弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇基準が明確に定義・周知されている事案における解雇紛争

1.解雇基準の具体化

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 解雇の可否は、この規定に基づいて判断されます。

 しかし、どのような事情があれば「客観的に合理的な理由」があり、「社会通念上相当」であると認められるのかどうかは条文を見ているだけでは判然としません。

 これまでに集積された裁判例を参照・分析することにより、ある程度の相場感覚は掴むことができます。しかし、率直に言うと、解雇が有効なのか無効なのかは、実際に手続を進めてみるまで分からないことが少なくありません。

 このような不明確性に対処するためか、営業職など成績の良し悪しを客観的な指標で把握しやすい職種を対象に、勤務成績不良で解雇となる基準を明確に定め、予め従業員に周知している会社があります。

 こうした会社で基準未達で解雇された場合、解雇の可否の判断は、どのようになされるのでしょうか?

 この問題を考えるうえでも、昨日ご紹介した、東京地判令4.3.17労働判例ジャーナル127-40 日本生命保険事件は参考になります。

2.日本生命保険事件

 本件で被告になったのは、生命保険業免許に基づく保険の引受、資産の運用等を行う相互会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、保険営業の業務に従事していた方です。委任契約⇒期間1か月の有期労働契約⇒期間1か月の有期労働契約を経て、無期労働契約を締結しました。

 ただし、この無期労働契約には、

「資格選考において、本人の活動成果等が、営業職員就業規則に定める基準(以下「職選基準」という)に達しない場合には、選考月の前月末をもって、営業職員としての資格を失い、本契約は終了する」

という契約条項が設けられていました。この契約条項基づいて、平成29年12月22日、原告は、被告から、本件職選基準を達成しなかったことを理由に同月末をもって労働契約が終了すると通知されました(本件退職扱い)。これを受けて、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、

「原告は、平成29年12月の選考時、

〔1〕直近4か月の「計上N」の件数が5件以上であり、

〔2〕直近4か月の「基盤内被保険者新規契約」の件数が1件以上であるとの基準とされていた(本件職選基準)が、原告の直近4か月(同年8月ないし同年11月)の営業成績は、「計上N」の件数が1.5件であり、上記〔1〕の基準に達しなかった。」

「したがって、原告は、平成29年8月から同年11月までの営業成績が職選基準に達せず、本件労働契約は、終了条件が成就したことにより、同年12月末日をもって終了した。」

などと主張し、退職扱いは有効であると主張しました。

この事件の裁判所は、解雇権濫用法理の適用を認めたうえ、次のとおり述べて、被告の主張を容れ、解雇は有効であると判示しました。

(裁判所の判断)

前記認定のとおり、本件労働契約において、原告の営業成績が職選基準に達しない場合は営業員としての資格を失い、労働契約が終了する旨が記載され、営業職員規程において、職選基準の具体的な内容及び未達成の場合に退職となる旨が記載されていること、被告は特別教習生に対する研修において職選基準を達成することができなければ契約が終了する旨を説明していたこと、原告は、被告から交付されていた端末を通じて自らの職選基準の達成状況を確認することができたこと、cは営業職員との毎月の面談時に職選基準の達成状況を確認していたことが認められる。これらの事実に照らせば、原告は、遅くとも本件職選基準の対象期間においては、本件職選基準の内容、職選基準が未達成の場合には本件労働契約が終了するとされていたこと、及び、自らの職選基準の達成状況について認識していたものと認められる。

「これに対し、原告は、入社時に交付された会社案内には職選基準を達成しない場合に雇用契約が終了する旨の記載はなく、職選基準について理解することが可能な説明を受けたことはない旨主張する。」

「しかしながら、上記に掲げた事情に加え、前記認定のとおり、原告は、太陽生命において勤務していた際、職選基準を含む成績基準に基づき営業職員としての判定を受けていたことが認められ、これらの事情に照らせば、原告が被告における職選基準を理解していなかったということはできない。」

「原告は、職選基準に規定された能力不足の程度は明らかではなく、原告が被告に入社後2度にわたり職選基準を達成していることからすれば、原告の職務能力は雇用契約を終了させるほど低いものであったとはいえない旨主張する。

「しかしながら、被告における職選基準は、営業職員就業規則に規定され、原則として全ての営業職員に対して適用されるものであるところ、かかる基準が営業職員に対して特に高い能力を要求するものと認めるに足りる証拠はない。また、被告が、原告に対して同基準を恣意的に適用したというべき事情も窺われない。そうすると、原告が被告に入社後2度にわたり職選基準を達成していることを考慮しても、原告が本件職選基準を達成しなかったことにより、原告の職務能力が、被告において営業職員に対して求められる程度の基準に達していなかったと認めることが相当である。

「原告は、f及びcは、原告に対して営業への同行を行わないなど、原告に対する指導を十分に行っておらず、原告は、パワー・ハラスメントを受けていたことからすれば、職選基準の未達成は、被告の責任によるものである旨主張する。」

「しかしながら、前記認定のとおり、被告においては、営業職員に対し、採用後、育成担当者を付けて知識教育や同行指導、研修等を行う体制がとられていたこと、原告は、e営業所に配属後、平成29年7月29日まで、担当トレーナーであるfから営業に同行する等の指導を受けていたこと、fが同行できない場合は、原告の求めに応じてcやgが営業に同行することがあったこと、cは、原告が繰り返し不満を述べるのに対し、相当の時間をかけて対応していたこと、被告は、原告の意向等を考慮し、平成29年7月29日以降、営業部長であるcが原告を直接指導する体制に変更したこと、cは、原告との間で月2回の個別面談を行い、職選基準の達成状況を確認し、達成に向けての助言等をしていたことが認められる。他方、原告は、育成部で行われていた研修やロールプレイング大会の練習に参加しないことがあったこと、f及びcに対して全ての営業に同行を求める等の不合理な要求を繰り返し行い、自らの要求が達せられなければ些細なことについても執拗に要求を繰り返すなど、反抗的な態度を示していたこと・・・、割り当てられた基盤のうち、専ら地区エリアでの営業を行い、職域エリアでの営業を行わなかったこと・・・、営業部職員が行っていた冊子の配布当番やチョコレートの配布係の役割を拒否することがあり、また、cに対して長時間にわたり不満を述べることで他の職員の業務活動を阻害していたこと・・・などの事実が認められる。また、原告がパワー・ハラスメントを受けていたと認められないことは、後記・・・において説示するとおりである。これらの事情を考慮すれば、職選基準の未達成は、被告の責任によるものとは認められない。」

「以上によれば、本件退職取扱いは、客観的合理的理由及び社会的相当性を欠くものとは認められない。」

3.基準自体の合理性、基準適用の恣意性

 以上のとおり、裁判所は、大意、

基準自体が特に高いハードルを課しているわけではなく、

予め労働者に周知されていたうえ、

基準が恣意的に適用されているわけでもない

として、解雇を有効・適法だと判示しました。

 このような考え方に従うと、予め示されていた基準が未達である場合、多くの事案で争うことは困難になりそうです。基準自体の不合理さや、適用が恣意的であることを立証できる場面は比較的限定されているからです。

 この条件成就型退職扱い(解雇)の解雇の可否が、今後、どのような厳格度で判断されていくのか、裁判例の流れが気になります。