弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい」と告げられた労働者はどのように対応すべきか

1.新型コロナウイルスに感染/感染が疑われた労働者の復職問題

 新型コロナウイルスに感染した労働者や、感染が疑われる労働者に対し、会社が休業や自宅待機を命じることがあります。

 他の従業員への感染を防ぐため、そうした措置をとること自体に特段の問題はありません。しかし、休業や自宅待機からの職場復帰にあたり、慎重になりすぎるあまり、労働者を不当に職場から締め出しているのではないかと思われる事案も散見されます。労働者の側に感染の怖れがないことの証明を求め、それがない限り職場復帰を認めないといった対応が典型です。

 それでは、使用者側からこうした対応をとられた場合、労働者としては、どのように対応しておけばよいのでしょうか。不当な就労拒否であるとして、無視・放置しておいても問題ないのでしょうか? それとも、労務提供の意思があることを示し、職場復帰に向けた条件を交渉しておくべきなのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.9.16労働判例ジャーナル131-24 キョーリツコミュニケーション事件です。

2.キョーリツコミュニケーション事件

 本件で被告になったのは、楽器類の販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、C営業所において営業職として勤務していた方です。原告の方は、

「令和2年4月22日、37.5℃程度の発熱が見られたため、午前中に勤務を終えて早退し、同月23日から同月27日まで休業した。」

「令和2年4月28日、C営業所に出勤したものの、体温が37.3℃となったことを受けて、午前中に勤務を終えて早退し、再び休業を開始した。」

「令和2年5月11日、出勤を再開したものの、同月12日、出勤前の体温が37.3℃となったことを受けて、再度、休業を開始した。」

という経過をたどった後、代理人弁護士を通じ、

「令和2年6月23日付けで、被告に対し、被告は同年5月12日以降において原告の就労を拒否しているところ、上記就労拒否には正当な理由がない旨を含む内容証明郵便・・・を送付」

しました。

 これに対し、被告は、代理人弁護士を通じ、令和2年6月25日付けで、

「当社はA殿に対し、『微熱がある以上コロナウイルス感染の恐れは払拭できないので自宅で療養するよう』求めましたが、理由なく就労を拒否した事実はございません。」

「当社としては、A殿(原告 括弧内筆者)が当社の他の従業員のみならず、営業職として不特定多数人と接触する機会が多いため、コロナウイルス感染の可能性を極力低減したいと考え、最大限慎重な対応をとっています。したがって当社がA殿に不公平な扱いをしているとか、就労を拒否しているという指摘は当たりません。」

「当社は、A殿にコロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたいと当然のことながら考えていますのであらためてこの旨回答いたします。」

などと書かれた回答書を送付しました。

 その後、原告が特段の行動を起こさないでいたところ、被告は、正当な理由なく長期間にわたって無断欠勤しているとして、令和2年8月17日、原告を解雇する旨の書面を発出しました(本件解雇通知書)。

 これを受けて、原告は、本件解雇が無効であることを理由とする地位確認や、未払の時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件解雇について、裁判所は、次のとおり述べて、その適法性を認めました。

(裁判所の判断)

・本件解雇が客観的に合理的な理由を欠くか否か

「原告は、最後の出勤日の翌日である令和2年5月12日以降、有給休暇を取得しており、原告代理人を通じて本件内容証明郵便を送付した同年6月23日においても、有給休暇を取得する形で休業していた・・・。」

「しかし、原告は、取得することのできる有給休暇の日数を全て取得し終えた後もC営業所に出勤せず、また、原告代理人を通じて職場復帰の意思を伝えたり、職場復帰のための条件を確認したりすることさえ一切しなかった・・・。前記・・・で説示したとおり、この期間における被告の対応が被告の責めに帰すべき事由による就労拒否に当たるとはいえず、かえって、被告は原告に対して『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付し、原告の復帰を歓迎する旨の連絡をしていたものの、それにもかかわらず、原告は、職場復帰に向けられた行動を何ら起こさないまま欠勤を続けていたのであって、上記期間における原告の欠勤には正当な理由がないものといわざるを得ない。」

「そして、原告は、同年6月には全ての所定労働日について有給休暇を取得し、同年7月には16日間の有給休暇を取得したから・・・、原告による無断欠勤は、被告から原告代理人に対して本件解雇通知書が送付された同年8月17日の時点において、少なくとも既に半月以上の期間に達していたことになる。すなわち、原告は、使用者に対して労務を提供するという労働者としての最も基本的な義務を半月以上にわたり怠っていたことになる。

「これに対し、原告は、自らは被告の指示に従って自宅にて待機し、被告による復職の指示を仰いでいたから、職場復帰を求めるのであれば、被告の側から具体的な就労の指示をするなどの対応をとるべきであったところ、本件回答書には具体的な指示はなかったため、原告が出勤しなかったことを無断欠勤と評価するのは不当である旨主張する。」

「しかし、使用者に対して労務を提供することは、労働者としての最も基本的な義務であるから、原告は、就労の妨げとなる事情がないと思料するのであれば、その旨を使用者たる被告に伝え、自らに就労の意思及び能力があることを被告に対して積極的に示すべきであったといえる。特に、本件においては、原告は、令和2年6月23日の時点で、本件に係る交渉を原告代理人に委任していたのであるから、原告が被告に対して就労の意思及び能力があることを示すのが不可能ないし困難であったと考えるべき事情はない。被告は原告代理人に対して『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付し・・・、原告側からの回答を待っていたものであるところ、これに対して原告側からは何の反応もなかった以上、原告を職場復帰させるに当たり、被告において、更に踏み込んだ対応をすべき義務があったとはいい難い。

