弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

教師の生徒に対するわいせつ行為に対する処分量定-退職手当全部不支給処分が適法とされた例

1.教師のわいせつ行為に対する処分量定

 教師のわいせつ行為に対する処分量定は、かなり厳しいものになっています。

 例えば、東京都教育委員会の

「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」

では、

同意の有無を問わず、直接陰部、乳房、でん部等を触わる、又はキスをした場合」

原則として懲戒免職になることが定められています。

教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ

 成人に近い年齢の生徒と同意のうえで行為に及んだとしても、処分量定は懲戒免職が標準となります。懲戒免職処分は退職手当の不支給と紐づけられており(東京都職員の退職手当に関する条例17条1項1号参照)、懲戒免職処分になると原則として退職手当は全部不支給になります(東京都職員の退職手当に関する条例の解釈及び運用方針参照)。

 近時公刊された判例集にも、教師の生徒に対するわいせつ行為の処分量定の厳しさがうかがわれる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-36 東京都・都教委事件です。

2.東京都・都教委事件

 本件は都立高校の教諭が、懲戒免職処分及び退職金全部不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 懲戒免職処分・退職金全部不支給処分を受けたのは、生徒である女子生徒と不適切な内容のLINEメッセージを送信したほか、個別指導時に多数回に渡りキス行為をしたからです。原告の主張の骨子は、懲戒事由の認定に誤りがあるほか、処分が重すぎるというものです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金全部不支給処分に問題はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は本件懲戒免職処分を受けて退職した者に当たるところ、本件運用方針・・・によれば、退職手当等の全部を支給しないことが原則となる・・・。そして、本件運用方針・・・では、懲戒免職処分を受けた者につき退職手当等の一部を支給しない処分にとどめることができる非違の内容及び程度を限定列挙し、しかも、その場合であっても、公務に対する都民の信頼に及ぼす影響に留意して慎重な検討を行うものとする旨定めている・・・。」

「本件非違行為は前記・・・のとおりであって、列挙されている事由のいずれかに該当すると認めることはできないから、本件運用方針によれば、本件において例外的に退職手当等の一部を支給しない処分にとどめる余地はないことになる。また、原告は教育公務員として高度の倫理性が求められる職務を担当する責任ある立場であるにもかかわらず、前記・・・のとおり、約7か月間にわたり、本件高校の教室内で個別指導の際、当時本件高校第2学年で未成年であった本件生徒に対しキス行為を少なくとも合計30回繰り返し、さらには路上でもキス行為をし、生徒との間の私的な連絡を禁止されていたにもかかわらず、本件生徒に対し不適切なLINEのメッセージを繰り返し送信したのであり、本件非違行為の内容及び程度は重大で、また、本件非違行為が公務に対する信頼に及ぼす影響は大きいといわざるを得ない。そして、被告での勤続期間が臨時的任用教員であった期間を含めても平成28年4月1日から平成30年9月25日までの2年6か月にとどまること・・・などを併わせ考慮すると、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったということはできない。」

「以上に対し、原告は、〔1〕本件生徒とのキス行為に関しては本件生徒の思わせぶりな行動があり、〔2〕当時原告は多忙な勤務のためうつ病及び双極性障害にり患し、正常な判断を行うことが著しく困難な状況下で断り切れずに応じてしまった、〔3〕本件生徒は成人に近い年齢であったなどの事情を参酌すべきと主張する。」

「しかし、原告の上記主張〔1〕のような事実を認めるに足りる的確な証拠はなく(かえって、比較的長期間にわたって多数回キス行為を繰り返したこと、原告と本件生徒との間のLINEのやり取りや原告の本件生徒に対する謝罪文の内容等・・・からすれば、原告は積極的に本件キス行為に及んだことが推認される。)、仮にそのような事実があったとしても、本件高校の教員として本件生徒を指導する立場にあった原告においてキス行為を多数回繰り返したことを正当化する事情には到底なり得ず、参酌すべき事情といえない。また、原告の上記主張〔2〕については、原告は、平成29年9月から平成30年6月7日までの間に、精神科に通院したり精神的な不調を理由に休暇の取得を申し出たり、実際に休暇を取得したりしたことはなく・・・、また、同月9日に精神科を受診した際に、原告は、医師に対し、同月7日、保護者からのクレームがあり、そこからゆううつ感、不安感、意欲低下、食欲不振といった症状が出現した旨申告したことからすれば・・・、原告の抑うつ状態が出現したのは、本件生徒の親が本件非違行為につき申告をした日である同日以降であると認められ、同日以前に、抑うつ状態であった事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、原告の上記主張〔3〕については、本件生徒は原告自らが指導する対象者であり、かつ未成年であることからすれば、本件生徒の年齢は前記・・・の判断を覆すに足りない。

「したがって、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育委員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用をした違法があったということはできないから、本件不支給処分には取り消すべき違法性はないこととなる。」

3.どちらから迫ったのかも年齢も関係ない

 上述のとおり、裁判所は、仮に生徒からの思わせぶりな態度があったとしても、それはキス行為を正当化する事情には到底なり得ないと判示しました。また、対象者の年齢も、自ら指導する未成年の生徒である以上、処分量定を減じる理由にはならないとしました。

 教師の生徒に対するわいせつ行為に対して、裁判所は重大な処分を許容しやすい傾向にあります。比較的多くの事案でなされる、思わせぶりな態度をとられた、同意があった、成人と遜色ない年齢であったなどの弁解は、刑事処分との関係では意味を持っても、懲戒処分との関係では、殆ど意味を持ちません。

 圧倒的多数の教師は生徒に恋愛感情を持つことはないわけですが、処分量定が重く、弁護も困難であるため、異性に接する時、教師の方は、常に自分の立場を意識しておく必要があります。