1.能力不足を理由とする解雇/雇止め
能力不足を理由とする解雇や雇止めの可否は、
労働契約で求められていた能力水準がどのようなものなのか、
具体的な労務提供の内容がどうだったのか(上記で認定された能力水準に達しないものだったのか)、
を中心に争われます。
一般に能力不足を理由とする解雇が難しいと言われているのは、メンバーシップ型の伝統的な日本型雇用では、労働契約締結時において必要とされていた能力水準を明確に認定することが困難だからです。
それでは、労働者側から能力不足を理由とする解雇の可否を争うにあたり、一定の能力を前提とする契約ではなかったと主張して行くにあたっては、どのような事実がポイントになるのでしょうか?
また、労働者の賃金が比較的高額である場合、使用者からは、しばしば、
高い賃金が設定されているのだから、高い能力が前提とされていたとみるべきだ、
と主張されますが、こうした主張に対しては、どのような反論が考えられるのでしょうか?
近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.2.10労働判例ジャーナル141-42 医療法人財団健貢会事件です。
2.医療法人財団健貢会事件
本件で被告となったのは、病院の経営等を目的とし、総合東京病院を経営する医療法人です。
原告になったのは、平成29年12月22日付けで、
(契約期間)
平成29年12月1日から平成30年3月31日まで
(勤務日)
毎週月曜日及び金曜日
(賃金)
月曜日:1日勤務の場合は12万円、半日勤務の場合は6万円
金曜日:1日勤務の場合は10万円、半日勤務の場合は5万円
(従事ずべき業務)
総合内科診療
との内容の有期雇用契約を締結した医師です(本件当初契約 契約当時63歳)。
原告の方は、平成30年4月1日以降も、総合東京病院における勤務を継続し、本件当初契約は更新されました(本件更新後契約)。
しかし、被告は、平成31年3月31日付けで期間満了により雇用契約が終了することを通知し、以降の契約更新を拒絶しました。
これに対し、雇止めの効力を争い、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の被告は、
「医師として24年のキャリアを有する原告に対し、総合内科における即戦力として、証拠に基づいて的確な診断を行い、必要に応じて専門医による質の高い医療を提供するために他科と連携する役割を期待し、賃金面でも、総合東京病院の非常勤医師の中でも最高額レベルのものとしていた。そうであるにもかかわらず、・・・原告は職務遂行能力が著しく劣っていた」
などと述べ、雇止めに問題はなかったと主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件当初契約等は原告が通常の医師を超える能力を有することを前提としていたということはできないと判示しました。結論としても、定年後継続雇用の上限年齢との関係で地位確認請求こそ棄却されましたが、それまでのバックペイの請求は認容されています。
(裁判所の判断)
「被告は、原告が所属する総合内科医の医師には、初診の外来患者の診断及び振分け、必要な場合の専門診療科への接続、患者及び病院の負担をできるだけ少なくした上での診断方針の決定等を的確に行うために、幅広い内科知識、コミュニケーション能力及びマネジメント能力が必要であるが、原告にはこれらが欠けていると主張する。」
「この点、一般論として、上記の各能力は、総合内科の医師に限らず、複数の医師が勤務する病院で初診を担当する内科医師に一般的に求められる能力ということができ、本件当初契約及び本件更新後契約において、原告が通常の内科医師が有すべき水準を超える程度の能力を有することが前提とされていたのかという点は、これらの各契約に係る当事者の意思解釈の問題である。」
「そこで検討すると、前記・・・のとおり、
〔1〕原告は専門医及び認定医の資格を有しておらず、それまでの職歴も消化器内科が多く、総合内科の経験が豊富だったわけではないこと、
〔2〕被告においても、原告の経歴書(乙33)を通じて、採用の前段階においてそのことを把握していたこと、
〔3〕総合東京病院の消化器科は、原告が専門医や認定の資格を有していないことを理由に受入れを拒否したこと、
〔4〕総合内科には科長がおらず、総合内科医として原告の能力を吟味した上で総合内科に配属したわけではないこと
の各事実を認めることができる。以上の経過に照らすと、原告については、配属すべき専門診療科がなかったから総合内科に配置したものとみるほかないから、本件当初契約において、原告が総合内科医としての能力を有することが前提にされていたとみることはできない。」
「この点について、被告は、原告の賃金が比較的高額であったとして、原告には高い能力が求められていたと主張する。もっとも、仮に原告の賃金が他の医師よりも高かったとしても、それは、上記・・・のとおり、総合東京病院において内科医師の確保が急務だったことによるものとも考えられるのであるから、そのことから、本件当初契約において原告が通常の医師よりも高い能力を有することが前提とされていたことを推認することはできない。」
「以上によれば、本件当初契約及びそれが黙示的に更新された本件更新後契約において、原告が総合内科医としての通常の医師を超える能力を有することが前提とされていたものとはいえず、本件においては、被告の主張する原告の能力不足に関しては、通常の内科医師としての能力を有するか否かという点から判断するのが相当である。」
3.高度な能力を有することを前提とした労働契約との主張にどう反駁するか
冒頭で述べたとおり、能力不足を理由とする解雇/雇止めの効力を争うにあたっては、労働契約で前提とされていた能力の認定が重要な意味を持つことになります。
賃金の高い専門職との関係で、使用者側からの主張に反論して行くにあたり、裁判所の判示事項は参考になります。