弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

誇張された解雇理由、日時・場所・態様の特定を欠く解雇理由は恐れるに足りない

1.誇張・抽象的な主張

 解雇の効力を争う事件は、使用者側に解雇理由の特定を求めることから始まります。第一次的には解雇理由証明書(労働基準法22条参照)の交付を求めますし、ここで十分な理由開示が得られなければ、訴訟提起等の法的措置をとったうえ、裁判所を通して具体的な解雇理由を明らかにするよう求めて行くことになります。

 比較的早期に勝てそうだという印象を抱きやすい類型として、ここで誇張表現が用いられていたり、日時・場所・態様等の特定を欠く抽象的な主張しかなされていなかったりする場合があります。

 誇張表現がダメなのは、反証が容易になるからです。例えば、「全くない」などと言われた場合、一例でも反証を挙げることができれば、解雇理由の立証が崩れることになります。

 抽象的な主張がダメなのは、立証の対象が定まらないからです。例えば、幾ら「勤務態度が悪かった」と連呼したところで、「悪くなかった」と言い張られてしまうと、それだけで真相は有耶無耶になります。勤務態度不良を根拠付ける具体的な事実の指摘がなければ、裁判所が勤務態度不良との価値判断を行うことは不可能です。そのため、抽象的な主張しかなければ、労働者側としては安心して構えておくことができます。

 近時公刊された判例集にも、使用者側から誇張した解雇理由、日時・場所・態様の特定に欠ける抽象的な解雇理由を掲げ、あっさりと解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令3.9.9労働判例ジャーナル118-30 グローバルサイエンス事件です。

2.グローバルサイエンス事件

 本件の被告は、医療用具等の製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、期間の定めのない雇用契約を締結していた方です。それまで月額29万円であった基本給を18万円に下られたうえ、解雇されてしまいました。これを受けて、地位確認等を求めて訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は、解雇の客観的合理性、社会通念上野相当性について、

「原告は、美容業界の営業としての職歴を示していたことから即戦力として採用し、採用時の基本給も、経験の少ない者に通例支払う28万円ではなく経験がある者に支払う32万円としたが、採用以来営業成績の不振が続き、令和元年8月から令和2年1月までの間、1台も美容機器の売上がなかった。また、原告は、会社内で必要な売上やその見込みなどの業務報告や、交通費や経費精算等の必要な事務処理を怠るようになり、令和元年10月頃には、被告の注意や指導に従わず、かえって反抗的な態度をとったりした。

被告は、令和元年8月末日以降、定期的に会議を開いて原告に対して指導を継続したが、原告の営業成績は一向に改善されなかった。そこで、被告のd営業部長は、令和2年1月15日、原告に対し、1回目の退職勧奨をしたが、原告はこれを拒否した。被告のc営業統括部長は、同月23日、原告に対し、2回目の退職勧奨をしたところ、原告はこれを拒否し、「給与は18万円でよいので、どうか働かせてください、営業成績は必ず改善します。」と懇願し、被告はこれを了承した。」

「原告は、令和2年1月24日、被告に対して給与減額の撤回を求めたのに対し、被告は、営業成績も勤務態度も改善されないこの状態で、このまま会社に居させるわけにはいかないと回答したところ、原告は、半年分の給与を保証してくれと要求した。被告は、原告の要求は常軌を逸したものであるとして、これを拒否して被告に対して解雇を通告した。」

「上記のとおり、原告は営業成績及び勤務態度が著しく悪いため、就業規則8条、16条2項、24条4項に基づいて被告は原告を解雇したのであり、解雇は適法である。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、本件解雇の理由として、原告は令和元年8月から令和2年1月までの間、1台も美容機器の売上がなかったという営業不振を挙げる。

しかし、証拠・・・によれば、原告は、令和元年10月に被告の担当者としてメンズレオの担当者に対して対応し、同社に対する美容機器の売上及び入金があった事実が認められる。したがって、被告の上記営業不振の事実は認められない。

「これに対して、被告は、上記売上は、被告の製品ディーラーから紹介された結果であって被告の従業員であれば誰でも注文を受けることができるものであるから、実質的な原告の売上とはいえない旨を主張する。しかし、上記主張及び評価を認定するに足りる的確な証拠は見当たらない。被告の上記主張は採用することができない。」

「また、被告は、本件解雇の理由として、原告が反抗的な態度を取り続けていたなどの勤務態度の不良を主張するが、本件全証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、原告の不良な勤務態度について、日時や場所や態様を特定した具体的な主張及び立証があるとはいえない。

したがって、本件解雇は解雇理由となる事実が認められないから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない。

3.意外と多い誇張表現、抽象的な主張

 誇張表現は立証のハードルを自ら上げる自滅行為ですし、抽象的な主張は全くの無意味です。有効打になる見込みがないのに主張を応酬させることは、バックペイを増加させる分、使用者側にとって、無益なだけではなく有害ともいえます。

 傍から見ている限り、どう考えても不合理な訴訟戦略なのですが、こうした主張が展開されることは、実務上、意外と多く目にします。

 以前、

抽象的な懲戒事由に反論は必要か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書き、いつの時点におけるいかなる行為を問題としているのかが明らかでないような抽象的な懲戒事由に意味がないことをお話ししました。ここで紹介した徳島地判令3.3.24労働判例ジャーナル112-48 徳島市事件と共に、本件は、日時や場所や態様が特定されていない抽象的な主張を切って捨てるための先例として参考になります。