおり、原告及び被告は、本件当初契約の締結に際し、本件当初契約の期間満了後は、特に問題がなければ年度単位の有期雇用契約として契約が更新されていくことを合意していたものと認められる。また、上記・・・のとおり、本件当初契約の更新、すなわち本件更新後契約の締結に当たっては、特に面談等は行われず、契約書等も作成されていない。そうすると、原告においては、本件更新後契約が締結された時点においても、本件更新後契約が更新されると期待することについて合理的な理由があったということができる(労働契約法19条2号)。」
「もっとも、合理的な理由の有無の判断基準時は、契約期間の満了時点であると解されるところ、被告は、前記・・・のとおり、平成30年夏から、原告に対して退職勧奨及び契約を更新しない旨の通知をしているから、これによって原告は、契約更新を期待する合理的な理由を失っていたと主張する。しかしながら、労働者において契約更新についての合理的な期待を有するに至った後でも使用者の一方的な行為のみで労働契約法19条の要件を充足しなくなるとすれば、同条の趣旨が没却されることは明らかであるから、本件において、上記被告の一方的な行為は、原告が契約更新を期待することの合理的な理由を否定するものではないと解すべきである。」
「以上によれば、原告については、本件更新後契約締結の時点でも、契約の更新を期待することについて合理的な理由があったということができる。」
3.一方的な行為のみでは合理的期待は奪われない
上述のとおり、裁判所は、一旦生じた合理的期待を、使用者の一方的な行為だけで喪失させることはできないと判示しました。
この理屈は契約が更新されている中で使用者側から一方的に更新年数や更新回数の上限を宣言された場合に使われてきたものですが(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕446頁等参照)、本裁判例も、そうした脈絡の中に位置付けることができます。
合理的期待を喪失させようとする使用者の主張に対抗するにあたり参考になります。