原告が被告から送付された本件回答書に対して何らの応答もせずにこれを放置していたという本件に係る事実関係を前提とすれば、原告を職場復帰させるに当たり、被告において更に具体的な指示をする必要性があったとはいえず、これに反する原告の主張は採用することができない。

「また、原告は、本件解雇は原告によるコロナウイルス感染の有無や体調、欠勤理由について全く報告がないことを理由とするものであるところ、原告は被告に対して体温等の報告をしていたから本件解雇は事実を誤認するものである旨主張する。確かに、原告は、令和2年5月12日に休業を開始した当初においては、Dに対し、定期的に体温を報告するなどしていた・・・。」

「しかし、原告は、上記の時期において、有給休暇を取得していたものであって、正当な理由のない欠勤をしていたものではない。原告による正当な理由のない欠勤が始まったのは、原告が有給休暇を全て取得し終えた同年7月中旬頃以降であるところ・・・、既に認定・説示したとおり、原告は、この当時において、被告から送付された同年6月25日付けの本件回答書に対して何ら応答せず、被告に対して連絡を取ろうとすらしていなかったのであって、このように原告が被告に対して何らの連絡もせずに欠勤を続けていた期間は半月以上に上る。本件事案の経緯からすれば、本件解雇の解雇理由とされたのは、有給休暇取得中の休業ではなく、その後の正当な理由のない欠勤であることは明らかというべきであり、被告による事実誤認を指摘する旨の原告の主張を採用することはできない。」

「以上によれば、原告には、就業規則23条(5)に定める解雇事由(正当な理由がない欠勤が多く、労務提供が不完全であると認められるとき)があったものと認められるから、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠くものであったとはいえない。」

・本件解雇が社会通念上相当であると認められないか否か

「被告は、本件解雇に先立つ令和2年6月25日、原告代理人に対し、『コロナウイルス感染の怖れがなければ元通り業務に復帰していただきたい』との記載のある本件回答書を送付したものの、その後、本件解雇通知書が送付された同年8月17日に至るまでの約1か月半にわたり、原告からは何らの応答もなかった・・・。既に説示したとおり、使用者に対して労務を提供することは、労働者としての最も基本的な義務であるところ、原告は、被告から職場復帰を歓迎する旨の書面の送付を受けていたにもかかわらず、約1か月半にわたってこれを放置し、上記の義務を履行することを怠っていたのであって、原告による義務違反の程度は著しいものといわざるを得ない。上記やり取りに先立ち、原告がDに対して退職の意思を表明する趣旨のメッセージを送信していたことも踏まえれば・・・、被告において、これ以上、原告との間の本件労働契約を維持することは相当でないと考えるに至ってもやむを得ないというべきである。」

「これに対し、原告は、本件解雇に至るまでの原告の勤務態度には何らの問題もなかったのであるから、事前の警告を発することなく即時解雇に及んだことは社会通念上の相当性を欠く旨主張する。」

「しかし、既に認定・説示したとおり、原告は、遅くとも令和2年6月23日以降、本件に係る交渉を弁護士である原告代理人に委任し、被告は、同月25日付けで、同代理人に対し、被告は理由なく就労を拒否しているのではなく、コロナウイルス感染のおそれがなければ業務に復帰していただきたいとの記載を含む本件回答書を送付していた。本件回答書の文面からして、被告の側に原告による労務提供を拒む意思がないことは明らかであり、そうである以上、労務の提供は労働者としての最も基本的な義務であるから、原告の側から職場復帰に向けて積極的な行動を起こすべきであったといえる。原告は、既に弁護士である原告代理人に交渉を委任していたのであるから、仮に自らが職場復帰に向けて積極的な行動を起こすことなく、本件回答書に対して全く応答せずに放置した場合には正当な理由のない欠勤となり、これが長期にわたって継続した場合には解雇される可能性があることについては、十分に認識し得たものといえる。それにもかかわらず、原告は、本件回答書に応答することなく、あえて、これを放置したのである。

「被告による本件解雇は、上記の事情を踏まえてされたものであるから、本件解雇に係る被告の判断が社会通念上相当性を欠くものであったとまではいえない。」

・小括

「以上のとおりであって、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとはいえないから、本件解雇が権利を濫用したものとして、無効である旨の原告の主張には理由がない。」

3.突然解雇するのは酷ではないかと思われるが・・・

 「感染の怖れがなければ・・・」と通知されても、労働者としては感染の怖れの有無など分かるはずがなく、このような通知があったからといって突然解雇されるのは酷であるように思われます。個人的には、使用者の側で、治癒したことを示す診断書の取得を指示するなど、職場復帰の条件が具体的に指示されるべきであったし、そうした対応をとらないにしても最低限解雇前に一度警告があっても良さそうに思います。

 しかし、本件の裁判所は、そうした考え方は採用しませんでした。

 裁判所の考え方には疑問もあります。とはいえ、使用者からの通知を受けた時に、労務提供の意思を明確にし、速やかに職場復帰の条件の交渉に向けた交渉に着手していれば回避できた解雇でもあります。

 感染症への罹患/感染症への罹患疑いで休業、自宅待機していた労働者の職場復帰に関する問題は、今後とも完全になくなることはないように思われます。本件のような裁判例があることを踏まえると、職場復帰を希望する場合、労働者は、回復後、速やかに労務提供の意思を明確に伝えたうえ、復職条件をめぐる交渉に着手しておいた方がよさそうです。