1.使用者側の抽象的な主張
懲戒処分や解雇の効力を争う時、使用者側から抽象的な懲戒事由・解雇事由を主張されることがあります。例えば、
暴言を繰り返した、
勤務態度が悪い、
コミュニケーション能力が不足している、
といったようにです。
労働者の方の中には、懲戒処分や解雇の効力を争うにあたり、使用者側のこうした主張に対し、色々な反証を挙げて問題がなかったことを裁判所に分かってもらおうとしようとする方がいます。
しかし、5W1Hの不明確な主張に対しては、一々まともに取り合う必要はありません。裁判でものを言うのは、具体的な事実であって、抽象的な言葉を振りかざしたところで、裁判所からは無視・黙殺されるだけだからです。
そのことは近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例の判示にも書かれています。徳島地判令3.3.24労働判例ジャーナル112-48 徳島市事件です。
2.徳島市事件
本件で原告になったのは、徳島市役所の職員の方です。所属長との面談の際に激高し、大声で叫ぶ行為に及んだことなどを理由として停職1か月の懲戒処分を受けたため、その取消を求めて徳島市を提訴したのが本件です。
被告徳島市から原告に交付された処分理由書には、処分の理由が次のように記載されていました。
「平成30年12月18日午後2時頃、障害福祉課横の会議室で行われた所属長との面談において、一方的に自己の主張を繰り返すとともに、激昂して大声を出し、所属長が面談を中止して退室した直後にも、所属長の制止を無視して、来庁した市民やその対応に当たる職員がいるにもかかわらず、大声で叫び続けた。」
「原告は、保険年金課(執務室)に戻ってからも、所属長席に向かい、自席からICレコーダーを片手に持ち、所属長を威嚇するようにかざして、大声で叫び、同課職員の業務遂行を妨げた。(以下、これら一連の行為を併せて『本件非違行為〔1〕』という。)」
「上記・・・の言動について人事課から注意を受けた平成31年1月7日の終業前に改めて行われた所属長との面談時にも、同様の行為に及んだ(以下『本件非違行為〔2〕』という。)。」
「上記各日時以外にも、勤務時間中に上司等に対して、攻撃的な言動を複数回繰り返すなど、公務員としての信用を傷つけるとともに、職場内の秩序を著しく乱した(以下『本件非違行為〔3〕』という。)。」
本件で注目されるのは、「本件非違行為〔3〕」の取り扱いです。「本件非違行為〔3〕」は日時や具体的行為の特定もない抽象的な記載に留まっています。
こうした懲戒事由について、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分として考慮すること自体相当ではないと判示しました。
(裁判所の判断)
「・・・以上によれば、原告が、本件非違行為〔1〕及び〔2〕に相当する行為を行ったことが認められる。」
「他方、本件非違行為〔3〕については、具体性に欠け、いつの時点におけるいかなる行為を問題としているのかが明らかでなく、独立の懲戒処分事由として考慮することは相当でない。」
3.抽象的な主張は相手にする必要がない
事件を進めるにあたり、依頼人である労働者の中には、使用者側の抽象的な主張を捨て置くことについて、不安な気持ちを表明される方がいます。
しかし、日時を明示しない「複数回」といった主張や、具体的な文言を明らかにしない「攻撃的な言動」といった主張を、裁判所がまともに取り上げることはありません。
重要度の低い主張に対し、まともに取り合ってしまうと、却って裁判所の判断をミスリードしかねません。実益のない争点が拡散することを防ぐという観点からも、無意味な主張は無視黙殺しておくのが基本的な対応になります。
最近では、抽象度の高い有効打とはいえない事由が主張されること自体、少なくなっているように思われますが、仮に行われても、そのような主張は捨て置いて問題ありません。