1.処分量定を争う
懲戒処分の効力を争う場合、大抵の事案では処分量定が議論の中心になります。何の非違行為もないのに懲戒処分が行われることは、それほど多くないからです。一定の非違行為の存在を前提としたうえ、当該非違行為に比して処分が重すぎるのではないかが争われることになります。
ここで重要な意味を持つのが量定資料です。量定資料とは同種事案でどのような懲戒処分が行われてきたのかを示す資料をいいます。多少の例外はありますが、懲戒処分を行う場合、処分行政庁は先例の存在を強く意識します。先例と懸け離れた処分を行うと、平等原則違反や比例原則違反を問題にされるからです。審査請求や取消訴訟で懲戒処分野効力を争うにあたっては、処分行政庁に対し、処分量定を決めるうえで参考にした先例や類似事案がどのようなものだったのかを明らかにさせ、その先例や類似事案と対照しながら、処分が重すぎるといえるのではないかを検討、議論して行くことが基本になります。
昨日ご紹介した、東京地判令4.7.14労働判例ジャーナル133-38 国・陸上幕僚長事件は、先例や類似事案を活用した議論の仕方という観点からも、示唆を含んでいる事案です。
2.国・陸上幕僚等事件
本件で原告になったのは、陸上自衛隊の2等陸曹の方です。銀行の〇駅東口出張所(本件出張所)において、他人がATM付近に置き忘れた現金3万円を窃取したとして(本件規律違反行為)、懲戒免職処分、退職手当支給制限処分(全部不支給)を受けました。
これに対し、懲戒免職処分(本件処分)は重きに失すると主張し、その取消を求めて出訴したのが本件です。
裁判所は、結論において、本件処分を適法、有効だと判示しましたが、量定資料に立脚した原告の主張を、次のとおり述べて排斥しました。
(裁判所の判断)
「原告は、自衛隊員以外の公務員が行った窃盗行為に対して、停職処分がされた事例があることを指摘する。しかし、公務員に対する懲戒処分をする際の懲戒権者の裁量権を論ずる上では、当該公務員の職務内容を無視することはできない上に、原告の指摘する事例の具体的事情も明らかではないことから、これらの事例を、本件処分が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものであるか否かを判断する上で比較の対象とすることは、相当とはいえない。」
「また、原告は、陸上自衛隊において窃盗事案に対して免職処分がされた各事例・・・について、確定的故意によるものや、駐屯地内の窃盗事案、民家への侵入窃盗事案が含まれることを指摘して、本件規律違反行為はそれらと比較して悪質性が低い旨主張する。しかし、上記各事例については、規律違反行為の類型、故意の有無、被害金額という類型的に明確な事情以外の個別具体的事情が明らかでなく、本件規律違反行為と上記各事例における違反行為の悪質性を厳密に比較することは困難である上に、そもそも、懲戒権者に裁量があることを踏まえれば、本件処分が、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものか否かを判断する上で、上記・・・で説示した処分の傾向の有無を超えて、個別の行為の悪質性の大小を比較することは相当とはいえず、原告の上記主張は採用することができない。」
「さらに、原告は、自衛隊法38条1項1号が、禁錮以上の刑に処せられたことを隊員の欠格事由と定めていることを指摘して、本件規律違反行為について不起訴処分がされている原告に対し、懲戒免職処分をすることは相当でない旨主張する。しかし、欠格事由は、国民全体の奉仕者として公務の執行に当たる国家公務員である自衛隊員は、国民の信頼を得るに足りる者であることが必要であることから定められたものであるのに対し、懲戒事由は、自衛隊の組織秩序及び規律の維持のためには自衛隊内部で制裁を課すことが必要であることから定められたものであって、欠格事由と懲戒事由は、その性質、目的を異にするものである。したがって、自衛隊法38条1項1号に上記欠格事由の定めがあるからといって、懲戒免職処分ができる場合を、禁錮以上の刑に処せられた場合に限ると解するのは相当とはいえない。原告の上記主張は採用することができない。」
3.分からないという理由で切り捨てられるのなら・・・
上述したとおり、裁判所は具体的事情が明らかではないという理由で処分量定の不均衡を指摘する原告の主張を排斥しました。
しかし、参考にした先例や類似事案の詳細は、別に明らかにできないわけではありません。裁判所が処分行政庁に詳細を明らかにするように指示すればよいだけです。処分行政庁といえども、裁判所からの指示を無視することは事実上困難です。
本件のように、具体的事情が良く分からないという理由で処分量定に関する主張が排斥されてしまうのであれば、原告公務員側は、気になる先例や類似事案について、概要だけではなく詳細を明らかにして欲しいという要望について、絶対に引いてはならないなと思います。
裁判所の側もこうした反応を意識してか、処分行政庁には裁量があるから、そもそも処分の傾向の有無を超えて、個別の行為の悪質性の大小を比較することは相当とはいえないという議論で自説を補強しています。こうした観点から原告の要望が採用されないことはあるかも知れません。
しかし、上訴審で問題にする余地を残すため、裁判所から採用しないと判断されるのは仕方ないにしても、原告公務員側から先例や類似事案の詳細を明らかして欲しいという要望を撤回するようなことは避けた方がいいように思われます。