弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一定の具体的な能力水準を有していることが契約内容とされているとは認められないとされた例

1.能力不足を理由とする解雇

 能力不足を理由とする解雇の可否は、

労働契約で求められていた能力水準がどのようなものなのか、

具体的な労務提供の内容がどうだったのか(上記で認定された能力水準に達しないものだったのか)、

を中心に争われます。

 一般に能力不足を理由とする解雇が難しいと言われているのは、メンバーシップ型の伝統的な日本型雇用では、労働契約締結時において必要とされていた能力水準を明確に認定することが困難だからです。

 それでは、労働者側から能力不足を理由とする解雇の可否を争うにあたり、一定の能力を前提とする契約ではなかったと主張して行くにあたっては、どのような事実がポイントになるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判令5.8.24労働判例ジャーナル141-22 ネットスパイス事件です。

2.ネットスパイス事件

 本件で被告になったのは、インターネット全般に関するコンサルティング業務、インターネットを利用したソフトウェアの企画、開発、販売、広告業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で業務内容をプログラマーとする無期労働契約を締結していた方です。被告から、

「当社ではアドテクノロジー製品の開発を進めていますが、開発の進捗が停滞しているため、開発体制を再検討することになりました。その結果、2021年1月14日(木)をもってA様との労働契約を終了することに決定しましたので、お知らせします。」

などと書かれた「労働契約終了通知書」と題する文書の交付を受け、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では解雇の有効性の判断にあたり、必要な注意、指導がなされていたのかが問題になりましたが、この問題との関係で、裁判所は、次のとおり述べて、本件の労働契約は一定の具体的な技術水準を有していることを契約内容とするものではないと判示しました。なお、結論としても、解雇の有効性を否定しています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告は経験豊富なプログラマーであることを前提として採用したのであるから、プログラミングの基礎について注意や指導をすることは本件労働契約上想定されていない以上、この点に係る注意や指導の有無が本件解雇の有効性を左右するものではないし、全従業員に対して36本の教育用の技術資料を提供していた以上、これらを読み込んだり他の従業員が担当したプログラムを勉強したりすることによって必要な能力を得ることができたのであるから、本件解雇の有効性の判断において、原告に対する注意や指導に足りない点はない旨主張する。」

しかし、本件労働契約締結に際してプログラミングに係る試験等は実施されていないし、面接においてプログラマーとしての具体的な能力の水準について確認されてもいないから(上記認定事実(2)ア)、本件労働契約において原告がプログラマーとして一定の具体的な技術水準を有していることが契約内容とされているとは認められない。そうすると、一般的な技術資料の配布(上記認定事実(3)ウ)をもって、原告に対する業務上の注意や指導と位置付けることはできない。したがって、被告の上記主張は、指摘する事情をもって本件解雇の相当性を基礎づける注意や指導と評価することはできないから、採用することができない。」

※ 参考(上記認定事実(2)ア)

「原告は、本件労働契約に先立って、被告代表者、C及びDと1回、1時間程度の面接をし、入社試験等は実施されていない。被告代表者は、面接において、職務経歴書の内容を確認した上で、被告において作っている製品や、受託開発は行っていないこと、自社製品開発を行っていることなどを説明し、原告は了解している旨を回答した。原告は、面接の約1時間後、人材紹介会社を経由して被告から内定通知を受けた。(以上につき、乙77、証人D、原告本人、被告代表者)」

3.能力水準に関する合意をどのように否定するか

 能力水準に関する合意が曖昧だと、絶対的な意味で能力が欠如しているといえるのかの争いになりがちです。しかし、絶対的な意味での能力の欠如は、そう簡単に立証されるものではありません。そのため、労働者側で能力不足解雇の可否を争う場合には、一定の具体的な能力水準を前提とする労働契約であったという使用者の主張をいかに弾劾するのかを考えることになります。

 本件の裁判所は、試験の不実施や能力水準に関する確認の欠如を理由として、契約上、具体的な能力水準が求められていたわけではないと判示しました。裁判所の判断は、能力水準に関する合意を否定するにあたっての着眼点を示すものとして、実務上参考になります。